2・現

 帰ると、玄関で違和感を覚えた。

 靴を脱ぎながらあたりを見渡す。

 違和感の正体がわかった。

 鏡がないのだ。

 どうしたのだろうと思っていると、廊下の奥から真由がやって来てお帰りなさいと言った。ただいまと陸は返す。

「なあ、ここに掛けておいた鏡、どうしたんだ」

「ああ、それが――」

 真由は胸の前で両手を握り合わせた。眉間にぎゅっとしわを寄せ、しぼり出すように言う。

「割れちゃったのよ」

「割れた?」

「あなたが出ていった後、急に壁から落ちて」

 ひもがちぎれていたのだと真由は語った。

「それは、残念だったな」

 今朝のこともあるのでなるべく真由を刺激しないようにと心がけながら陸はそう言った。そして、

欠片かけら、片付けたんだろ? 怪我しなかったか?」

 話の矛先ほこさきを夢の内容かららした。

 真由は唇を噛んだままうなずいた。表情は浮かない。

 陸はわざと明るく、

「それは良かった」

 と応じた。真由を不安から遠ざけてやりたいという思いはもちろんあったが、それと同じくらいに、早く休みたいという思いがあった。ここでまた夢の話をされてはかなわない。話を聴くことで真由の不安がやわらぐならいくらでも聴いてやりたいが、せめて食事と風呂を済ませて後に回したかった。

 何より――。

 ――夢が何かを暗示することなんてないだろ。

 と陸は思っている。話しているのが妻でなければ鼻でわらって済ませているところだ。

 だが翌日、陸はみずから考えを改めることになった。

 旧友からの連絡で、大貫が転落事故を起こしたと知ったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る