第7話
「え!?スルメちゃん、新十区のカードバトルトーナメントに出場するの!?」
驚きのあまり我が愛しの幼馴染スズは大声をあげた。
ここは学校のグラウンドの日陰。本当は体育の授業中だが、体調不良を理由にスズは欠席しているのだ。
ちなみに私は宗教上の理由で欠席すると言ったら、先生は苦虫を嚙み潰したような表情で許してくれた。私が信奉する深夜アニメ『引きこもります!アマテラスちゃん』の「運動は害」という教義に則って生きているだけなのに、何が不満なのだろうか。そんな顔をしているから婚期逃しのアラサーと揶揄されるのでは?
「うん。カンナさんに泣いて頼み込まれたから。新人戦に出る」
「そうなんだ……すごいや、スルメちゃん」
それほどでもある。えへんと胸を張ってやると、嬉しそうに微笑んだスズが頭を撫でてくれた。うむ、くるしゅうない。もっと撫でたまえ。
それにしても、カードバトルトーナメントとは凄いものなのだろうか?なんとなく雰囲気で図に乗っているけど、トーナメントの位置づけはよくわかっていない。
「新人戦だと取材に来るのは地元のウェブメディアとタブロイド紙くらいかな……。でも、エリア随一のバトルイベントだし、何より上位入賞者はハイパートーキョーが主催するトーナメントに出場できるよ!」
「そっちはもっと大がかりなの?」
「うん。全国放送されるし、国内外から重要人物が観戦しに来るみたい。ネ連の偉い人とかも来るらしいよ」
ネトラ連邦(通称ネ連)は、ネオジャパニスタの近くにある極東の一大国家である。世界最大の多民族国家であるネ連は、現在シェアイズムという共産主義ならぬ共有主義が発展したような思想に基づく強固な独裁体制を確立している。思想が相いれないためか、西方の大国であるフリーダム・ユニオンとクリア・キングダムが中核となる自由主義同盟のFUCK連合とは仲が悪い。そうした背景から、東西の狭間に位置する島国のネオジャパニスタは両陣営に色々と振り回されているらしい。
もともと極東大陸は複数の中小国家による民族紛争が絶えない地域だった。ところが、優れたカードゲーマーであるアニーシャ・ネトラが、とある小国の軍部で台頭すると状況は一変。少女は自国の王族を追放し政権掌握すると、自身の使っていたNTRカテゴリを軍部で広めると、光の速さで周辺国を併合していった。その結果、わずか半年でネ連が誕生したという。
ちなみに、国家元首であるアニーシャ・ネトラ統合委員長は私やスズと同年代だそうだ。いつも思うのだが、ホビアニ世界は小中学生が権力を持ちすぎではなかろうか。エンタメ界のスターや有名科学者ならまだしも、どこぞの大企業の経営トップや国家元首まで未成年なのは、いくらなんでもおかしいと思う。
「そうだ。久しぶりにスズとカードバトルしたい」
「えっ!?わ、私じゃスルメちゃんの相手にならないよ……」
「そんなことない。それに私はスズとカードバトルするのが好き」
「……そう?じゃあ放課後に校舎裏でしよ」
頬を赤らめて囁いてくる幼馴染は最高に可愛かった。
なにはともあれ、カンナさんから押し付けられたカードを試すチャンスだ。
・・・・・・・・・
ホームルームも終わった放課後、私とスズは誰もいない校舎裏で対峙していた。お互いにバトルユニットを構えて、ARビジョンも起動する。すると、ホムラがどこからともなくやってきた。
このアホ女、最初のうちは面白がって一緒に授業を聞いていたくせに、途中から知恵熱で頭痛がするとか言ってどこかへと抜け出していたのだ。
「どこ行ってたの?」
『暇だからその辺うろついてた!』
「そう。そのままいなくなればよかったのに」
『またまたー!マスターってば、行き過ぎたツンデレは良くない誤解を与えちゃうぞ!』
「うざっ」
「スルメちゃん……?さっきから独り言を言ってどうしたの?」
おっといけない。カードバトルの準備が整ったのに、無駄な時間を使ってしまった。軽く謝罪するが、スズは浮かない表情だ。
「この間の夜もスルメちゃん、独り言が酷かったよね?しかも何度もホムラちゃんの名前を呼んで」
「あれはデッキを組んでいた。それだけ」
「ううん。そんなわけない。だって誰かと話しているみたいだったもん。でもスルメちゃんはそうやって浮気女みたいなことを言って誤魔化すんだね」
『マスター!なんかスズちゃんから凄い殺気があふれているんだけど!?』
おかしいな。なぜ私は追い詰められているのか。
というか、お隣さんとはいえ戸建て同士なのに、これほどまでに私の言葉を鮮明にスズは聞き取れるのだろう。たまにスズはやけに私のプライベートに詳しいことがある。もしかして金属探知機などで一度、部屋を捜索した方がいいのかもしれない。
