第4話 鮭をとろう!
歓待しようとする村長たちを制して、俺たちは水源である川へと向かった。
このあたり、貴族とはいえ男爵なんて要義が軽い。
護衛や随員で大行列なんてことないもん。
俺とオリバーとアリエッタ。二人と一羽だ。
襲撃されたらどうすんだって話だけど、なんつーか俺なんか襲ったってしょーがないんだよなー。
ど田舎の貧乏男爵で、誘拐したって身代金すら取れないレベルだよ。
自分で言っていて哀しくなってくるね。
「哀しいというより、統治に失敗してる証拠ですわ。狙われもしない愛され領主なんて」
肩の上でアリエッタが辛辣なことを言う。
善政を敷けば敷くほど、憎む人も恨む人も出てくるものなんだってさ。
全員が等しく幸福なんて桃源郷にでもならない限り。
貧富の差で恨み、成功失敗で憎み、それを上に立つものの責任にする。
それが人間というものだ。
サクラメント男爵領がそうならないのは、みんな等しく貧乏だから。皮肉なことにね。
「豊かになっていく過程でこぼれ落ちるものが出てきますわ。そういった者たちの恨みが必ず旦那様に集中します。それをお忘れなきよう」
「心するよ」
アリエッタの警句に頷く。
誰からも恨まれたくない。誰からも嫌われたくない。なんて思ったらどんな政策も打てない。
恨まれたとしても、なるべく多くの領民たちが幸せになる道を探らないとな。
やがてたどり着いたのはトンプネ川というそれなりの太さの川だ。
大河ってほどじゃないけどね。
でも秋には鮭も上ってくるんだぜ。
「では漁業もやっているのですか?」
「まさかだろ?」
遡上の季節に漁網を持って素足で川に入るのは危険すぎる。水が冷たすぎるし量だって増えてるし。
ずるっと足を滑らせたら一巻の終わりだよ。
かといって、岸から釣り糸を下げて釣れるってもんじゃない。
どういうわけか、川を上ってくる鮭は餌を食べないんだよね。
そして、そこまで頑張って捕っても、鮭なんてたいして美味しい魚じゃないんだよなー。
脂っ気がなくてぱさぱさしてるし。
「それでも、簡単に手に入るなら食べるのではないですか?」
「そりゃそうだ」
労力に見合わないってだけの話だから、
越冬のための貴重な食料だもの。
「であればためらう理由はありませんわ。鮭を捕りましょう」
肩の上のアヒルが、むふーと胸を反らせた。
アリエッタのアイデアで、トンプネ川にフィッシュホイールってのを作ることになった。
耳慣れない言葉で、俺もオリバーも首をかしげるばっかりだったんだけど、そんなに難しい構造のものでもない。
まずは川を
で、その魚道に編み篭をつけた水車を設置するのだ。
これだけ。
魚道を通る鮭が篭に入ると水の力でぐいーんって勝手に水揚げされ、それが岸に作ったいけすに、次々と鮭を放り込む。
「もちろん全部の鮭が入るわけじゃありませんし、川の水量が安定してないと水車そのものが止まってしまいますが」
とは、いろいろと指示しながらオリバーに絵図面を描かせたアリエッタのセリフだ。
篭をすり抜けちゃう鮭も、ぽーんって梁を飛び越えちゃう鮭もいるんだってさ。
こればっかりは仕方ない。
「それにまあ、獣でも魚でも森の恵みでも、とりすぎてしまうとその後が大変になりますわ」
「たしかになー」
木を切りすぎてはげ山になっちゃったところも、じつはサクラメント男爵領にあったりもする。
祖父さんとか曾祖父さんの代にやらかしちゃっんだってさ。
もう何十年も経つのに、いまだに太い木は生えないし、ちょっとした雨でも崩れてきちゃって、周囲に人も住めなくなっちゃった。
なので、やり過ぎ禁物はサクラメント家の家訓でもある。
そんなわけで、水量の多くないこの夏のうちに突貫工事でフィッシュホイールを作ってみた!
いやまあ作ったのは大工と村人たちだけどね!
俺お金出したもん!
無関係じゃないもん!
ともあれ降って湧いた臨時収入の機会に、リトリバ村が大いに盛り上がったのはたしかだ。
で、いつも俺と一緒にいる白鳥も人気者になったさ。
誰が見てもアヒルだと思うんだけど、オリバーをはじめとした側近たちが、あれは白鳥なのだと言い含めて歩いたらしい。
世のため人のために。
なにしろアリエッタったら、アヒルだって言われたら咬むからね。
がぶっとくちばしで。
あの攻撃、地味に痛いんだよなあ。
工事そのものは十日ほどで完成し、あとは秋の遡上を待つばかりとなった。
「これでまったく鮭が捕れなかったら笑い話にもならないな」
「蓋を開けてみなくては判りませんわ」
「といってるわりに自信はありそうだな。アリエッタ」
「自信のない案を夫に献策するほど、私は悪女ではありませんわよ」
いや、本当にそう願うよ。
せめて工事にかかった費用分くらいは回収したいもん。
「ああそうだ、旦那様。今夜は満月なので呪いが解けますわ」
「うん、雑談の中でさらっと言うことじゃないよね。それ」
なんだろうね、このアヒル姫は。
貴女の本当の姿を、夫である俺は初めて見るんですよ?
こうすこし、盛り上がり的ななにかがあっても良いと思いませんか?
※参考資料
サケのふるさと 千歳水族館ホームページ
URL:chitose-aq.jp
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