鉄塔の話

 僕が大学生の時のこと。

 地元の大学に通ってた僕は、最近仲良くなった友人のCとバイト終わりに深夜のドライブを楽しんでいました。


 「なあ、A知ってるか、この国道沿いをまっすぐ行ったところにさ、でっかい鉄塔があるだろ」


 「ああ、隣町とのちょうど間ぐらいのところだろ。あの辺田んぼしかないのに、ぽつんと一個だけ鉄塔があるんだよな」


 「そう、それそれ。あそこさ、変な噂があるんだぜ。ある法則であの鉄塔の周りを回ると願いが叶うっていうんだぜ」


 「なんだそれ。お前、そういう話好きだよなぁ」


 「いやいや、大学でも結構噂になってるぜ。あの鉄塔に午前二時半きっかりに、右に3周、左に5周、最後に右に2周だ。

 それするとさ、将来大成功するっていうんだぜ。

 なあ、そんなんで将来安泰だなんて安いもんじゃねえか」


 「ああ、確かに簡単だよな、っていうか絶対眉唾だろ。大体願いを叶えてくれるのって誰なんだよ。鉄塔に住む神様か?」


 「お前、願い事するのは神社だけって誰が決めたんだよ。別に嘘でもいいじゃん。

 ほらあと一時間したら二時半だぞ。ちょうどいいじゃん、行ってみようぜ」


 Cは半ば強引に行き先を変え、鉄塔に向かいました。


 鉄塔の周辺は一面に畑が広がり、鉄塔の監視室と思われる建物以外にはたまに農具を仕舞う小屋や、狭い畦道があるだけの、なんとも殺風景なところでした。


 そこにぽつんと一つだけ鉄塔が聳えており、真下から見るとその存在感に圧倒されました。


 「いやあ、それにしても近くでみるとデカいなぁ」


 「おい、ここフェンスで仕切られてて入れないじゃん。乗り越えるのかよ」


 「当たり前だろ。ここまで来たんだ。なに、ちょっとならバレないよ」


 僕とCは引け目を感じながらも、フェンスを乗り越え、鉄塔の足元のちょうど中央に立ちました。


 「んじゃ、俺が回るからお前数えててな。いいか、右に3周、左に5周、右に2周だぞ」


 時間は深夜二時半になりました。時間きっかりにCは歩き始めます。

 あとは淡々と数を数え、Cが周る姿を見ていました。


 「よし、あと一周だ」


 そうしてCが最後の一周を周り終えた時。

 キーーン

 微かに耳鳴りがしました。


 「ん?おいどうだC、なんか変わったことあったか?」


 「うーん。別に何もないなあ。まあこんなもんだろ。俺もこれで成功者の仲間入りだ、なーんてな。ははは」


 僕もCも本気にはしていませんでしたが、とりあえずやり遂げた達成感を感じながらその日は解散しました。


 翌日から、僕は大学の授業やらバイトやらで忙しく、Cと鉄塔に行ったことなどすっかり忘れていました。


 一ヶ月が経ち、共通の友達と話していたときのこと。


 「そういえば、最近C見てないな、お前知ってるか?」


 「そういやそうだな。俺も最近連絡取ってないや。あいつ、授業も出てないらしいし何してんだか」


 「へえ、そうなんだ。どうせゲームにハマって引きこもってるんだろ。久々に遊びに行ってやるか」


 僕と友人はCの家に行くことにしました。

 一人暮らし専用のアパートに着き、インターフォンを鳴らします。


 「Cのやついなさそうだな、部屋の中真っ暗だぞ」

 二、三回ドアをノックしたところで、諦めて帰ろうとしたとき。

 

 ガチャリ

 

 ドアが開きました。

 暗がりからCの顔がぬっと出て来たのです。


 「おお、なんだC居たのかよ。ひょっとして寝てた?悪いな」


 「ああ、別にいいよ。何しに来たんだよ、俺忙しいんだけど」


 「なんだよ、心配して来てやったんだろ」


 「ああ、おいA、俺さ、もうすぐ行くんだよ。成功者になるぜ、俺」


 「ん?ああ、あの時のか。マジで信じてたのかよお前」


 「最初は冗談だって思ってたけどさ」

 「はあ…」

 「呼ばれてるんだよ。あの鉄塔に」

 「なんだよそれ」

 「俺だけの特権だぜ。なあAよ、お前もさっさと来いよ」


 意味の分からないことを呟き、Cはまた部屋に戻っていった。

 

 「と、とりあえず元気そうでよかったな」

 「ああ、ちょっと痩せた気がするけどな。まあ引きこもってればあんなんにもなるだろ」

 

 Cの姿を見たのはそれが最後でした。

 翌日から、Cは行方不明になったのです。


 家族は捜索願いを出し、友人知人を当たったもののCの行き先は忽然と判明しませんでした。

 当然、Aの元にも家族の方から連絡があり、そこで失踪した事を知りました。

 

