降霊る/我ら異譚課介入係
「ヒ、ヒぎやぁッ……ギヒぃぃ、くっそォォ……!!」
全身が悲鳴をあげている。
生傷が灼けるように熱い。
刺すような痛みが終わってくれない。
左手首からの出血が止まらない。
これじゃあダメだ。血が零れて、跡が出来てしまう。
アイツに、あの男に追い付かれてしまう。
「……ひガっ、ひィ、ヒっ、くそッ、くそォッ、こんなはずジャあ……」
気づけなかった。いや、認識はしていたんだ。
あのエサを教室に閉じ込めて、その時には既に居た。
最初からオレ達の輪の中に居たんだ。
違う。オレの目が腐っていた訳じゃない。
キツネだったんだ。そうとしか見えなかった。
見た目も、匂いも、気配も、アイツはオレ達と同じだった。
同じ、バケモノだった。
––––––なのに、その時のアイツの姿が思い出せない。
「ギャアあああアああああああアアああッッッ!!!」
逃げて来た方向から、同族の叫びが聞こえる。
断末魔だ。
アイツにやられたに違いない。
アイツの刀は、ヤバい。本当にヤバい。
いくら怪異を認識しているとはいえ、生半可な刃物じゃ怪異を傷つけることは出来ないはずだ。
鞘から抜かれた時点でそれに気付けなかったのが悔やまれる。
アイツの言った通りかもしれない。
オレは、オレたちは、“狐狗狸”は、取るに足らない––––––
「ねぇ––––––––––––アタシ、キレイ?」
––––––また、気付けなかった。
いつから居たんだろうか。オレの目の前に、スーツ姿の女が立っていた。
オレが化けていた人間よりも微かに赤みがかった髪を、首元で切り揃えている。
そして、無駄にデカいマスクを着けている。
目の前の女はまず間違いなく、あの男の仲間だろう。
アイツも黒のスーツを着ていた。
だったら、既に手負いのオレは、もう逃げられないのかも知れない。
怪異を知る者に認識された以上は、そう簡単には逃げられない。
どうする。どうしよう。どうするべきだ。
オレは今、左手首から先を失っている。
血が溢れ続けている。
全身から痛みが抜けない。むしろ必死に走ったせいで痛みが増している。
アイツと同等の奴に歯向かうのは、賢い判断と思えな––––––––––––
「––––––へぇ。返事に窮するほど、アタシはブサイクなのね」
「い、いヤ……そンなコトは一言も言ってナい」
本当に言ってない。
正直なところ、お前の質問になんて答えようともしていない。
しかし、思い込みの激しい女なのだろうか。
勝手に納得してから、明らかに雰囲気が変わった。
悪い方に。
俺にとって最悪の方向に。
「……アタシをブサイクって言うのね」
「恒くんはノータイムでキレイって言ってくれるのに」
「恒くんだったらマスクを取ってもキレイって言ってくれるのに」
「恒くんならそんな怯えたような目をしないのに」
「恒くんだけはアタシの内面を見て大切にしてくれるのに」
「いや、わかってるのよ。アンタは恒くんじゃないもんね」
「ってことはやっぱり、恒くんは世界一の王子様ってことよね」
「じゃあつまり、恒くん以外の男なんて居なくても問題ないってことよね」
「だから、アタシと同じ顔にしてあげるね」
––––––血が、噴き出した。
いつの間にか大きなマスクは顎下まで降ろされていて、その奥にあった女の口元、唇の両端から走る凄惨な傷跡から。
色鮮やかな、人間にしては明るすぎる血液が溢れ出して。
赤茶色の髪が、さらに赤みを増していく。
爪も頬も唇も、さらに赤みを増していく。
その鮮やかな赤が舞い踊る様に見惚れていたのがいけなかったんだろう。
オレの視界の両端に、真紅で染まった刃が迫っていた。
左側からノコギリ。
右側から出刃包丁。
「《
オレはまた、彼我の戦力差を認識できないまま、斬り捨てられる。
今度は、左手だけじゃ済まないだろう。
◆◆◆
「え、じゃあ、じゃあ! 妖怪とか、幽霊とか、ホントにいるんですか!!」
「……まぁ、居るんじゃない、かな?」
「わぁぁやっぱり! あ、でも見ちゃいましたもんね! キツネ人間!」
……めっちゃグイグイくる。最近の子ヤバい。コミュ障にはきつい仕打ちだ。
ってかさ、初対面の人にこんな詰めてくるかね、普通。
だって綿貫さんから見た僕ってさ、いつの間にかクラスメートの輪に交じってて、偽物とは言え友達の首を勢いよく斬り飛ばして、バケモノの手前で大見え切ってカッコつけながらみすみす取り逃がした、そんな男だぜ?
