第3話 貧乏ってつらいよね……


「歴史書には、世界一鳥好きの男爵がいたと書かれるでしょうね」

「違うわよオリバー。この白鳥がアリエッタ姫だと知られたらいけないんだから、鳥と結婚したとは思われないわ」


「たしかに。となると侯爵家の令嬢を娶ったという妄想に取り付かれた男爵でしょうか」

「そうそう。それでペットの鳥を花嫁だと思い込んでいつも一緒に行動しているの」


「おーまーえらー!」


 バカ話で盛り上がっているオリバーとアリエッタを、むきゃーっと威嚇する。

 なんで俺の執務室で遊んでんだよ。

 よそでやれ。よそで。


「秘書の僕が執務室にいないで、どうやって仕事をするつもりなんでしょうかね? この男爵様は」

「統治にアドバイスをしてほしいと言ったのは旦那様なのに追い出そうとするなんて、朝令暮改とはまさにこのこと。貴族の風上にもおけないわね」


 すんげードヤ顔をする秘書官とアヒルである。

 俺、ちょっとナイガシロにされすぎじゃないですかねぇ?


 文句を言ってやろうと思ったけどやめておいた。

 ほら、俺って大人だから。


 けっして口では勝てないと思ってるからじゃないよ? ほんとだよ?


 仕方なく書類に目を落とす。


 リトリバ村の年貢目録か。ふーむ、相変わらず低調だな。仕方のないことではあるけど。

 作物があんまり育たないんだよな。ここ。

 ため息とともにペンを取る。


「お待ちなさいな。旦那様」

「ん? なんだ?」


「いま決裁のサインをしようとしました?」

「ああ。例年のことだけどリトリバ村からの年貢は望み薄だよ」


「この、おバカ!」

「あいた!?」


 蹴られたよ!

 水かき付きの足で!

 夫の扱いとして、それはどういうものなんですかねぇっ!


「作物が育たなくて年貢が納められないって報告に対して、ため息を吐いて仕方ないなとサインする。そんな領主がどこにいますか!」


 執務机の上でぷんすかと怒っている。


「ない袖は振れないぞ、アリエッタ。まさか種籾まで差し出せと言うわけにはいかないんだからな」


 リトリバの連中は収穫量を過小に申告して年貢逃れをするようなやつらじゃない。何度も視察にいってるから知ってるよ。

 一生懸命、汗水垂らして働いてこれしか収穫できないんだ。


 そんなところから搾り取るわけにいかないでしょ。


「ない袖を振れというのは領主ではなくて山賊のやり口ですわ。でも、仕方がないと諦めるなら、そもそも領主なんて必要ありませんわね」


 報告を眺めて決済印を捺して次に流すだけの無能な小役人となんにも変わらない、と辛辣なことを言われた。

 鳥に。

 つらい。


「一生懸命働いても暮らしが良くならないのは、どこかに問題があるからですわ。土地なのか、人なのか、方法なのか、考え方なのか。それとももっと他になにか原因があるのか。それを突き止めなくては解決なんてするわけがありません」


「なるほど。たしかにそれはそうですね」


 感心したようなオリバーだ。


 まあ、正直俺も感心してる。

 作物がたくさんとれるように、暮らしぶりが良くなるように創意工夫しろ、というのは簡単だ。


 じっさい俺も父親もそういうことを言ってきた。

 年貢は納められる分だけでいいから、これから増産できるように頑張りなさいってね。それが君たちの幸福にも繋がるんだから、と。


「それは結局、丸投げと同じだってことだな。アリエッタ」

「日々の生活に追われている領民たちに、考えなさいというのは酷な話だし。あと、言い方は悪いけれど教育水準の問題もありますわ」


 領民を馬鹿にしているわけではないと付け加えるアリエッタだが、それは厳然とした事実だったりする。


 自分の名前すら書けない農民などいくらでもいる一方で、俺たち貴族は様々なことを学んできている。

 家庭教師を付けたり王都にある学校に留学したりね。


「その知識を使えってことだな。アリエッタ」

「お金や知恵を出すのが領主の仕事。とりあえずは視察にいってみましょう。なにか見えてくるものがあるかもしれませんわ」






 俺の城館があるサクラメントの街からリトリバまではだいたい一日の距離だ。

 まあ、男爵領なんて狭いからね。

 二日も歩いたら他領ですよ。


 ざっくりと、サクラメントの街とその周辺にある村がいくつか、というのがサクラメント男爵領なのである。


「それなりの広さがあるように見えますわね。これであの収穫量はお粗末な限りですわ」


 肩に乗ったアヒルが俺にだけ聞こえる音量で言う。


 どうでもいいけどけっこう重い。

 猛禽とかを肩に止まらせるって格好いい絵面だけどさ、アヒルはちょっとしまらなすぎると思うんだ。


「やっぱり土地が痩せてるんだよな」


 痩せ細った作物を眺めながら俺は腕を組んだ。

 もともと荒れ地だったところを開墾したわけだから作物の育ちは良くない。


 良くないからとにかく広い面積に作付けをおこなうしかなく、労働力もたくさん必要になる。

 でも耕す人が増えるってことはそれだけ口も増えるってことだからね。


 暮らしは一向に良くならないわけさ。


「土壌を改良しなくてはなんにもできませんわね」

「簡単に言うけどな、アリエッタ。改良している間、村人たちはなにを食って生活するって話だよ」


 一朝一夕に土壌が良くなるわけじゃない。

 少なく見積もったって一年や二年は必要なんだ。


 荒れ地で育つ作物……たとえばジャガイモとかあるけど、あれってますます土地を痩せさせるしな。


 考えるとため息しか出ないよ。ホントに。


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