第7話 人手が足りない!
とにもかくにも、そこから一月半くらいは目が回るような忙しさだった。
鮭はばんばん捕れる。獣やモンスターは毎日のように襲ってくる。
こっちの被害はまったく出ないんだけど、獲物がどんどこたまっていって処理しても処理しても追いつかない有様だ。
リトリバ村だけじゃ当たり前のように人手が足りなくて、俺の領地にあるすべての村から応援が駆けつけてくる。
ルルー村、アスク村、コットン村、マーレ村。それでも足りなくてサクラメントの街からも人を呼び寄せた。
たいして大きな街じゃないけど、一応は俺の城館がある郡都だからね。
商人や職人や料理人も少しは住んでるんだ。
彼らに依頼して、毛皮や魔石の現金化をしてもらったり、燻製小屋の規模拡大をしてもらったり、鮭の美味しい料理法を開発してもらったりしている。
「とんでもないお祭り騒ぎになりましたね。ウィリアム」
署名の束を抱えて仮設の執務室に入ってきたオリバーが、机の上だけでなく床にまで積み上がった書類の塔を見て軽く首を振った。
疲れ切った顔であるが、たしかな充実感も浮かんでいる。
そしてたぶん俺も同じ顔をしてるだろうな。
城に帰ることを二日目には諦め、リネカ村長の家の一角を借り上げたのである。馬を走らせれば片道二刻くらいなんだけどさ、その二刻が惜しいのよ。
で、俺が政務の中心を移動させたことで主だった部下たちもリトリバ村に移動してきた。
村に一軒だけある旅籠はあっという間に満員である。
それでもこいつらは何日かに一回はサクラメントに戻れるからまだマシなんだけどね!
「それで、ウィリアム。また報告が」
「お次はなによ」
「哨戒活動だったウルフ隊が大規模な猪の巣を発見して壊滅させ、子猪を無傷で捕獲しました。二十匹ほど」
「養殖できちゃう数じゃーん! やだー!」
うひーっと俺は両手を挙げた。
いや、本来は良いことっていうか、素晴らしい成果なんだよ?
子猪が二十匹も手に入ったら、牧場を作ってどんどん増やせるからね。そしたら定期的な肉の確保ができるってことさ。
喜ぶべきことなんだけど、牧場を作ったり猪の飼育をしたりする人間を選出しないといけない。
村長たちから、また血走った目で睨まれるんだろうなぁ。
でも、睨みつつもなんとか人材を融通するんだろうなぁ。
彼らとしても、このチャンスを見過ごすなんて選択肢はないもん。
「それにしても、ウルフ軍団すごいな。結成以来、大活躍続きじゃないか」
「犬や狼は人間と素晴らしいパートナーになれる、という知識はありましたが、実際に目にすると驚くばかりですよ」
元々は、子狼たちを
リトリバ村に住む猟師のデニスってやつが、面白半分に鮭を与えてみたんだよね。
そしたら、なんか懐かれたらしい。
懐くってのは違うかな? 雇用関係が成立したって言い方の方が正しいかもしれない。
狼たちは人間の手足となって働き、報酬として好きなだけ鮭が食える。
そんな雇用契約だ。
あれよあれよという間に、五十頭もの狼が人間の陣営に与することとなったのである。
これがウルフ軍団で、十頭ずつ五つの隊を作りそれぞれ人間が率いることとなった。
リトリバのデニス、ルルーのミコット、コットンのジグルト、マーレのアニー。いずれも腕利きの猟師であり、狼たちも短時日のうちに鍛え抜かれた軍隊のように一糸乱れない行動が取れるようになる。
熊くらいなら、ウルフ隊ひとつで余裕を持って勝てるんだぜ。
ちょっとやばすぎる戦闘力だよな。
「まあ、狼は普通に人間より強いですわ。それでも人間が勝つのは知恵を巡らすことができるから。そして今、狼たちはその知恵を得たわけですから並の敵には負けませんわよ」
執務机の上でアリエッタがふふんと胸を反らす。
彼女がもたらしたフィッシュホイール。いまではもう誰もその名前で呼ばなくなったサクラメント水車が稼働を始めて以降、物事がトントン拍子に進みすぎて怖いくらいだ。
ていうか、人手がたりん。
どうすっかなぁ。
捕れた鮭を燻製にする仕事。天日干しする仕事。
獲れた獣の毛皮をなめしたり精肉する仕事。
内臓を畑にまいて土作りをする仕事。
生産された燻製や干し鮭、肉や毛皮を他領に売りに行く仕事。
村人たちだけじゃ手が足りなくて、城の兵士も投入してるんですよ。
で、これに加えてイノシシ畜産だ。
「それから侍従長が、帳簿係を雇ってくれって泣いてましたよ。兼任はもう無理だって」
「だよなー」
城には毎日がんがん税が集まってくるの。
もともとサクラメント男爵領は貧乏だから、商売を締め付けると商人たちが嫌がって立ち寄らなくなるってことで権益税は安いんだ。
もうけの一割だもん。
たとえばアリエッタの実家のサラソータ侯爵領なんか二割だぜ。
にもかかわらず、あっちにいく商人の方がはるかに多っていう哀しい現実な。
でも、この大騒ぎで商人たちも活発になってる。
去年の同時期にくらべたら、十倍近い数の商人がサクラメントの街を訪れてるんじゃないかな。
その結果として城には金貨が溢れ、集計する侍従たちは目を回しているわけだ。
数えて終わりってわけじゃないからね。
そのお金をまた再分配しないといけない。
「人を雇いに行くしかありませんわね」
いっそ厳かにアヒル姫が宣言した。
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