 呼ばれているんだよ。あの鉄塔に。

 

 僕はその言葉が頭から離れませんでした。

 きっと、あそこに行ったんだろう。

 僕は車を走らせ、あの鉄塔に向かいました。


 その日は悪天候で、雨が不規則に降ったり止んだりしていて。時折、遠くで雷の音が聞こえます。

 例の鉄塔に着き、僕はすぐにフェンスを乗り越え、鉄塔の足元に立ちました。

 勢いで来たはいいけど、こんなところにCがいるはずないよな。


 いや、何か手がかりがあるかもしれない。そう思って鉄塔の付近を探してみますが、これと言って何もない。

 

 なあAよ、お前もさっさと来いよ。

 

 さっさと来いってなんだよ。

 あの儀式をやれってことかよ。

 そんなことを考えながら、僕は鉄塔の先を見上げました。


 「あれ…?あそこ、何か引っ掛かってる?」

 鉄塔の淵に何か引っ掛かっているように見えます。

 

 キーーン

 

 ん、また耳鳴りだ…そう言えばあの時も。

 その時、空が一瞬激しく光りました。

 数秒後、辺りに轟音が響き渡ります。腹の底に響くような音でした。


 雷が落ちたな。それも、かなり近くに。

 それと同時に。

 

 バサッ

 

 雷の衝撃なのかは分かりませんが、引っ掛かっていた何かが落ちてきました。

 落ちて来たところにすぐに駆け寄ります。


 「あれ…これ、靴だ。Cが履いていたのと同じものじゃ…」

 その靴には見覚えがありました。あの日、フェンスを乗り越える際に、はっきりと見ていた。あの靴じゃないか。

 それじゃあ、Cはこの鉄塔に登っていた?


 他に何か手がかりがはないのか…

 周囲を見回しました。

 すると、その視線の先に──

 鉄塔の管理棟があります。

 その窓枠に、人影が見えたのです。

 この施設、誰がいるのか。

 フェンスを飛び越え、管理棟に向かいます。

 焦りからか建物のドアを乱暴に叩きました。

 

 ドンドンドン

 

 「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」

 大声で叫ぶ。すると、すぐに中から人が出て来たのです。


 出て来たのは作業着を着た中年の男性でした。髪は短く、メガネをかけた、一見普通の人です。

 勝手に忍び込んでいた手前、怒られるのは覚悟していました。


 「す…すみません。あ、あの…Cという人を探していて…ここに来たんじゃないかと思って」

 Cの靴を差し出しながら尋ねました。


 「ああ。彼を探しに来たのか。もう間に合わないよ。それに、君はまだダメだ」


 「えっ?どういうことなんですか!あいつも同じこと言ってたけど。Cはどこに行ったんですか!今何処にいるんですか!」


 思わず叫びました。この男が何を言っているのか、心から知りたい──そう思いました。


 すると。

 男はゆっくりと背後を指差します。


 「ほら。あそこ」

 僕はゆっくり振り返りました。指差す先にあるのは、鉄塔の頂上。


 「な…何もないじゃ…」

 その時。


 

 ドォオオン

 

 再び轟音が響き渡ります。

 殆ど同時に空が光りました。山の何処かで火花が散ります。

 と、同時に、鉄塔の先端がやんわり光っている。

 なんだあの光は。

 同時に。

 

 ウォオオオオオオオ!!!

 

 鉄塔の先端から悍ましい、地の底から湧き出るような叫び声が響き渡りました。


 僕は腰が抜け、その場にへたり込みました。

 「君も、準備が出来たらまた来なさい」

 背後の男は、ドアを閉め管理室に戻っていってしまいました。

 

 この先、僕はもう鉄塔に近づくことはありませんでした。

 

 あの鉄塔についての噂は、いつの間にか無くなっていました。


 その後、OBの先輩から聞いた話によると。

 あの鉄塔に関して、昔流行った噂というのがあったらしいのです。


 あの鉄塔の先端には霊界に通じる蓋があり、ある手順を踏むと蓋が開き、その手順を踏んだ人間は霊界に連れ去られてしまうといいます。


 その現象を調べるため、県からの要望で、ウチの大学の研究員が日夜、あの鉄塔を監視している、というものでした。


 まあ適当な噂だろう、とOBの先輩は笑って言いました。その当時もまともに信じる人はいなかっただろうと思います。


 しかし、あの日管理棟で見たあの男の存在、ひょっとして本当に大学の職員だとしたら。


 本来の噂とは真逆の噂を広めたのがその職員で、被験者を探していたとしたら…

 

 Cは未だに見つかっていません。


 僕が大学の頃に経験した不思議な話でした。

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