心霊スポット帰りの三人
ある事件に纏わる話です。
北陸地方の峠で、ある心霊スポットを訪れた三人の若い男女が亡くなったのです。
その事件の詳細は以下の通り。
峠の中腹にある休憩所付近で三人の若者の遺体が見つかった。三人は休憩所のそれぞれ別の場所で亡くなっており、三人が亡くなった経緯について詳しい調査が行われている。
亡くなったA子さん(23歳女性)は死亡時、県道の中心に横たわる形で寝ていたと見られ、大型のトラックに跳ねられ帰らぬ人となった。
Bさん(23歳女性)は休憩所のトイレに閉じ込められており、精神錯乱状態となっているところを救急隊に発見されたが、その後死亡が確認された。
Cさん(21歳男性)は付近のダムに浮いているところを発見された。警察の調べではダムの脇から内側を覗きこもうとして足を滑らせ誤って転落し、そのまま亡くなったと断定された。
三人の身に何が起きたのかについて詳しくは分かっておらず、調査は難航を極めていた。
***
その峠の先には、その昔に飢餓で亡くなった人たちを祀った慰霊碑があった。
当時は沢山の人が命を落としたのだが、そこは所謂無縁仏というもので、引き取り手のない遺体を纏めて埋葬していたのだった。
そこに行くと、感受性の高い者は精神に影響を受けてしまう、であるとか、悪戯で忍び込む人間は呪われ、命を落とすといった噂があった。
ここを訪れたのは、親友のエイコとサキ、それからサキの弟のソウヘイの三人だった。
「ねえサキ、やっぱり不気味なところよね。あなたが来たいって言ったんだから、責任取ってよね」
「なによエイコ、怖がっちゃって。ちょっとした肝試しじゃない。それに、ここの噂だってあれはここに近寄らせないために誰かが流しただけでしょ」
「サキはほんとこういうの好きよねぇ。悪趣味。わざわざこんな山奥まで来てさ。ねえソウ君もなんとか言ってよ」
「姉ちゃん、俺だって怖いよ。まあ男は俺一人しかいないんだから、いざとなったら行くしかないんだけどさ」
「ははは、そうでしょ。最悪、ソウヘイがなんとかしてくれるわよ。
まあちょっとした観光と思って。気軽に行きましょうよ」
そんなことを話しながら懐中電灯を照らして山道の階段を歩いていくと、すぐに石碑が見えてきた。
「ああ、これね。何のことはない、ただの石じゃないの」
「あんたそんなこと言って。ほんと怖いもの知らずね。でも、確かに見た感じは普通の石碑よね」
「エイちゃんこっち見てよ、何か書いてあるよ」
ソウヘイが電灯を照らした先には昔の字で何かが掘られていた。
「う…んと、なんとかの洞に仏?どう言う意味かしらね」
「さあ。無縁仏って言ってたから、きっと弔いの言葉とかを彫ってるんでしょ。
なんか呆気なくて肩透かし喰らっちゃったみたい」
「確かにね。思ったより地味だし。なんかお腹空いてきちゃった」
「それならさ、さっさとここ降りてファミレスでも行こうよ。山降るのだって一時間ぐらいはかかるよ」
一向は心霊スポットと言うには地味な場所に飽きて、来た道を引き返すことにした。
この峠の途中には、中型のダムがあり、そこに簡易的な休憩場があった。
サキの提案で、三人はこの休憩所に立ち寄ることにしたのだった。
「ちょっとサキ、お手洗い行ったらすぐ出るわよ」
「えー、せっかくだからダムでも見に行こうよ」
