第6話
「アタシのターン!ドロー!くっ、今の盤面じゃコイツは出せねぇ……!アタシは【KY・妨害走行のゲン】を召喚するぜ!」
カンナさんはドローしたカードを見ると苦々しい表情を浮かべた。どうやらまだ使うことができないカードを引いたようだ。代わりに、大量のライトで装飾されたバイクに乗るロン毛のヤンキーが、カンナさんの場に登場する。目がチカチカするし何とも目障りなカードだ。
「そして場の【KY・直線走行のテツ】の効果発動だ!こいつを墓地に送ることで、相手の場のアタッカーを破壊する!すまねぇテツ!お前の力を貸してくれ!」
ガバッと勢いよく頭を下げるカンナさん。そんな彼女に対してパンチパーマのヤンキー男は、サムズアップし白歯をこぼす。気にすんな任せろといわんばかりの良い笑顔だ。
『見てよマスター。これがプレイヤーと私たちカードの絆だよ。美しいと思わない?』
「茶番による遅延行為はやめてほしい」
『ちょっと!?なんてこと言うのさっ!カードにも心ってものがあるんだぞっ!?リスペクトすれば良いカードに、虐めれば悪いカードになるんだからねっ!』
お前らは植物か?一々面倒くさいな。そもそもカードの意志とか関係なく効果処理は絶対なのだから、謝罪の必要なんかないだろう。悪いのは、そういう効果を持って誕生してしまったカード自身だ。
なにはともあれ。パンチパーマの男は派手にエンジン音をあげてバイクを急加速させると、狂気に陥り独り言を繰り返していたマナに向かって突進した。
少女の顔面に漢の渾身の一撃が叩き込まれ吹き飛ぶ。回転するタイヤとの摩擦熱で煙を出していたマナの顔は、原形がなくなっており見るも無残な状態だ。
だが、ヤンキー男も無事ではない。勢い余って盛大にバイクは横転。大爆発を起こし、邪悪な魔女とともに塵と化した。爆風でアタッカーが消滅するサマは、なんだか特撮ヒーローが怪人を倒したかのようだった。イカれた魔女の脅威は去ったといわんばかりに。まぁ、ブツブツと言葉を繰り返すマナは気味が悪かったから、破壊してくれて願ったりかなったりではある。
「【JKガールズ・闇夜のマナ】が墓地に送られたことで効果発動。相手の山札の上からカード1枚を墓地に送り、相手ELを500ポイント減らす」
「だが、アタシにはまだELが1100ポイント残っている!」
『ヤンキーのお姉さん頑張れー!このドブカス以下の邪悪ロリを倒してー!』
悪を倒すのが魔法少女の使命なのではなかろうか?だというのに、元ヤンと暴走族に丸投げするなんて、正義の味方の風上にもおけないな。
いや、そもそも当然のように私を邪悪扱いするな。お前のカードでちぎり絵を作ってもいいんだぞ。やいのやいの騒ぐホムラを半目で睨みつけ、ちょっとした圧をかける。
「おい」
『ヒエッ!すみませんでした……』
「……まぁいいや。武装カード【悪魔的美食!絶望ハンバーグ】を装着したアタッカーが墓地に送られたとき、自分の場にゾンビ族のトークン【怨念の残骸】が1体出現する」
『……あれ?ゾンビ族のトークン……え?』
私の場には黒い人型のプラズマのようなものが浮いていた。地縛霊というヤツだろう。そしてどこからか、痛いよ、苦しいよ、と少女の声が聞こえてくる。それは、ヒカリのものであり、マナのものであった。どうやら片割れが食材となり消化されたことで、二人の魂が一つに混ざり合ったようだ。
これで永遠に二人は一緒だね。おめでとう。礼はいらないよ。
「ちっ……AP1000のトークンを突破する手段はないな。アタシはこれでターンエンド」
『……ねぇマスター。まさかだけど、アイツを出したりしないよね……?ね?』
「私のターン。山札からカードをドローしてメインシーンに移行」
『ちょっと!?聞いてる!?ねぇ!?私の言葉を無視しないでよっ!!』
騒がしいメンヘラ女は無視してドローしたカードを一瞥する。
ふふふ。盤面を整えた丁度いいタイミングで手札にやってくるとは。流石は我がエースだ。
残念ながら今回は相棒を捧げられないが、代わりに二人分の魔法少女の魂をくれてやろう。
「私は場のトークン【怨念の残骸】を生贄に捧げて、アタッカー【アンデッド・パニッシャー】を生贄召喚する。あらわれろ!屍を貪る暴虐の処刑蟲【アンデッド・パニッシャー】!」
『ほあっ?ほああああっ!?ほああああっ!!ほああああああっ!!』
うるせぇ!お前の相方だろうが!今さら騒ぐな!
