フリマ
同僚のIさんから聞いた話です。
Iさん、フリーマーケットに行くのが好きで、よく近所のフリマ会場に行ってたんですって。
ある時そこで、何気なく見てたら淡い色合いのクッションが目に入ってきたの。別に特別可愛いって思ったわけじゃないんだけど、何だか気になって。即決だって。
すぐに店員さんを呼んで買ったみたい。店員さんも長い髪が綺麗で凄くいい人で、いいお店を見つけたって言ってたわ。
それからね、家にいる時はそのクッションを肌身離さず持って過ごしてたんだって。
テレビを見る時も、寝る時も一緒。常にこう、両手に抱えて。すっごく落ち着くんだって。不思議よね。
そうして暫くした頃、クッションの端っこのほうがほつれてることに気がついたの。
そこから黒い糸みたいなのが出てる。何だろって思って引っ張ってみたら。ツツツーって。簡単に糸は引き出せたの。真っ黒な糸。あ、これ。ってすぐに分かった。髪の毛だったの。
それでね、そのほつれた隙間を広げてね。クッションの中を覗いてみると。真っ黒い髪の毛がみっしりと詰まってたの。
思わず悲鳴を上げちゃったって。当然よね。なんて気持ち悪いもの大事にしてたのかしらって悍ましくなったの。
それでIさん、流石に文句を言いに、また例のフリマに行ったの。でも、生憎その日はクッションを買ったお店は出店してなくって。隣のお店の人に聞いたんですって。
『ああ、みっちゃんなら今日は来てないね。なんか用ならここからすぐのとこに住んでるから行ってみたら?』
って言って住所を教えてくれたの。
確かにここから五分ぐらい歩いたところで近かった。いきなり家に行くなんて気が引けたけど、頭にも来てたから。
それでそのままIさんは教えてもらった住所のところに行ったのね。そこには一軒家があって、表札には奥村って出てたの。
少し古いけど、普通の家だった。
インターフォンを押してみたんだけど、全然反応なくって。留守かなって思ってたらね。玄関のドアが少し開いてることに気づいたの。不用心だなって思って。
流石に勝手に入るのはって躊躇したんだけど。そしたら、勝手にドアがどんどん開いてくの。風で開いたとも考えられないし、ひょっとして誰かいるのかしらって。そうだとしたら揶揄われてるんじゃないかって。また頭に血が登った。
もうドアは全開ぐらいに開いてて。例え揶揄われてたんじゃなくてもこのままにしとくわけにもいかないじゃない。
それで玄関口まで歩いていって声をかけたの。
『すみません、どなたかいますか?』
でも全然反応はなくて。
中を覗いてみたの。というより見えちゃったんだけど。廊下の先に仏間があるのが見えた。畳の部屋でちょっとだけ仏壇の端が見えてるの。そこでチラッと動く影が見えた気がした。
なんだ、いるんじゃない、そう思って仏間に入って行った。勝手に家に上がり込むなんてダメよね。でも我慢できなかったみたい。
仏間に入ったらね、仏壇の前が異様な光景だった。髪の毛の束が置かれてるの。まるでお供物みたいに。それから仏壇の上から髪の毛の束が吊るしてある。何本も何本も。一気に血の気が引いたって。
そこで。あれ、ちょっと待って、さっきの影は?と思って部屋の中を見たの。
でも誰もいない。
それどころか、その部屋の中、仏壇以外何もないの。ただ。頭上にね、遺影が飾ってあった。それで全部分かったの。
その遺影の子、みっちゃん、奥村──。綺麗な髪が長いのが特徴で、澄ました顔して。気に入らなかったの。だからいじめてた。
ああ、あの子だって。もう存在なんてすっかり忘れてた。
それからIさんね、引き篭るようになっちゃって。仕事も辞めて一歩も家を出ないのよ。この前久しぶりに彼女の家に行ったの。そしたらね。随分様子が変わっちゃってて。
化粧っ気もなくて、髪は伸ばし放題だし、でも、ところどころごっそり抜け落ちてて。家の中に入れてくれたんだけど。
そこにね、あの柄のクッションがいくつも、いくつも並べてあったわ。
きっと、自分の髪の毛で作ったのね。
ひとつあげるわって言われたけど、丁寧にお断りしたわ。
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