4・呪

 自宅に招いた築垣を、陸は居間にあげた。

 築垣は礼儀正しく挨拶をしてソファに座った。机を挟んだ向かいに、真由は座っている。眠気が限界に達しているのか、頭が常に揺れ動いている。

 それでもかつての友達の顔を見て安心したのか、久しぶりねと弱々しい口調ながらに挨拶をした。

「僕こそ、ご無沙汰しております」

 と築垣は答えた。女ながらに築垣は、自分のことをと呼ぶくせがある。

 陸は、仲の良い友だち同士の再開に水を差すのは悪いと思い、じゃあ俺は喫茶店にでも行っていると言ったが、

「いえ、陸さんもぜひ同席願います」

 と築垣に止められた。陸はどちらでも構わなかったが、肝心かんじんなのは真由の思いだ。

「居てもいいか」

 陸が尋ねると、

「居てほしい」

 と真由は答えた。

 それならと、陸は真由の隣に腰を下ろした。

「事情は聴いています」

 築垣が早速さっそく切り出した。夢に見たものが落ちるので眠らないようにしているのですねと確認する。そうなのと真由は答えた。それは大変でしょうと築垣は共感を示し、それから尋ねた。

「その夢のことを、真由さんご自身はどうお考えなのですか」

「どう、というのは――」

「ご自身が夢に見たから落ちた――ということなら、陸さんのおっしゃるとおり、確かに科学的な根拠はないと言えるでしょう。では、夢と、物が落ちることの因果関係を、真由さんご自身はどうお考えなのでしょう」

 真由は眉間みけんつまんで少し考える様子を見せてから、

「呪い――とか?」

 と自信なさげに答えた。だが、言葉にすることで自信を得たのか、

「そうよ呪いよ。私は呪いにかかっているのよ」

 と急にたかぶった。陸はそんな真由を横から抱きしめる。

「そんなものあるわけがない。思い込みだ」

 だよな、と築垣に同意を求める。

 しかし築垣は、あごに指をえ、


「いえ、ありますよ呪いは」


 と言った。

「なに」

 真由に追い打ちをかけるようなその言葉に、陸は激昂げっこうしそうになったがすんでのところでその感情を飲み込んだ。

「どういうことだ。呪いがあるなんて」

 抑えてもなおにじみ出る怒りに、頬と眉が痙攣けいれんする。

 しかし築垣は動じた様子を見せず、唐突に訳のわからない質問を繰り出した。

「想像してみてください。もし道を歩いているときに、石につまづいて転んだら、転んだ原因はなぜだと考えると思いますか」

 真由に追い打ちをかけるばかりか、巫山戯ふざけているかのような話を始めた築垣に、陸は頭のしんから赤い液体が漏れるのを感じた。だがそれを表に出す寸前で、

「大事なことなんです」

 と築垣に止められた。陸は自分の顔へ向かって真っ直ぐに向けられた視線に射竦いすくめられた。思わず息を呑む。

 陸が怒りを飲み込んだことを確認したからか、築垣は真由へ視線を移し、

「どうですか真由さん」

 と落ち着き払った様子で尋ねた。

 陸は真由に目を向けた。

 真由はいつの間にか冷静さを取り戻していた。真由を抱きしめていた陸は、そっと離れる。

「転んだ原因でしょ?」

 真由は両手で蟀谷こめかみはさみ込み、上半身を前傾させた。じっと黙る。

 やがて、慎重そうな口調で答えた。

「それは、石に躓いたから――だと思うわね」

 と答えた。だって石に躓いて転んだって築垣さんも言ったでしょうと続ける。その通りだと陸は思った。答えを出しておきながらそれを問う築垣の気が知れなかった。

 そうですねと築垣も頷いた。それから、さらに問いを重ねた。

「では、もし――あくまでもし、の話ですが――転ぶより以前に平将門の首塚に悪さをしていたとしたら、どう考えると思いますか」

「なんなんだその質問は」

 陸はとうとう抑えきれなくなって声をあらげてしまった。ソファからやや腰をあげる。さらに出ていけと言おうとしたところで、横からそでを引っ張られた。

 真由が、上目遣うわめづかいに陸を見ていた。あんに、抑えてくれと言われたような気がして、陸はソファに沈んだ。

 落ち着いてから、真由が築垣の質問に答えた。

「それは間違いなく将門の呪いだと思うわ。だって、あのまわりの会社って、全部将門の首塚に背中を向けない形で机なんかの配置が考えられてるんでしょ」

 それはあくまで噂ですが、と築垣は断ってから、

「まさにそれが呪いですよ」

 と言った。

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