ARビジョン上に【アンデッド・パニッシャー】があらわれるとともに、喚き出したホムラは頭を掻きむしった。虚ろな目は激しい動揺を表すように揺れており、だらしなく開いた口元からは涎が出ている。地面に蹲ってガタガタと肩を震わせている姿からは、圧倒的な強者に対する怯えだけでなく、何かが変わろうとしている自分自身への恐怖心も見て取れた。
ホムラを生贄にするにはゾンビ族にする必要があるから、あの手この手で属性を変えてきた。そのせいか【アンデッド・パニッシャー】を前にすると、自分という存在が何なのかわからなくなり、アイデンティティ・クライシスに陥っているのだろう。
両手では数え切れないほどに、ホムラを【アンデッド・パニッシャー】に生贄として喰わせてきたから、だいぶトラウマになっているようだ。こんな軟弱な心持ちで正義の魔法少女を気取っているのだから滑稽だ。もう少し心身を鍛えてほしい。ニチアサのヒロインは鬱にならないんだぞ。
「クソ!AP3000のトップグレードアタッカーか!」
「ファイトシーンに移行。【アンデッド・パニッシャー】で攻撃。怨念のホロウ・バースト」
「だが【KY・妨害走行のゲン】との戦闘では、私のELへのダメージが発生しない!」
『あっ……あぅ……あぁっ……あうあうあーっ……』
心神喪失状態のアホは置いておいて、【アンデッド・パニッシャー】がモヒカンのヤンキー男を圧し潰した。ただ直前に色とりどりのライトでかく乱されたせいか、カンナさんにダメージを通すことはできなかったようだ。
相手を妨害するカウンタースペル1枚を場に伏せているから、そうそう逆転されることはないと思いたいが、どうだろうか。
「致し方ない。私はターンエンド」
『あばーっ……あうあーっ……えあー……』
「アタシのターン!ドロー!よしきた!これでアイツを召喚できるぜ!」
理性を失い実質ゾンビ化したホムラはさておき、カードをドローしたカンナさんはガッツポーズをとった。もしや、このターンに強力なカードを使うつもりか?
「アタシはスペル【極東連合総会】を発動!山札からAP800以下の【KY】と名の付くアタッカー2体を自分の場に特別召喚だぜ!来やがれ!【KY・妨害走行のゲン】と【KY・後輪走行のウィル】だ!」
スペル発動とともに、場にロン毛とリーゼントのヤンキー男がそれぞれバイクに乗って登場した。アタッカー2体を揃えたということは、おそらくトップグレードアタッカーを生贄召喚するのだろう。カンナさんのエース登場に私は身構える。
「ゲン!ウィル!悪いがアタシに力を貸してくれ!コイツらを生贄に捧げる!極東連合特攻隊長!【KY・覇道走行のビル】!夜露死苦!」
カンナさんの宣言を受けて、2人のヤンキーはバイクを降りると背筋を伸ばして起立する。そして深々と礼をすると光となり消えた。それと同時に、これまで以上の爆音をあげて巨大なトライクに乗った巨漢があらわれた。筋肉隆々のスキンヘッド男のトライクは、棘や髑髏で装飾されており、車体のマフラーからは炎が噴き出している。
「AP2000のトップグレードアタッカー……?もしかして強力な効果があるの?」
「ったりめーよ!コイツは召喚時に自分のELを500ポイント減らすことで、墓地の【KY】と名の付くAP800以下のアタッカーを3体まで蘇生できる!戻ってこい!【KY・後輪走行のウィル】に、【KY・直線走行のテツ】!そして【KY・妨害走行のゲン】だ!」
スキンヘッドのヤンキー男が右手をかかげ振り下ろすと、場にヤンキーたちが勢ぞろいした。暴走族集結といった具合だが、鳴り響くエンジン音と場を照らす数々のライトが何とも鬱陶しい。
「そして!【KY・覇道走行のビル】は場の【KY】と名の付くアタッカー1体につき、APが500ポイントアップする!」
「バカな……つまりはAP4000!?」
「いくぜ!【KY・覇道走行のビル】で【アンデッド・パニッシャー】を攻撃!ダチの想いを背負って突っ走れ!極東連合魂!突撃ナックルだ!」
巨体に似合わず高速で迫るヤンキー男の攻撃になすすべなく、数多の怨念と屍で構成された芋虫は爆発。ARビジョン上では肉片が飛び散り、おどろおどろしい呪いの声が響き渡る。
「くっ……まさか【アンデッド・パニッシャー】が突破されるとは……」
