異世界ラジオ

 これは、僕が数年前に体験した話だ。

 最近、受験勉強の合間にラジオを聴くのが日課になっていた。


 その日もラジオを聴きながら少しの間休憩をしていた時のこと。

 ふと気づくと、ラジオから機械音のようなものが流れていることに気づいた。


 時刻は二時半頃。どうやら一休みしようと思ってそのまま眠ってしまったらしい。

 寝ぼけて手元のラジオの周波数を変えてしまったらしく、全く出鱈目な周波数設定になったまま何かを受信していたらしい。

 

 ジジ…ジジジ……

 

 カシャン、カシャ……ジジジ…

 

 ピーーー…ジジ…


 ラジオの音に混ざって遠くで大きな機械が何かに当たるような音、高い音が響く。

 これはなんだろう、と思いながら聴いていると、次第に音は人の話す声に変わっていった。

 しかし、ノイズが酷くて何を話しているのか殆ど聞き取れない。


 よく聞き取ろうと耳を澄ます。

 すると、どうやら男女の話している声だというのが分かってきた。

 男の方は抑揚が激しく、昔の軍人のような話し方をしている。


 「大東亜……で…るからして……は一切…だ…と……を期して……今こそ……であろう」

 辛うじて聞き取れたのはその部分だけだった。


 もう一人の女の方は、老婆のようなしゃがれた声であった。

 「いながに…は帰っ…くるがや、ぼこさ生ま……におめさが……待っ……かねがね……じゃろて」

 不明瞭で意味は分からないが、暫く無機質な会話が続いている。


 二人の抑揚の差が大きくなる。


 「静粛に…以って……いか…る理想……を絶やさず……我々…捧げるのである」


 「あだすの…さ帰し…けろ。まんず…も上手く……であんべ……まずよ……鬼っコだべ……」


 少しずつ聞き取れるようになった。

 どうやら言い合いをしているようにも聞こえる。


 急にノイズが止み、声が透き通って聞こえた。

 「我々の神はまた望んでいるのである。それこそが救済である」

 「いんや、鬼コさんは命さ取らねば気が済まね」


 「それこそが永遠であろう」


 「地獄じゃろうて」


 ジジ…ジジジ……

 

 ラジオはまた元のノイズに戻っていた。

 この放送はなんだったんだろう。


 それから、妙なことが起きるようになった。

 あの声がどこからともなく聞こえてくるのだ。

 家を出て通学中、信号待ちをしていると、突然背後から声が聞こえた。


 「時は満ちておる。今こそ理念理想を掲げよ」

 びっくりして振り返るが、誰もいない。隣にいた友人に聞いても何も聞こえなかったという。


 次は家のマンションの前での事、一階の部屋の窓からしゃがれた声が聞こえた。

 「おめさ、未だいぎだぐねが?」

 窓は空いているが誰もいない。聞き間違えとは思えないほどはっきりと聞こえた。


 家に帰り、夜、また受験勉強を始めながらラジオをつける。


 すると周波数が変わるようにノイズが変化する。ふとラジオを見ると、周波数を設定するつまみが右に動いていくのだ。


 ジジ…ジジジ……


 「諸君にも……ている…であ…う」


 「も…ええ…ごろ……でねが」


 慌ててラジオを切る。


 ノイローゼに違いない、受験のストレスでおかしくなっているんだ、そう思うことにした。


 次の日、住んでいるマンションが大騒ぎになった。

 マンションの裏手の調整池で、立て続けに入水自殺があったのだ。

 靴は丁寧に五足、調整池の辺りに並べてある。

 皆この付近に住む住人であった。


 特に顔見知り同士ということもなかったようで、大人たちは皆首を傾げていた。


 僕は怖いもの見たさで友達と調整池の入り口を見に行った。マンションの住民達が不安そうに中を覗いている。


 その向こうで警官がブルーシートで覆いながら忙しそうに作業をしていた。


 すると、突然耳鳴りがした。

 それと同時にあの声が聞こえる。


 「ボコには地獄は早かんべな」


 「神の御心を聴いたであろう。今こそ立ち上がるのだ」


 今度は、耳元ではっきりと聞こえた。

 その後、不思議な声を聞くことはなかった。


 あの声は僕に何を伝えたかったのだろう。

 僕の経験した話だ。

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