第5話 ファーストキスと添い寝

 ロックの心と体は軽い。隣にアンネリースがいるからだ。今はどうやって手をつなぐかが問題だ。急に手をつないで嫌がられるのはまずい。

 やっぱり、言葉で伝えるべきかー、嫌と言われたらどうしよう。ロックはこれまで女の子と付き合ったことなどない。もちろん、女の子と気軽に会話できるはずがない。

 「リース、あの~手を~」「お前様、どうかしたのか。」

 「何でもないよ。」

やっぱり無理だ~、俺のヘタレ!、どうしたらいい、夫婦なんだから手くらいつなぎたいよー

 その時、アンネリースが右手でロックの左手を握る。えっ。何、何、何、何、何、何、何、何ーーー

 「お前様と手をつなぎたい。良いか。」「うん、うれしいよ。」

アンネリース、ナーーイース。うれしい。うれしいぞ。

 後からアデリナがロックたちを睨んで言う。

 「ロック、見せつけているの。傷心のティアナのキズをえぐるつもり。」「やめて、アデリナ、私はいいの。」

 「でも、好きな人が目の前で他の女と手をつないでいたらいやでしょ。」「お願い、アデリナ、黙って。」

 「ティアナ、手をつなぎたかったらロックの右手が空いている。手をつなぐが良い。」「リースもほっといて。」

ティアナは涙目で訴える。彼女の心はアデリナのせいで崩壊寸前だ。ディートハルトとヨーゼフがため息をつく。ロックは悪いと思うがティアナをフォローすることはできない。

 村まで半日ほどの距離になるとディートハルトが、ロックに言う。

 「リースのことなんだけど、魔族と言うことは隠した方がいいぞ。」「魔王は倒したからいいのではないか。」

 「人は長い間、魔族と敵対してきたんだ。根は深いぞ。」「そーか、リース、申し訳ないが魔族と言うことはしばらく隠しておいてくれない。」

 「お前様が言うのなら我は構わないぞ。」「うん、頼むよ。」

アンネリースはもちろん人間の持つ魔族への憎悪は知っていた。しかし、今ここにいる者たちは魔族への深い憎悪は持っていない。このことは好ましかった。

 村へ到着すると村人は勇者パーティーを歓迎する。村長がロックに尋ねる。

 「勇者様、魔王はどうなりましたか。」「倒しました。そして、僕に嫁が出来ました。」

 「嫁?良い出会いがあったのですね。私の娘を貰ってもらおうと思っていたのですが残念です。」「それは申し訳ありません。こちらが嫁のリースです。」

 「これはまた、お美しい。」「ありがとうございます。リースです。」

 「歓迎します。皆さん今日は泊って行ってください。」「よろしくお願いします。」

ロックたちは、村長の家に泊まることになる。ロックとアンネリースは同じ部屋だ。恋愛経験のないロックはアンネリースと2人きりになって何を話せばよいのかわからない。

 するとアンネリースが艶のある声を出し始める。

 「あ~ん、いや~ん、いいわー」

突然、ドアが開き、アデリナとティアナが入って来る。

 「何をやっているのあんたたち。」

アデリナが目を見開いて言う。ちょっと怖い。ティアナは涙目になっている。アンネリースはしれっと言う。

 「ここの壁、薄いみたいね。」

アデリナとティアナは赤くなる。アンネリースがロックを見ると腰が引けている。アンネリースはロックに言う。

 「お前様、我の喘ぎ声に発情してしまったか。」「突然だったから、色っぽかったよ。」

 「ならばこのまま我とするか。」「あの、アデリナとティアナがいるんですけど。」

 「見せつけてやればよい。」「リース、いくら夫婦だからってやっていいことと悪いことがあるのよ。」

 「夫婦なら当然良かろう。」「え・・・・と、お邪魔しました。ティアナ行くわよ。」

アデリナはティアナを連れて出ていく。アンネリースはベットに横になって言う。

 「お前様もベットに来るが良い。」「アンネリース、僕たちはまだキスしかしていないのだから早いよ。」

 「我らはキスをしていないぞ。」「でも、気を失う前、確かに口づけをしたと思うよ。」

 「アレは我の血を飲ませたのじゃ。」「どうして。」

 「お前様を助けるには体を魔族の体に作り変える必要があったのじゃ。アレはキスとは呼べぬ。」「僕のファーストキスだと思っていたのに・・・」

 「お前様はキスを所望か。」

アンネリースは起き上がり、ロックの頭を両手でがっしり掴むと口づけをする。

 「お前様、どうじゃ。」「うん、ーーーうん」

ロックは涙を流して喜ぶ。できれば雰囲気が欲しかったが、夢までも見たファーストキスである。

 「お前様は面白いのう。キス1つで喜びの涙を流すとは・・・お前様よかったのう。」「ああ、うれしいよ。」

 「ところでお前様、ベットは1つじゃ。一緒に寝るとするか。」「僕は床に寝るよ。」

 「では、我も床に寝るとしよう。」「アンネリースはベットを使って。」

 「我はお前様と一緒が良いのじゃ。」「分かった。ベットに寝るよ。何もしないから大丈夫だから。」「そうか。分かった。」

アンネリースはロックが誘惑に負けて抱きに来ると考えていた。しかし、何も起きない。添い寝をしただけであった。

 それでも、ロックは添い寝をしてしまったと喜び騒いでいる。

 アンネリースは、ロックをこれまで見たこともない変わった男だと思う。そして、彼なら退屈な日々を面白いものに変えるのではないかと期待する。

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