『いよっしゃああああ!!キモイ虫、爆殺!!ありがとうヤンキーのお姉さん!ありがとう筋肉モリモリマッチョマンのおじさん!二度とその汚ぇツラ見せんなよ害虫が!ゲボ!カス!ゴミ!タンカス以下の虫けらがっ!逝ねっ!逝ねっ!逝ねぇぇえええっ!』
「ホムラ。怒るよ?」
『ごめんなさい調子に乗りすぎました許してくださいご主人様クツ舐めましょうか舐めますねワンワン』
「触んな」
『キャイン!』
前触れもなく発狂したのでちょっと本気で圧をかけたら、急に卑屈になって私の靴を舐めだした。とにかく気味が悪いので蹴飛ばしておく。蹴られたホムラは情けない犬みたいな鳴き声をあげながら蹲っている。でもちょっと嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
それにしても、やけに怒りと憎しみのこもった雄たけびだった。般若の形相で場に残った【アンデッド・パニッシャー】の残骸を踏みつぶしていたホムラからは、魔法少女というか乙女として必要な何かが欠けているように感じた。ヒステリーを起こすチンパンジーとかにカード名を変更すべきではないだろうか。
さて、このままでは暴走族の集団にボコボコにされてしまう。とにかくこのターンをしのがなければならない。
「私の場のアタッカーが戦闘で破壊されたとき、カウンタースペル【戦闘中断】を発動!相手のファイトシーンを終了させる!」
「だが【アンデッド・パニッシャー】は場から墓地に送られたとき、コントローラーのELを1000ポイント減らす!これでお前のELはたった100ポイントしかないぜ!さぁ!これがお前のラストターンだスルメ!」
『そうだった!くそぅ、あの鼻クソ目ヤニ以下の蛆虫!大して役に立たなかったくせに死後もマスターに迷惑かけるなんて!墓地に行ってもしっかりと仕事をこなす超有能かつプリチーな相棒こと私を見習ってほしいよ、まったく!』
「私のターン。ドローしてメインシーンに移行」
アンタは墓地に行かないと役に立たないでしょうが。
しかし状況は芳しくない。相手の場にはAP4000のアタッカー。仮に一番APが低い【KY・直線走行のテツ】を狙うにしても、AP1400だ。カンナさんのELが600ポイントある以上、勝負を決めるにはAP2000以上のアタッカーを出さないといけない。
ただ天は私に味方したようだ。今引いたのは私のニュー・エース。APは【アンデッド・パニッシャー】に及ばないが、【JKガールズ】とマッチした強力な効果を持つ。まずは場を整えて、お披露目といこうじゃないか。
「私は手札からアタッカー【JKガールズ・三位一体のマオ】を召喚。そして、このカードが場に存在するときアタッカー【JKガールズ・三位一体のミナ】を特別召喚できる」
『さっき引いた私の後輩ちゃんじゃないか!うおーがんばえー!』
のんびり屋の少女がふわりと場に降り立つ。ピンク色ボブヘアで若干ふくよかな魔法少女は、ぼんやりと宙を眺めており、おっとりとした印象を与える。おそらく同年代くらいだと思われるが、暴走族の集団を前にしていながら、随分とマイペースなヤツだ。
そんなマオのもとに駆け付けたのが、金髪ツインテールの勝気な少女だ。いわゆるツンデレ娘で、あーだこーだ騒ぎつつも世話を焼いている。ただ、時たま頬を染めて満更でもない表情を浮かべており、明らかにマオに対して好意を抱いていることがわかる。
なにせ2人は昔からの親友だ。気の強さから少し孤立気味だったミナの傍にいて、彼女を支えたのがマオだった。ぼんやりした少女のマオだが親友を大切に思っているし、ミナは自分の救いとなったマオを愛していた。そんな完璧な美少女カップルに見える2人だが、まだピースは足りない。
「さらに手札からスペル【ガールズ・アッセンブル】を発動。【JKガールズ】と名の付くアタッカーを山札から手札に加える」
『おぉっ!ついに!ついに私の出番がっ……!』
「私はアタッカー【JKガールズ・三位一体のムイ】を手札に加えるわ」
『ズコーっ!!』
「三位一体だと?ということは……」
「そう。【JKガールズ・三位一体のムイ】は、場に【JKガールズ・三位一体のミナ】が存在するとき、手札から特別召喚できる」
マオの髪やドレスを整えるミナに、無表情系のロリっ娘が勢いよく抱き着いた。そのせいでミナはバランスを崩し、3人娘は場に倒れ込んだ。主犯である藍色ショートヘア美少女のムイは、怒ったミナに頬を引っ張られている。涙目になり抗議するムイと、ぷんすか怒るミナ。そんな2人を眺めるマオは幸せそうに微笑んでいる。
