第9話 まずは何が必要?
王都タイタニアはそりゃもうでっけー街だ。
人口は百万人を数えて、しかもどんどん増え続けてるんだってさ。
タイタニア酔い、なんて言葉もあるらしいよ。
ふらりと立ち寄った旅人が、街の賑わいとか便利さとか華やかさに心を奪われちゃって、タイタニアを終の棲家にしてしまうんだ。
美酒に酔いしれるみたいって意味で、タイタニア酔い。
「一万ちょっとのサクラメントとは大違いだよなぁ」
「でも、サクラメントにはない闇も、タイタニアにはありますわ」
「闇?」
「
タイタニアの華やかさに惹かれて田舎から出てきた連中が、真っ当な仕事につくことができずに社会の底辺に堆積していく。
そうやってスラムが形成され、簡単に徒党を組むようになり、非合法な活動をするようになっていくのだ。
「悪の誕生ですわね。そして悪は悪だけでは成立しません。常に善を食い物にしなくては生きられないのです」
「そりゃそうか」
畑を耕し、牛を飼い、魚を捕り、生活必需品なんかを一生懸命に作って生活している人を悪とは言わないもんな。
そういう人たちに寄生し、利用し、食い物にして甘い汁をすするのが悪人どもだ。
で、タイタニアには利用できる善がたっくさんある。
それこそ一山いくらで売れるほどね。
「でもまあ、繁栄してるって証拠でもあるんだけどな」
サクラメントじゃあ、みんなだいたい貧乏なんで、犯罪組織の成立のしようがないんだ。
なにしろ領主の俺自身が貧乏で、借金しまくりなんだもん。
「そんな悠長ことはすぐに言っていられなくなりますわよ。経済はもう回り始めましたもの」
いまは鮭と、獣の肉やモンスターの持ってる
来シーズンの収穫にはかなり期待が持てるだろう。
となれば、現金収入だってかなりの額になるはずだ。
「経済というものは上手く回せばみんなが潤うようになっています。ですが、そのおこぼれに預かろうと寄ってくる虫はいくらでもいますし、そういう連中が治安を悪化させるのですわ」
他の領地や他の国から入り込んでくる者たちだ。
基本的には住民の移住って制限されてるんだけどね。ぶっちゃけ取り締まりきれるもんじゃないんだよ。
サクラメントが繁栄していけば、そういう連中が入ってくる。
余所者なんて、珍獣を背負って歩いてるくらい目立つよ、という状況ではなくなってしまうんだ。
「つまり、治安維持のための人材も必要だってことだな」
「さすが旦那様。ご名答ですわ」
サクラメント男爵領では人材が不足している。
労働者も足りないし、それを統率する中級指揮官も、彼らを束ねる上級指揮官も足りない。
ぜんっぜん足りない。
「サクラメント軍の増強がまず第一だよな。いまの農民兵だけじゃまずい」
「ですわね。ウルフ軍団がおりますが、さすがにあれを主力にするわけにはいきませんわ」
俺の言葉にアリエッタがうなずく。
本当はね、土木技術者や建築技術者、肉や魚を加工の専門家もほしい。
急務だよ。
だけど、それ以上に急務なのは、村々を守ることなんだ。
冬がやってくる前にがんがん食料を増産して備蓄しているサクラメントのことをどう思う?
まともな戦力なんて五十頭のウルフ軍団だけで、あとは素人に毛が生えたレベルの農民兵だけ。
そしてその農民兵は農民なんだから、いまむっちゃくちゃ忙しいさ。
山賊だのモンスターだのと戦う余裕はなんだよ。
そしたら頼みの綱はウルフ軍団しかないんだけど、彼らは狩りの専門家ではあっても戦闘集団じゃない。
率いてるのだって猟師だしね。
「指揮官と、兵士はできれば五十人は欲しいかな」
「小隊レベルですが、ウルフ軍団とうまく連携できれば中隊にも勝る活躍ができると思いますわ。私も」
先回りして答えるアリエッタに俺はにやりと笑った。
数は力。たしかにそれは事実なんだけど、我がサクラメント男爵領に数をそろえる財力はない。
いくら潤っているっていってもね。
軍隊ってのは生産にまったく寄与しない存在だから、もっていると支出だけが増えていくんだ。
五十人の常備軍をもつってことは、彼らの食費とか装備品を揃えるお金とか住居費とか給料とか、そういうのはまるっと領内で働く人たちが納める税金で賄われるんだってこと。
それがしんどいから、たいていどこも基本的に農民兵なんだよね。
普段は農民として働いて、いざ戦争ってなってときに動員するの。
常備軍なんてものをもってるのは、よほどの大領くらいのもんだよ。
あとは王国正規軍とかだね。
まあ、政府は貴族領の反乱に備えるって理由もある。即応体制で練度も高い専門の軍隊があるってのは、とんでもない優位性だから。
「それで、アテはあるのですか? 旦那様」
核心を突いた問いかけをするアリエッタ。
兵士を雇いたいんだよーん、といったところで、そんなもん、そこらへんの商店に売ってるわけがない。
「ないこともない。傭兵ギルドに少しだけ伝手があるから」
「なんでそんなところに伝手があるのか……」
微妙に呆れたような声のアヒル姫である。
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