「またそんなこと言って。あんたなんでも見てみないと気が済まないの?」
「いいじゃないの、せっかく来たんだしさ。ねえソウヘイも行くでしょ」
「分かったよ姉ちゃん、どうせ何言ったって聞かないっしょ」
「もう、仕方ないわねぇ」
──サキの話──
休憩所に着くと、サキはトイレに向かった。用を終え、洗面台で手を洗い、暫しの静寂に身を任せていた。近くにあるダムに水が流れ込む音を聞いていると、不思議と心が落ち着いた。
それもこれも全て。
やっと。やっと。あの悩みから解放されるからだ。
さっさと地獄に堕ちればいいんだ。
──エイコの話──
あの女、絶対に許せない。あの人を私から奪ったやつ。
あいつが居なければ。
あの人はずっと私のものだったのに。
いつもそうだった。私が好きになる男は、みんなあの女が好きになる。
私が好きな食べ物は全部あいつも好き。
学校で褒められるのもいつもあいつ。大して出来も良くないくせに。
何が親友よ。
私はあいつの引き立て役じゃないわ。
絶対許さない。
懲らしめてやるわ。
サキが車を降り、一人でトイレに向かった。
「ソウくん、私もお手洗い行きたいから待っててよ」
「おっけー、女子二人のトイレは長いからなあ」
「うるさいわね。いいからここに居なさい」
「分かったよぉ、姉ちゃんから頼まれたこともあるんだから早くしてよね」
エイコはサキのいるトイレに向かう。
ゆっくりと歩きながらあの女のしてきたことを思い出す。
絶対に許せない。あの女をビビらせてやる。
トイレの前に着いた。おあつらえ向きの板切が転がっている。エイコはそれを拾うと躊躇なくトイレの引き戸に差し込んだ。
ドンドンドン
──あれ、ねえ開けて。変な冗談よしてよ。
ふふふ。慌てちゃって。そりゃあ焦るわよね。ここで暫く反省しなさい。
──エイコ、エイコでしょ?なんでこんなことするの?私何かした?
何かしたかって?全部お前のせいよ。
──ねえ、怖いよ。ここ、薄暗いし、何か出てきそう。
ああ。そう。このトイレもね、霊が出るって噂あったわよね。会えるといいわね。大好きな幽霊に。
心の中でそうほくそ笑むと、エイコ車に引き返していった。
「ああ、早かったね。あれ、姉ちゃんは?」
「ええ、ちょっと、具合悪いみたいでね。向こうで休んでるわ」
「えっ、大丈夫かな、俺行ってくるよ」
「私が見てるから大丈夫よ。あのね、女の子には色々あるのよ」
「ああ…そうかよ」
助手席に乗り込む。
「それより、ソウ君もサキに何かお願いされてなかった?さっさと行って来たら?」
「ああ、そうだね、行ってこようかな」
その瞬間、エイコは何かに背後から羽交締めにされ、口元を押さえられた。
「う、うぐっ…」
息が出来ない。
意識が遠くなる。
なんで……
そのままエイコは気を失った。
──ソウヘイの話──
あの女が邪魔だった。
ずっと、ずっと俺の邪魔をする。
何かにつけて親友アピールしやがって。
俺の大切な姉を、俺だけの姉ちゃんを俺から奪いやがった。
お前は所詮血の繋がりもない、ただの女だ。
ただ女ってだけで姉に近づきやがって。調子に乗るな。
お前がいなければ、姉ちゃんはもっと俺を頼ってくれるのに。
クソ。
クソが。
今日だってそうだ。二人でドライブに行きたかったのに。割り込んできやがって。
あんなやつ、居なくなればいいのに。
殺してやる。
殺してやる…!