転校したばかりで感情表現の乏しさからクラスに馴染めないムイだったが、それを救ったのがミナだ。表面上はツンツンしているけども、実際は他人を気遣ってくれる世話焼きなミナは、不慣れな転校生をリードして仲間外れにならないように振る舞ってくれた。そんなミナに、ムイは並々ならぬ好意を抱いており、だからこそ積極的なウザ絡みをしてしまうのである。
なお、マオはムイのことが恋愛感情的な意味で気になっているらしい。何なんだこの三角関係な百合少女たちは。ニチアサでやる題材なのか?どちらかというと昼ドラとかだろ。
コイツらは大した効果を持たないけど展開力がある。そして3人の魔法少女が揃ったことで、私の勝利は決まった。
「だが、お前の場のアタッカーはいずれもAP300だ。アタシのダチを突破できないぜ」
「それはどうかな?私の場に3体のアタッカーが存在するとき、手札からトップグレードアタッカー【冥府の暴走機関車ポイズンスカル】を特別召喚できる」
「なんだって!?」
『さっきパックで引いたキモイ奴!』
「汽笛一声生き地獄。呪怨の汽車が死を散らす。あらわれよ!【冥府の暴走機関車ポイズンスカル】!」
私の言葉に応えるかのように、どこからともなく列車の号笛が轟く。車輪が駆動する音ともに迫りくる禍々しい気配を察知したムイは、ミナとマオの手を引き、その場から逃れようとした。だが、マイペースが過ぎるマオは座り込んでしまっており、残念ながら非力なロリっ娘では動かすことができなかった。一方で、ムイを信頼しているミナは、キョトンとしながらも手を引かれるがまま立ち上がった。
刹那、豪風がミナの背後で吹き、自慢のツインテールが揺れる。それはただの風ではなかった。何か巨大な鉄の塊が豪速で通過しているかのような圧を感じる。轟音の中、ぐしゃりと何かが潰れる音が聞こえた。
嫌な予感を抱きながらも少女は後ろを向く。先ほどまで大好きな親友が座っていた場所を、物々しい超大型の蒸気機関車が走り抜けていた。ミナの瞳は輝きを失い、その表情は絶望に染まる。
先頭に大きな髑髏をこしらえ、悪霊と瘴気をまとった冥府の汽車が通り過ぎると、ミナはふらふらとマオのいた場所へと歩を進める。血だまりに肉片と骨の残骸が散らばっている。
錯乱したミナは声を放って泣いた。現実を否定するかのごとく首を振り、大粒の涙をこぼしながら言葉にならない声をあげる姿は、実に痛ましい。そんなミナに抱き着いたムイは必死になって宥めようとする。その表情からはマオを救えなかった罪悪感と、ほんの僅かながら喜びが感じられる。
おかしいな。どうしてこうなった。
「おま……お前ぇ!なんつーことをしやがるんだおいっ!?それでも人間か!?」
『新人たちよ、その身に刻むがいい。これが君たちの仕える外道マスターのやり方だ』
「うるさいな。効果はまだ発動していない」
「効果だぁ!?AP2400のトップグレードアタッカーなのにまだ何かあるってのか!?」
「その通り。【冥府の暴走機関車ポイズンスカル】は特別召喚に成功したとき、このカードを除くお互いの場のアタッカーをすべて墓地に送る」
「はぁ!?インチキ効果も大概にしろ!!」
「地獄の毒煙で魂を溶解させろ!トクシック・ペイン!」
私の宣言とともに、場を縦横無尽に駆け巡っていたポイズンスカルから、毒々しくおぞましい煙が噴き出した。瞬く間にカンナさんと私の場に毒煙が充満する。そして徐々にアタッカーたちが真夏のアイスクリームのように溶け出した。
暴走族の男たちは雄たけびをあげて消滅。またミナとムイも苦悶の表情を浮かべて断末魔をあげている。力を失いその場に蹲るムイの皮膚と肉は溶け、所々骨があらわになっている。同じように無残な姿のミナだが、最後の力を振り絞って、マオの残骸の元へと這いずっていく。そして愛する親友の肉片を抱きしめると、そのまま動かなくなった。
これぞ阿鼻叫喚。冥府の汽車がまき散らした猛毒が、すべてのアタッカーを溶かし絶命させたのである。
「私は【JKガールズ・三位一体のマオ】【JKガールズ・三位一体のミナ】【JKガールズ・三位一体のムイ】の効果を発動。3体とも、自分の場から墓地に送られたとき、相手ELを300ポイント減らす効果を持つ」
「ああ……そうか。アタシの負けだな……うん」