それにしても、アホムラがスズに見えれば言い訳のしようがあるものの、そうでない現状だと中々難しい。正義の味方を名乗っている割に、スズのオーラに怯えて私の背に隠れているあたり、こいつは役には立たなそうだ。仕方ないので、いったん話をそらす。
「カードバトルに御託はいらない。はやく勝負しよう」
「わかったよスルメちゃん!私のターン!ドロー!」
「おい」
まさか愛しの幼馴染にも先行を奪取されるとは。
これからは有無を言わさず、バトル前にジャンケンすべきなのだろうか。割と真剣に悩む私を置いて、スズはカードを展開していく。
「私は手札から【LNG(リーフ・ネイチャー・ガールズ)ダンデライオン・プリンセス】を召喚するね」
スズの言葉とともに、黄色いドレスを着たふわふわロングヘアのお姫様が場に登場した。場にあらわれた少女は右手に持った綿毛のポンポンを振り、山札からカード1枚を呼び寄せた。
「召喚時の効果で、私は山札から【LNGコスモス・ガードナー】を手札に加えるよ。これでターンエンド」
『へっ!AP200の雑魚めっ!草の癖に、一丁前にバトルパワーを宿してるなんて生意気だぞ!』
「バトルパワー?なにそれオカルト?」
『私たちカードの精霊が実体化するために必要な力だよ!』
ホムラ曰く、バトルパワーとはカードに宿るエネルギーらしい。そのカードに対するプレイヤーの信頼や愛が形を変えて蓄積されるのだとか。このエネルギーが、カードの精霊として実体化するための原動力となるらしい。
もちろん、愛や絆のようなポジティブな想いだけでなく、恨みや憎しみなどといったネガティブな感情が原動力となる場合もあるようだ。
なお、カードの精霊として実体化するには、バトルパワーの依り代となるカードソウルが必要になるとか。これはカードからプレイヤーに対する信頼や愛が蓄積されたものらしい。このカードソウルが弱いと、いくらバトルパワーが蓄積されても、カードの精霊として実体化はできないようだ。
『プレイヤーと相棒となるカードが似ていたりするのも、そういう相性の問題があるからなんだよね~』
「ふ~ん」
待てよ。となると私はこいつと似ているということになるのか?「アホだけど優しくて明るい正義の魔法少女」とカードテキストに記されている愚か者と私が?
こいつは九九が6の段から言えなくなるけど、私は7の段までちゃんと覚えている。英語だって、ハローとサンキューしか知らないのがホムラで、私はアイヘイトユーとゴーアウェイも言える。テストの点数も私はクラス平均点より少し低いくらいで、赤点常習犯のアホムラとは違う。
それに見ろ!スズの場の低APアタッカーをアホムラは煽り散らかしている。なんてカスなんだろうか。こんな畜生と私が似ているわけがない!
『あそこの雑草女はカードソウルが足りないみたいだね!プレイヤーを信頼できない二流のゴミカードがっ!私とマスターみたいな相思相愛コンビを見習って猛省しろ!』
「……カードがプレイヤーを信頼できないってどういう状況なの?」
『うーん。そのカードのポテンシャルを発揮できないプレイングをしている、とか?』
「なるほど」
となると心当たりがある。スズの使っているLNGカテゴリは、相手の妨害をする効果が主体となっているテーマだ。ただ、ホビアニ世界ではどうやらその戦法が好ましく思われていないらしい。正々堂々AP勝負するのが王道であり、召喚やスペルを縛る妨害工作は邪道とされている。
LNGカテゴリのカード効果を真面目に使った結果、かつてスズはクラスメイトに虐められていた。まぁ、そんな負け犬どもは私が全員ボコしたけども。そのときのトラウマが今も残っているのだろう。
とにかく、スズはLNGカテゴリを好きだが、その効果を積極的には使いたがらない。そうした背景があって、バトルパワーは沢山蓄積されていても、カードソウルが不十分なのだろう。これでは彼女が愛するカードの精霊が実体化できない。
仕方ない。ここは私が一肌脱いでやろう。
『よーし!私に任せてよマスター!あんなクソガキ、私の炎で跡形もなく燃やしてやるからね!』
「私のターン。山札からカードをドローしてメインシーンに移行。手札からアタッカー【JKガールズ・水麗のシズク】を召喚」
『ちょっと!?マスター!?』
ARビジョン上に才色兼備な青髪ロングの魔法少女があらわれる。シズクは私に対して優しく微笑んでくれたが、隣にいるホムラに対しては中指を突き立てた。渋い表情を浮かべながら地面に向かって唾を吐き捨てている。どうやら2人はマジで犬猿の仲らしい。
『うぅ~!マスターどうして!?どうしてあんな奴を召喚するの!?私が手札にいるのに!』