「ああ、早かったね。あれ、姉ちゃんは?」
「ええ、ちょっと、具合悪いみたいでね。向こうで休んでるわ」
「えっ、大丈夫かな、俺行ってくるよ」
「私が見てるから大丈夫よ。あのね、女の子には色々あるのよ」
「ああ…そうかよ」
お前にはわかんねえってことか。
俺をバカにしやがって。
あの女が助手席に乗り込んできた。
「それより、ソウ君もサキに何かお願いされてなかった?さっさと行って来たら?」
言われなくてもそうするつもりだ。
お前を殺した後にな。
「ああ、そうだね、行ってこようかな」
悟られないように後ろから、首に腕を回す。一気に力を入れる。
「う…うぐっ…」
素早くアルコールを染み込ませたタオルを口にあてた。
この女は呆気なく意識を失ったようだった。
ザマアミロ。
これで姉ちゃんは俺の、俺だけの。
助手席のドアを開けて、女を抱え上げる。
そのまま県道まで運び、横たわらせる。
このまま目が覚める前に車が来て──これで終わりだ。
胸の奥がすうっと晴れた気がした。
ああ、これで解決だ。
あ、大事なことを忘れていた。
姉からダムの絶景を撮ってきてくれと言われていたんだ。
姉ちゃんも人使いが荒いんだから。まあ、頼りになるのは俺ぐらいだよな。
急がなくっちゃ。
ああ、姉ちゃんが言ってたのはこっちからの風景か。ダム全体が映るのは、もうちょっと。
あ、ここだ。この際だ。もう少し手を伸ばせば。
もう少し。
ズリッ。
「あっ……」
足を踏み外したソウヘイは人知れず数十メートル下のダムに落ちていった。
──サキの話──
静寂が心を包む。
ああ、落ち着く。
その時。
ガンッ!ガッ…
何だろう。
トイレのドアの辺りで音がした。
トイレの入り口は引き戸になっているタイプだった。もしかして。
力を入れてドアを開けようとする。
外に何かが挟まっているようだ。開かない。
ドンドンドン!
「あれ、ねえ開けて。変な冗談よして」
反応がない。まさかあいつに気づかれた?
いや、あいつが私に逆らうなんてことない。
だとしたら…
「エイコ、エイコでしょ?なんでこんなことするの?私何かした?」
無言だった。
「ねえ、怖いよ。ここ、薄暗いし、何か出てきそう」
まずい、計画が狂う。
エイコと一緒にいなくてはいけないのに。
何者かが遠ざかる足音が聞こえる。
「ちょっと、エイコ、エイコ!」
足音は完全に去ってしまった。
クソ…なんなのよアイツ。
いや、まあどっちでもいいか。
あいつ、ソウヘイが死ぬのはもう決まってるんだから。
小さい頃から鬱陶しかったわ。
いっつも私の周りをウロチョロして。その癖頼りにもなんない弟。
いつだってアイツのせいで上手くいかなかった。受験の時だってそう。アイツが直前に入院なんてしなければ、私は志望校に入れてた。
初めての彼氏が出来た時もそう。彼に付き纏って嫌がらせなんかして。
最悪の邪魔者だわ。
何が血の繋がりよ。
守ってもらってばかりの役立たずじゃない。
ほとほと愛想が尽きたのよ。
エイコと一緒にいれば私は疑われることはない。
そのはずだったのに。
あーあ。もうどうでもいーや。
ここに来るまでの間にアイツの靴に細工をしたからね。
いつも靴を脱いで運転するんだもん。
楽勝よ。
ここのダムはね、全体を写真におさめられるのは一箇所しかないの。
足を滑らせたら終わりよ。
さて、退屈ね。何して過ごそうかしら。
こんな汚いところにいなきゃいけないの、ほんと最悪。
あれ、そう言えば、ここって◯◯ダムよね。
◯◯ダムのトイレって、何か噂あったような。
あ、思い出した。確かダムの底に沈んだ村の話だ。
その頃に手違いで生きたままダムの底に沈んだ人がいたって言ってた。
どういう訳か女子トイレに出るって。
ここに遅くに一人でいると死んだ村人が出てきて襲われるって。
いや、でも噂よね。
大体、ダムの底なのに女子トイレに出るってのも胡散臭いし。
そう考えていたとき。
ドン!
「キャッ…」
突然背後の個室から何かを叩く音が聞こえた。
パリッ…パリン…
洗面台の鏡が割れた。と同時に薄暗い電灯が点滅した。
「キャア!」
思わず声が漏れた。腰が抜けてへたり込む。
その時。背後でドアが開く音が聞こえた。
ギィィィイ
ペタ…ペタ……ペタ…
何かが近づいてくる。
ペタ…ペタ……ペタ…
目の前で足音が止まった。
嘘でしょ、な、何よ…
何者かの息遣いが耳元で聞こえる。
足を掴まれる感触が伝わる。
恐怖が限界を迎え、思わず目を開けた。
目の前に──ソレがいた。
「キャアアアアアァァーーーー」
翌日、錯乱し、放心した状態のサキが発見された。
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