カンナさんはなんとも言えない表情を浮かべて立ち尽くしている。EL減少を受けて突風が迫るものの、大した衝撃もなく平然と棒立ちしている。
『ねぇねぇマスター。見てごらんよ。ヤンキーのお姉さん、心底ドン引きしてるよ?』
「なんで?負けたから?」
『違うよ!仲良し3人組を引き裂いて滅茶苦茶グロテスクに殺したからに決まってるじゃん!』
「所詮カードなのに?」
『だからカード差別はやめろっつってんだろ!?古代マヤ文明レベルの人権意識しかないのか!?』
知らんわ。
怒り心頭のホムラを無視してカンナさんの方を見る。
「あー……どうすっかなー。邪悪だけど強いし……まぁいいか?いやでも……」
「どうしたのカンナさん」
ブツブツと独り言を言って悩むカンナさんだったが、よし!と自分の頬を叩き気合を入れると、私の肩をつかんできた。流石は元ヤンだ、普通に痛い。
「悪いスルメ!来週の新十区カードバトルトーナメント新人戦に出てくれ!」
「……は?」
「この通りだ!頼む!アタシに出来ることなら何だってやる!このままじゃ店が潰されちまう!」
『なになに?そんなに経営厳しかったの?』
そんなわけあるか。
カードバトルが当たり前の世界において、カードショップはある種の規制産業だ。タバコ店のように新規で出店するには細かい規制があり、エリアごとに上限となる店舗数も定められている。新十区の場合はたしか8店舗までだ。
確実に大きな需要が見込める一方で、カードショップが無尽蔵に増えないのは、そうした規制によるところが大きい。定期的な行政チェックもあるほか、警察権力と適切な距離感を保ちつつ、地域社会にも貢献しないといけないらしい。
世襲とはいえ、カンナさんが「カードショップ不夜城RED」を今なお経営できているのは、ヤンキー時代に自警団のようなことをやっていて、警察や地域の人たちから何だかんだで信頼されていることが大きい。それに意外とホストやコンカフェ店員とかが使ってるしね。それなりに儲かってはいるだろう。
「この前、新十区の役所で働いているダチに言われたんだよ。トーナメント出場者をとっとと決めろってな」
「それってカンナさんの仕事なの?」
「自治体主催のイベントだからキチンと協力しないとな。各カードショップから1人だけ有望なヤツを出場させないとダメらしい。まー確かに雑魚同士で戦ってもさほど盛り上がらねぇわな」
めんどくさ。
「……他の人でいいじゃん。なんで私なの?」
「お前しかアタシに勝てねぇからだよ。あのアマ、カンナちゃんより強くないとダメだからね、とかぬかしやがって!おかげで出場登録できなくてウチの営業許可が取り消されちまう!」
「断固拒否」
「そう言うなって!ほら!入賞すれば超レアカードが貰えるからさ!な!?」
『あ……あぁぁぁああ!!?』
カンナさんが突き付けてきたチラシには、詳細な日時とともに、上位に入賞したら貰えるカードが大々的に取り上げられていた。たしかに、このドラゴンのカードとか強そうだし高く売れそうだ。
ていうか、うるさいな。チラシを見て急に叫び出したホムラの方を見て、小声で話しかける。
「なに?」
『これ!このカード見て!ほら入賞者特典のこれ!』
「【JKガールズ・深緑のリリカ】?なに、知り合い?」
『私の親友だよ!!病弱だけどすっごく素敵で頭も良い子なんだ!』
たしかに深窓の令嬢という感じの美少女で、アホアホなホムラと比べても知的な印象を受ける。
『お願いマスター!トーナメントに出場して!』
「やだ」
『なんでもやるから!クツも舐めるね!ほら!ぺろぺろぺろぺろ』
「キモイ」
『キャン!お願いお願いお願い!ねぇマスター……ダメ?』
「うっ……」
捨てられたチワワみたいなうるうるとした目で見上げてきた。私の足にすがりついてきて、どことなく不安かつ悲し気な表情を浮かべている。
私は大きくため息を吐くとカンナさんを見た。
「わかった。出場する」
「いよっし!サンキューなスルメ!」
『ありがとうマスター!大好き愛してる!感謝のキスしてあげる!んっまんっま』
「気色悪い」
『ふぎゃっ!』
カンナさんはそそくさと店に出場登録しに戻っていった。
あと、気持ち悪いキスをしてきたホムラの腹部には蹴りを入れておく。
なにはともあれ。私はトーナメントに出場することが決まった。
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