第8話 スカウト旅に出かけよう


「サラソータ侯爵領にいけば良い人材がいるかな?」


 郡都シーリスはすっげー大都市だし、サクラメントの街くらいの規模の街がなんと領内に十以上もあるし。

 普通にやばいよ。


「めぼしい人材など、父がとっくに雇っておりますわ。そのための人材獲得スカウト部門ですもの」

「なにそれこわい」

「国の礎は人ですわよ。旦那様」


 どれほど便利な道具を作っても、それを扱う人間がヘボかったら性能は活かされない。

 どんな素晴らしい制度だって、それを運用する人間がダメだったら誰も幸せになれない。


「逆に、どんなに危険な武器も魔法も、きちんと管理して過たずに使えば、人々の役に立ちます。そして管理するのも使うのも人間ですわ」


 だから、サラソータ侯爵は貪欲なまでに人材を集めるんだそうだ。

 どこかの村に神童なんて呼ばれる子供がいたら、すぐに人を派遣してスカウトし、充分な教育を与えて侯爵家を支える家臣団に組み入れる。


 寒村の小倅が青年期には郡都の官僚だ。

 そりゃあ名誉なことだし、金銭的にもかなり満たされた生活ができる。


「ちなみに僕のところにもスカウトきましたよ。ウィリアム」


 オリバーの爆弾発言である。

 ちょっとやめてよ。聞いてないわよ、そんな話。


「侯爵の秘書の一人にならないかって。提示された俸給は、今のざっと十倍でしたね」

「じゅうばい!?」

「まあ断ったんですけどね」

「断ったの!? 正気か!?」


 条件にも驚愕だけど、断るオリバーにも驚愕だ。

 破格なんてもんじゃねーだろ、それ。

 断るとか、バカじゃねーの?


「僕がいなくなったら、ウィリアムはちゃんと公務ができますか?」

「ぐ……」


 ゴミを見るような目で言われちゃった。

 くっそう、なんも言い返せねえ。


 そして、その忠誠心に俺って応えられてるかなぁ。

 がんばらないとなぁ。


「このように父の人材収集欲は、隣の領地などにも食指を動かしてるんですわ」

「怖すぎるぜ……サラソータ侯爵……」


 でも、そのくらい人材って大切なんだってことはよく判った。

 優秀な人材を見つけ、育て、活用する。


 もちろんそれには膨大な金と時間が必要だ。

 でも結局、その人材たちが金を生んでくれるのである。


 それを証拠に、十四歳で爵位を継いでから三十年もの間、サラソータ侯爵の領地では一度も飢饉が起きていない。

 五十以上の町や村があるサラソータ侯爵領でだよ?

 不作の年なんて何回もあったのにな。


 作物が取れないなら取れないで他の領地から買うルートが確立されていたり、充分な備蓄があるからなんだってさ。


「代官たちには、領主の許可を得ることなく荒政をおこなう権限が与えられていますもの」

「それはすごいな。権限を悪用したら、とか考えないのか」


「賄賂を取ったり悪事を働いたりする役人は、自ら無能だと声高に語っているようなものですわ」


 徹底した官僚教育と、充分な俸給によって、そういうのは防げるんだってさ。


「まあ、それでもゼロにはできないのですけれどね。絶対に」

「人には欲望がありますからね」


 くあっとあくびをしたアリエッタに、オリバーが深く頷いた。





 王都に行くことにした。

 ここなら侯爵の魔の手は伸びていないだろう、という薄弱極まる理由である。


 アータルニア王国の王都タイタニアまでは片道十日だ。

 王都での滞在を十日と考えると、一月ほど留守にすることになる。


 政務の代行はオリバー。

 秘書が一緒に行かなくてどうするんだって説もあるんだけど、俺の家臣のなかで最も以心伝心なのはオリバーなんだから仕方がない。


 しかも能力的にはきっと俺より上だしね!

 サラソータ侯爵からスカウトがくるくらいだもの!

 そんなん俺のとこきたことねえよ!


「いつまでぐちぐち言ってるんですの。男の嫉妬はみっともないですわよ」


 ガタゴトすすむ馬車の中、俺の膝の上に座ったアリエッタが呆れたように言った。

 まあ、オリバーが同行しなかった理由のひとつがこいつでもある。


「アリエッタ姫が一緒に行くなら大丈夫ですね」


 だそうだよ。


 まあ、彼がスカウト旅に出かけて俺たちが領地に残るって手もあるんだけど、やっぱり最初は自分で人材を見つけた方が良いってアリエッタが主張したのだ。


 まずはそこが基準になるから。

 基準を作らないと、どういう人材を確保するのかもあやふやになってしまう。


 優秀なら手当たり次第に唾をつける、なんて侯爵みたいなことができるほどサクラメント男爵領は潤沢な資金を持ってないからね。

 吟味が必要なんだ。


「それに、せっかくの機会ですもの。少しは女房孝行してくださいな。旦那様」

「わかった。なにかうまいものでも食おうぜ。王都に着いたら」

「美味しいものを食べさせれば女性が満足するって考え自体が、サクラメント男爵領の貧乏さを如実に物語ってますわね」


 くすくすと笑うアヒル姫だった。

 そんなこというたかて奥さん。

 ドレスやアクセサリーをしつらえたところで、あなた身につけれないじゃないですか。



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