第2話 喋るアヒル!?


「お初にお目にかかりますわ! サラソータ侯爵家の四女、アリエッタですわ!」


 アヒルがどーんと胸を張った。

 俺の記憶がたしかならば、サラソータ侯爵も奥方も側室の方々も、みんな人間だったはずである。


 侯爵が鳥と子作りするようなディープな趣味の持ち主だって話も聞いたことがない。

 いや、そもそも人間と鳥の間には子供は生まれないよね。


「混乱しすぎてぼーっとしちゃってますけど男爵様。姫がご挨拶されていますよ」


 オリバーの言葉にはっとする。


 そうだった。

 どんなに尋常でなくても客人の前である。礼を失するわけにはいかない。


 俺は楽師に演奏を止めるよう目線で指示し、アリエッタ姫と名乗るアヒルに向き直る。


「サクラメント男爵ウィリアムである。遠路ご苦労だった」


 まあ定型的な名乗りだね。

 横柄というなかれ。侯爵家の娘とはいえ無位無官なのに対して俺は男爵位を持つ貴族だから。

 謙った態度を取ると身分制度そのものを否定することになっちゃうんだ。


 結婚して家族になったら、もちろん話は別だけど。

 ていうか家臣たちも家族みたいなもんだから、オリバーなんて秘書のくせに公的な場以外ではファーストネームで呼び捨てですよ。


 それにしても家族かぁ。

 俺、本当にこの鳥と家族にならないといけないのかなぁ。


「一応、再確認したいのだが、貴女は本当にサラソータ侯爵のご息女なのか? 不敏なるこの身にはアヒルにしか見えないのだが」

「アヒルではありません! 白鳥ですわ!」


 そこ大事なんだ……。

 すごくどうでもいいと思うんだけど。

 アヒルでも白鳥でもガチョウでも一緒だよ。


 他に気にすることあるじゃん。

 いっぱいあるじゃん。


「ともあれ、私がアリエッタなのは間違いありませんわ。こんな姿なのは呪いをかけられたからです」

「呪い……」


「おそらく犯人は次兄のクレイヴ。いずこかの魔術師か魔女にでもやらせたのでしょう」

「実の兄に呪いをかけられるなんて、穏やかじゃないな」


「状況証拠しかありませんから、あるいは他の兄の手が動いたのかもしれませんが」


 器用に肩をすくめるアヒル。

 骨肉の争いじゃないですかやだー。


 うちはたまたま俺しか正嫡がいなかったんで、まったくなんの問題もなく相続できたわけだけど、よその貴族はいろいろあるんだろうなぁ。







 サラソータ侯爵の子供たちはぼんくら揃いだったわけではない。

 むしろ優秀な方だっただろう。

 ただ、その中にあってアリエッタの才能はずば抜けていた。


 女の身でありながら、末っ子でありながら、侯爵が後継者候補の一人として考えるほどに。


「でも兄たちは面白いわけがありませんわね」

「侯爵位がかかっているなら、陰謀や暗殺もあるだろうな」


 ふうと俺は息を吐いた。

 場所を私室に移しての会談である。


 話してみると、アリエッタという姫は本当に賢い。政治感覚もシャープだし、思慮は深く識見は広いのだ。

 サラソータ侯爵が後継者にと考えるのはよく判る。


 そして侯爵の地位ってのは命がけで奪い合われるのに充分な価値があるからね。


 うちみたいな吹けば飛ぶような男爵家とは違うもん。

 国政に対して口を挟める立場。何万もの人間が暮らすような街をいくつも領有して、税収だってすっごい額になる。


 軍隊だってかなりしっかりしたものを持ってるしね。

 小国の王様と変わらないくらいの力があるんだ。


 ちょっと危ない言い方をすれば、王位を射程に入れられる地位なんだよね。公爵や侯爵って。


 それを妹に奪われるかもしれない状態でへらへら笑ってられるとしたら、野心がないどころか、山に籠もって仙人にでもなった方が良いんじゃないかってレベルである。


「でも、さすがに白鳥が侯爵位を継ぐわけにはいきませんわ」

「それ以前の問題として、ご息女が呪いで鳥に変えられたなんて知られるわけにいかないだろう」


 それで降って湧いたような結婚話というわけだ。

 アリエッタ姫が領内にいるのはまずいからサクラメント男爵家に嫁がせてしまう。

 絶対に断れない相手だ。


 もし秘密を漏らしたら、判ってるよな? あぁん? と、脅せる相手でもある。


 舐められまくりだよね。

 事実なんだけどさ。

 つらいよう。


「もちろん無料ただでとは言いませんわ。父からは今までの借金を棒引きするという言付けを預かっています」

「口止め料というわけだな」


「まあ、どのみち返ってくるわけもないだろうって言ってましたけどね」

「つらい! 事実なだけにものすごくつらい!」


 侯爵から借りてる莫大なお金について、返せる目処は立っていない。

 利子の支払いだって待ってもらうことが多いくらいなんだ。


「けど、返せないだろうことが判っていて侯爵は貸してくれていたのか。うちを借金で縛ったって、搾り取れるものなんかなんにもないと思うんだけどな」


 俺は首をかしげる。

 いままで借金の申し出を断られたことはない。それどころが渋られたことすらないんだ。


「父はウィリアム卿が可愛いんですわ。ちょっと妬けてしまうくらいに」


 くいくいと首を動かす。

 それがどういう感情を表現しているのかさっぱり判らない。

 ただ、白鳥ってこんなに首が短くないような気がするな、と、どうでも良いことが俺の頭に浮かんでいた。


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