第7話 バルテル伯爵領の試合

 翌日、闘技場で試合がおこなわれる。闘技場には観客でいっぱいになっている。近隣の貴族も来ており、ロックに挨拶に来る。アーダルベルトはディートハルトたちに会わせて45人の兵を試合に参加させる。

 第1試合が始まる。アーダルベルトの兵は剣を上段から打ちこむ。ディートハルトの兵は片手で剣を持ち、軽々とアーダルベルトの兵の打ち込みを受ける。

 ディートハルトの兵は剣げきを受けたまま、力技で押していく、アーダルベルトの兵は両手で剣を持ち剣を押し返そうとするが相手の剣が重すぎて体がのけぞる。

 彼はさらに押しこまれて片膝を地面につく。そしてついには地面に仰向けに倒れる。ディートハルトの兵は剣先を首に突き付けて勝負を決める。

 アーダルベルトは「化け物じみた怪力だ。信じられん。」と思う。そして次に兵にスピードで勝負するように指示する。

 第2試合が始まる。アーダルベルトの兵は間合いをはかってその周りを走り出す。ディートハルトの兵は一瞬姿が消えたように見える。彼は走っているアーダルベルトの兵の足を引っかける。

 アーダルベルトの兵は盛大に転ぶ。観客から笑い声がする。アーダルベルトは顔を赤くして怒る。アーダルベルトの兵はそのまま動けなくなり運ばれて退場する。

 第3試合が始まる。アーダルベルトの兵の剣の腕はディートハルトをうならせる程の腕前だった。ディートハルトの兵はそれを片手で互角に渡り合う。

 そして、アーダルベルトの兵の剣をはじくと素早く間合いの中に入り、左のこぶしをアーダルベルトの兵の腹に叩き込む。鎧を着ていたが衝撃は鎧を貫通する。

 アーダルベルトの兵は一撃で失神して倒れ込む。ロックは兵たちの筋肉が見かけだけでないと確信する。兵は鎧どおしを使って見せたのだ。アーダルベルトがロックに言う。

 「ディートハルト様の兵は強いですな。これで3連敗ですよ。」「彼らは地獄の訓練を受けていますから異常なほど強いはずです。」

 「一体どんな訓練をしたのですか。」「100キロの甲冑を着て坂を駆け上がる訓練です。」

 「100キロ!動けるのですか。」「僕は300キロの甲冑を着て訓練しました。」

 「300キロ!ありえない。」「そうですよね。僕自身、何度か死にかけました。あはは!」

笑い事ではないぞ。本当の化け物たちではないか、私の兵の実力を見せようとしたのに・・・

 アーダルベルトは、ロックや近郊の貴族たちに力を示して自分の地位を守ろうと考えていたが、これでは面目がつぶれてしまう。

 試合ごとにアーダルベルトの兵はより実力のある者が出ていく。それに比べてディートハルトの兵は適当に試合に参加して作戦も何もない。

 それでもアーダルベルトの兵は、1勝もできずに試合が進んで行く。全敗のまま45試合目を迎える。

 出場するのは、バルテル伯爵の剣と言われるレオナルト・ヘルダーである。対してディートハルトの兵は試合中ずっと二日酔いで倒れていた兵がたたき起こされて出てくる。

 兵は顔色が悪く、フラフラしている。レオナルトは言う。

 「調子悪そうに見せて負けた時の理由が欲しいのだな。だが心配はいらない。バルテル伯爵の剣と戦うのだ。負けて当然、心配するな。」「それより、水をくれ。」

 「無礼だぞ。演技を辞めよ。」「もう少し小さな声で話してくれ、頭にガンガン響く。」

 「しれ者が行くぞ。」

レオナルトは裂ぱくの気合を込めて突きを放つ。兵はふら~とかわす。

 「これをかわすか。たいしたのものだ。」「おじさんうるさいよ。」

兵は今すぐにでも休みたかった。そして、静かにしていて欲しかった。レオナルトは侮辱と取る。腹の底から殺意が沸いて来る。

 レオナルトは必殺の三連撃を放つ。上段から切りつけ、次に胴を払うように切り、最後に首を狙って突きを繰り出す。しかし、兵は構えもせずに全てをかわしてしまう。

 レオナルトの剣を持つ手が震えだす。こんな屈辱は初めてである。こちらが本気を出したのに相手は構えることもなく戦意のかけらもない。レオナルトは叫ぶ。

 「きさまが強いことは分かった。情けだ、せめて戦って俺を叩きのめしてくれ!」

兵は、レオナルトの大声に目を回して倒れる。試合はレオナルトの勝ちになるが、納得できるはずがない。

 この後、レオナルトは修行の旅に出ると言い出すが、アーダルベルトが必死に止めることになる。

 ロックがアーダルベルトに言う。

 「バルテル伯爵の剣には負けてしまいましたね。」「まあ、そうなりますが、あの兵は何だったんでしょう。」

 「どうせ、二日酔いか何かでしょう。」「はあ・・・」

試合が終わって、ロックが試合の総評を述べる。

 「今回の試合で、アーダルベルト様の兵たちの剣技の高さが見て取れました。今後は基礎体力を上げて剣技を生かせるようにしてください。」

観衆は戸惑う、ロックは勝った方ではなく、負けた方を評価したのだ。ディートハルトが拍手を始めると観衆も拍手を始める。

 アーダルベルトはロックが何を考えているのかわからない。アーダルベルトはロックに質問する。

 「どうして私の兵たちを評価したのですか。」「僕の軍は化け物ぞろいです。勝って当然なのです。負けましたがアーダルベルト様の兵の剣の腕は見事でした。」

 「ありがとうごさいます。」

アーダルベルトは涙を流す。彼の面目は何とか保たれた。


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