僕だったら絶対関わらない。怖いもん。パーフェクト不審者だもん。
“こっくりさん”に対して前のめりだった点や、目を輝かせて僕に話しかけて来る様子を見るに、この女子中学生はオカルト話が好きなんだろうか。
怪異を信じる人間は、怪異と惹かれ合う。
そこ居る理由というか、居ても良いスペースを与えてしまっているからだ。
あのキツネ共が綿貫さんを狙ったのはやはり、「自分たちを信じてくれる存在」だったからなんだろう。
しかし、これはあまり良い展開とは言えない。
大抵の場合、遊び半分やらふざけ半分で怪異と遭ってしまった者は、痛い目を見ることになる。
「私、なんかドキドキしちゃってます! まるでアニメかなにかの世界に入っちゃったみたいです!」
「絶対懲りてないよなぁ、君」
十円玉が狂喜乱舞していた時点では、どちゃくそにビビり散らかしていたはずなのだが。記憶飛んだんか?
僕が最後の一匹を教室の外へと取り逃がしたことで逆に一安心したのだろう、非日常感を全力で楽しんでいやがる。
まずいなぁ。大抵の場合、怪異に巻き込まれた人間は恐怖のあまり、もう二度と“そういう噂”には関わらないようになるはずなのだが。
彼女の場合は、逆に好奇心の火を灯してしまった気がする。
というかむしろ、キラキラした瞳で僕を凝視している。圧がすごい。
「まずい、こんなことが尾上さんにバレたら––––––」
「バレたらなんだってェ……?」
「…………ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!」
いつから話を聴いていたのか、僕の背後には、やはり件の尾上さんがいた。
思わず変な高音が喉から飛び出しちゃった。
明らかに機嫌が悪い。
背中から怒りの炎があがっている光景を幻視しちゃうくらい怒ってる。
「おめえよォ、取り逃がしたうえに興味沸かせてどうすんだよォ」
「と、取り逃がしたのは完全に僕のミスですけど、この子に関してはちょっと……」
「––––––オ、オオカミぃっ!? 何で!? 喋ってるぅぅ!!」
一方の綿貫さん。僕たちの懸念なんて全く気にしていないようで、尾上さんに好奇心の視線を向けている。
僕は見慣れてしまったけど、たしかに一般人からすれば彼の存在は異質だろう。
彼の外見を一言で表すなら、「喋るオオカミ」だろう。
一般的なオオカミよりも一回りほど大きい体躯は、先ほどのキツネ達とは比べ物にならないほどに清廉な純白の体毛で覆われており、首元には首輪の代わりに注連縄を巻いている。身体の所々に赤と青の渦巻き模様が紛れているのも個性的だ。
以前にその柄はオシャレなのか聞いたら三十分ぐらい自分語りを聞かされた。彼にとっても、自己を象徴する誇り高いものなのだろう。多分。
「とりあえず尾上さん、この子には記憶処理を……」
「うわうわぁ~! 毛並みふわっふわぁ! かわいいぃぃぃぃ~~!」
「おうお嬢ちゃんよォ、撫でるの上手だなぁオイ。気分が良いぜェ」
絆されてんじゃねえか。
部下の手前、そんなんで良いのかよアンタ。
「尾上さん。とりあえずその子に「後片付け」の説明をしないと」
「うおっ!! 八恵さん、いつからそこに!?」
「私はいつだってひーくんの隣にいるよ」
びっくりしちゃったが、すぐ安心。
何故なら僕のすぐ隣に立っていた彼女も、同じく介入係の仲間だからだ。
名前は
長い黒髪を、つばの大きな麦わら帽子で押さえているのが特徴的だ。
しかもかなりの高長身。俺よりでかい。
ちなみにバストもすごい。
隣に立たれるとちょうど目の高さにお胸が来ます。眼福。
「ひーくん、何処見てるの~?」
「…………ドコモ見テナイヨー」
「ふ~ん、へぇ~?」
「ホントダヨー」
軽く背を曲げて顔を覗きこんでくる。
アカン、絶対バレてる。めっちゃニヤニヤしてる。
この人は何かにつけ、僕の純情な心をからかうような素振りばかりする。
べ、別におっぱいなんて、好きじゃないんだからね!!
––––––兎にも角にも、今回の事件は解決したと見ていいだろう。
僕が未熟なばかりに一匹取り逃がしてしまったが、
あとは、綿貫さんと一緒に“こっくりさん”に使った紙と十円玉を、正しい手順を介して「後片付け」すれば完了だ。もちろん、その直後に処理班による記憶処理を受けてもらうけど。
これが、僕の所属する警視庁の秘匿組織、異譚課–––より正確にいえば、現地での直接的対応を行う介入係–––の仕事だ。
人知れず人を守り、怪異譚を適切に管理する。
僕は18歳の誕生日に、その存在を知った。
そして、所属せざるを得なくなった。
そうだな……次は、その時の
僕が人ではなくなった、人ともバケモノとも言えない半端な存在になった、そんな現代の怪異譚を。
「恒くん待って! アタシの紹介をしてもらってないよぉ!!」
んもぉ~、せっかくカッコよく締めたのに!
ごめんね琴葉ちゃん。次回以降に回しま~す。
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