「さらに私は武装カード【ガールズ・ファイトロッド】を【JKガールズ・水麗のシズク】に装着する」
「え!?AP1600!?」
『ねぇ!?おかしいよ!前からシズクばっかり優遇してない!?ねぇ!』
「黙れ」
『ふぎゃっ!ビンタした!マスターが私をビンタしたぁ!!びええええ!』
ぎゃーぎゃー騒ぐアホムラはさておき、シズクのもとに光り輝く魔法のロッドが登場する。カンナさんがこの前、寄越してきた武装カードで【JKガールズ】しか装着できない。AP800ポイント上昇するとともに、戦闘では破壊されなくなる効果が付与される。耐性効果は正直いらないが、まぁいいだろう。
「ファイトシーンに移行。私は【JKガールズ・水麗のシズク】で【LNGダンデライオン・プリンセス】を攻撃」
私が攻撃を宣言すると、シズクはロッドを振りかぶって沢山の氷柱を飛ばした。高速で飛来する氷柱になすすべなく、【LNGダンデライオン・プリンセス】はバラバラに引き裂かれ、絶叫をあげて消滅する。見る人によってはトラウマになりそうなグロ映像だ。流石は最新技術の詰まったARビジョンだ。
『うわぁ……幼女をズタズタに切り裂くとかサイテー。やっぱシズクみたいな冷徹クソ女には人の心とかないんだねー』
『黙れアホバカクソ女。頭空っぽな猪突猛進の愚か者め。誰がいつもお前の尻拭いをしてるのか言ってみろ』
『はぁ~!?それはこっちのセリフなんですけどぉ~!?AP800風情が偉そうな口聞くなし!』
「うるさいなぁ……」
なぜかホムラとシズクが急に喧嘩をし始めた。お互い睨んで口汚く罵るだけだが、騒々しくてイヤになってしまう。全体除去のスペルがあれば、2人を黙らせられるだろうか。
現実逃避する私を置いて、スズは【LNGダンデライオン・プリンセス】のカード効果を発動した。
「うっ!【LNGダンデライオン・プリンセス】が破壊されたとき、手札から【LNG】アタッカー1体を特別召喚できるよ!きて!【LNGコスモス・ガードナー】!」
スズの掛け声とともに、大きなコスモスの花でできた盾を持った女騎士が登場した。AP1200と中々の性能だが、真価は効果にある。ただ、今のスズはおそらくこのカードの効果を発揮しないだろう。
「【ガールズ・ファイトロッド】の効果発動。相手の場のアタッカーを戦闘で墓地に送ったとき、山札からカードを1枚ドローできる。私はスペル1枚を伏せてターンエンド」
これでスズのELは2600ポイントだ。まだ逆転のチャンスはあるはずなのだが、沈んだような表情を浮かべていて、先ほどまでの戦意が失われているように感じる。
きっと妨害コンボに必要なカードは手札に揃っているのだろう。だけど、それはスズにとってトラウマを想起させてしまうものだ。今回も使いたくないのだろう。
ならば、私はちょっとした餌を撒くことにしよう。これで本気になってくれるといいが。
「そういえば、スズが勝ったときのご褒美を伝えていなかった」
「え?ご褒美って……なに?」
「私がどんな服でも着てあげる。どう?」
「えぇ!?い、いいの!?あんな服やこんな服でも!?」
いや言葉で言われてもわからんけど。とりあえず何でも着るよ?
私の言葉にスズは鼻息を荒くしている。この女、どうにも私にゴスロリ系の服やコスプレ服を着せたい願望があるようだ。普通のファッションがわからなかった昔の私は、よくスズやママの着せ替え人形にさせられていた。
今はTシャツにジーパンという格好をしているし、私は普段からシンプルな服装を好む。オシャレをしてもせいぜいワンピースを着るくらいだ。
ただ、そうしたファッションはスズからのウケが非常に悪い。この前も「これを着てほしい」と言って、オリジナルのゴスロリ系ファッションのドレスを渡してきた。なお、その服は背中にある紐を引っ張ると、ゴテゴテしたドレスがパージし、布面積のとてつもなく小さい際どいミニスカファッションへと変貌した。こういうスケベなギミックをファッションに盛り込むから、私はスズのことを密かに「ムッツリスケベのマセガキ」と呼んでいる。
「絶対に勝たなくちゃ……!何をしてでも、どんな手を使っても……!」
『ねぇマスター。スズちゃんからドス黒いオーラが出ているんだけど、あれ大丈夫?』
「うふふ、待っていてねスルメちゃん……!いーっぱいお着換えしようね……!」
まずいな。早まったか。とりあえず、やる気が出たようなのでヨシ!
さて、スズの本気の妨害デッキの真価がどれほどのものなのか、見せてもらおうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます