第4話


 パパとママにおやすみのキスをして、ベッドに入り一日を終えた私だったが、少女のすすり泣く声で目を覚ました。深夜だというのに一体何事だ。


『しくしく。しくしく。しくしく』


 声がする方に目を向けると、ベッド脇で幽霊のようなポーズで突っ立っている人影がいた。

 2~3年前ならば、寂しさのあまり家を抜け出して私のもとにやってきたスズだっただろう。だが、最近は自重するようになったのか、流石のスズでもアポなしで突撃してくることはなくなった。つまり、少なくともこいつは愛しの幼馴染ではないということだ。


『恨めしい。恨めしいよ~。ウラメシア~』

「黙れ」

『ふごぉっ!?』


 渾身の腹パンを食らわせてやった謎の存在は、くの字型に身体を曲げてのたうち回っている。すわ泥棒か、と護身用の木製バットを手にして、警戒しながら照明をつけた。

 すると、床には何やら見慣れた金髪ポニーテール美少女がいるではないか。


『せっかく満を持して登場したのに!いきなり暴力だなんて人としてどうなのっ!?この邪悪ロリ!』

「……ホムラ?」

『その通り!宇宙一の最強プリチー魔法少女であり、貴女の相棒こと【JKガールズ・炎激のホムラ】だよっ☆』

「VRビジョンは起動していないけど」

『ふふーん!マスターがよく使うキモイ虫と違ってトクベツな私は、意思と力を持っているから実体化できるんだ!どう?すごいでしょ!』

「ただただ邪魔」

『はぁ~!?こーんな可愛くて楽しくて素敵な魔法少女が目の前にいるのに!出てくる感想が邪魔ってなんなのさっ!?もっと私に感謝して愛して崇めて称えなさいよっ!』


 うわぁ……ウザ。こんな面倒なキャラなのか。

 カードゲーム世界にありがちなのが、カードの精霊という存在だ。登場人物が使う強力なカードのキャラクターたちが意思を持った精霊として実体化し、プレイヤーと信頼関係を構築しながらともにピンチを乗り越える。視聴者であるキッズたちがカードに親近感を持てるように工夫されたことで、生まれた存在とも言えるかもしれない。

 目の前にあらわれたアホ曰く、カードの精霊が暮らす次元と私たち人類が暮らす次元がこの世界にもあるようだ。人類とカードの精霊はカードバトルを通じて共生してきたようだが、BITCHカードには未だ解明されていないオカルトや伝説も多い。人類は当然のことながら、カードの精霊自身もこの世界のあり方について知っていることは少ない。

 ただ一つ確実に言えることは、カードの精霊が人類の次元で実体化するのは並大抵のことではないということだ。それでもホムラがあらわれたのは、何が何でも私に伝えたいことがある、という強い意志によるものだという。私を睨みつけるとホムラは眉を吊り上げた。


『今回!私はマスターに抗議しに来ました!もう我慢の限界です!私たちは働き方改革を所望します!』

「弊社では労働基準法を採用していません。またカードに人権はありません。では、あちらからお帰りください」

『労働者搾取はんたーい!カード差別はんたーい!カードにも人権を認めろー!自由権と幸福追求権と日照権を寄越せー!ゾンビ族とデッキを共有しているせいでこっちは薄暗くてジメジメしてるんだぞー!』

「うるさいなぁ……」


 いつの間にかヘルメットを被ったホムラは、色とりどりのプラカードを持っている。プラカードには「パワハラをやめろ!」「カードだって生きている!」みたいなことが書かれていた。

 カードのくせに一丁前に労使交渉とは。図に乗るなよ。あと日照権ってなんだ。基本的人権がそれでいいのか。

 そんなことをぼんやりと考えていると、ホムラは唾が飛んできそうな距離にまで顔を近づけてきた。


『だいたい!カードバトル中のマスターは怖いっ!普段は無表情なくせに、私たちを酷い目に遭わせるときだけ薄ら笑い浮かべるのやめてよね!邪悪過ぎてこちとらドン引きだよ!』

「は?笑ってないが?」

『笑ってるのっ!!無自覚か!?バトル中に鏡を見ろこの外道サイコロリ!』


 見るわけないだろ。

 ていうかカードバトル中に笑ってるの私?そうなると折角の無表情系クールキャラががが。解釈違い、キャラ崩壊も甚だしい。

 人知れずショックを受けているとホムラは勢いづく。


『似たようなスペルはいくらでもあるのにグロテスクなモノを選ぶ必要なんてどこにもないでしょ!?』

「やむを得ず採用している。勝利のための致し方ない犠牲」

『嘘だ!どうせ私たちが残酷に墓地に送られるのを見るのが楽しいんでしょ!?この前、デッキを組むときも喜々として【道連れスーサイド・ロープ】を入れてたじゃん!』

「ソンナコトナイヨ」

『おいこら目を見て話せよおい』


 いつも無様で滑稽だなあ、とは思っているけど。

 残酷なカードだからというだけで喜々として採用はしていない。

 あくまで相手アタッカーを処理するのに、スペル【道連れスーサイド・ロープ】が相応しかっただけだ。そう、普段からクールな私は冷静沈着なカード選びを心がけている。風評被害はやめてほしい。


『私たちみたいに意思があるカードを蔑ろにすると大変なことになるよ!?憎しみや怨念がこもったせいで変質したカードだってあるんだからっ!』

「ふーん」

『薄気味悪いゾンビばっかり使ってぇ!私たちをちゃんとアタッカーとして使ってよぉ!カードの恨みは怖いんだぞ~!』

「低APのくせに何様?雑魚は引っ込んでろ」

『キーッ!酷いっ酷いっ酷いっ!!』


 フィニッシャーがカテゴリ外の【アンデッド・パニッシャー】な時点で察してほしい。貴女たちは攻撃に使えない雑魚カードだって。

 よよよと芝居がかった泣き真似をするホムラはどこからか出したハンカチを咥えている。


『うぅ……こんなことならマスターを選ばなければよかった!キラキラしって暖かくて素敵な魂だなーって思ったからマスターのもとに降り立ったのにっ!こんな畜生サイコパスだったなんてっ!』

「私は虫をおびきよせる夜の街灯か。だいたい、嫌なら他のプレイヤーのもとに行けばいい」

『行けないもん!私たちのカードは、私たちが認めたプレイヤーしか扱えないの!途中で変えられないんだからねっ!死がふたりを分かつまで一緒なんだから!?』


 なにそれこわい。

 ここがホビアニ世界だからか「特定の登場人物しか使わない(使えない)カテゴリ」というものがある。

 ある政治家のWSSカテゴリも、彼女が国会カードバトルで使うまでは誰も知らないテーマだったはずだ。インターネット上のデータベースやwikiに登録されておらず、政権交代当初は「美人過ぎる選挙対策委員のWSSカテゴリとは!?」「女政治家が使うWSSの強さと魅力」などといったネットニュースが量産された。

 かく言う私も、物心ついたときには「JKガールズ」のカードを触っていた気がする。最初はパパ・ママがくれたのかと思っていたけど、どうやら違うらしい。ママは「お父さんが会社でもらったのかしら~?」、パパは「お母さんのコレクションから拝借したのかな?」と言っていた。


「呪われたカード……」

『違うわい!』

「破り捨てれば解呪できるかな……」

『やめろー!カード虐待するなー!ていうか、たとえ火の中水の中に投げ捨てても私たちは消滅しないよ!なんてったって私は最強の魔法少女だからねっ☆必ずマスターの手元に戻ってくるんだからっ!』


 やっぱり呪いのカードじゃん。

 というかAP1000で最強の魔法少女とは。なんか悲しくなってくる。


『もっと私の仲間をデッキに増やしてよ!ゾンビ族なんて全部抜いてさ!そしたらもっとマスターの役に立てるよ?』

「JKガールズのカード、そんなに持ってない」

『なら買いに行こっ!私と一緒ならいーっぱい素敵なカードが手に入るはずだから!私をカードショップにつれていって!』

「やだ。1人でスキーにでも行ってろ」


 この後、ギャン泣きされて仕方なくカードショップに行くことが決まった。


・・・・・・・・・


 深夜でもネオンが輝く眠らない町、傾奇町。それはハイパートーキョー新十区の中心にある繁華街だ。

 飲食店やクラブ、コンカフェがひしめき合うビル街を抜けていくと、年季の入った汚い雑居ビルと「カードショップ不夜城RED」と書かれた看板が見えてきた。親子代々、BITCHカードを扱っている創業50年以上の老舗カードショップらしい。

 店内に入ると中には、ショーケースや商品棚が所狭しと並んでいる。意外と広い店舗なのだが肝心の客は1人もおらず、店員カウンターには肘をついて暇そうに座っているお姉さんがいた。いわゆるスケバン風の格好をしていて、お世辞にもガラが良いとは言えない。


「おー。久しぶりじゃねぇか。元気にしてたかー?」

「あ、元ヤンのお姉さん」

「だからヤンキーじゃねぇっつってんだろォ!あぁん!?ぶっ飛ばすぞクソガキィ!」


 こわ。

 小学生相手に本気のメンチを切ってくる齢25の女傑、それが店主の爆走寺カンナだ。

 噂によると数年前までは暴力とカードバトルで新十区のヤンキーたちを支配していたとか。スタイル抜群の美女なのだが基本的に目つきが悪く、その眼光は鋭い。深紅の長髪が燃え盛る炎のように見えることから「傾奇町の炎帝」と呼ばれていたらしい。いずれも「パクパクサイ」というネット掲示板で知った話だ。


「つか今日は1人なんだな。いつも陰気な黒髪のガキと一緒で来るのに珍しいな」

「1人?カンナさんにこのアホは見えないの?」

「あ?おいおいスピリチュアルとか勘弁してくれよ。何もいねぇだろうがよ」


 いるよ。カンナさんの後ろに。アホ面でダブルピースして煽っている魔法少女が。

 どうやら全員がホムラを認識できるわけではないようだ。カードの精霊あるあるだけれども、今後は気を付けないといけなさそうだ。


『ねぇねぇマスター。なんでこの辺のカードはガラス張りの棚に並んでるの?』

「それはレアカード。1枚10万円とか平気でする超高額カードが並んでいる」

『はぁ~?この黒いトカゲが高額なレアカード~?私ならワンパンだけどね~?』

「トップグレードアタッカー【ブラック・サタン・リザード】ね。破壊耐性がある上にAPは貴女の倍以上あるけど?」

『ふ、ふーん?まぁ、今日はこれくらいにしといたるわ』


 イキる雑魚を放置して、先ほど買ったカードパックをいくつか開封する。

 パラパラとカードをめくっていくと汎用カードを中心に、JKガールズ関連のカードが出てきた。


『見て見て!武装カード【ガールズ・ファイトミラー】だよ!これを使って私たちは魔法少女に変身して悪い敵をやっつけるんだ!』

「イラネ」

『それを捨てるなんてとんでもない!おい!お前を退治するぞ!?』


 AP300ポイント上昇はともかく、戦闘での破壊耐性を付与するとか使えないゴミカードじゃないか。貴女たちは墓地に行ってこそ価値があるというのに。しぶとく場に留まられても目障りなだけだ。

 というかJKガールズ関連のカードが多くないか?ホムラはきゃあきゃあ喜んでいるが、気になるのが圧倒的AP不足。【ブラック・サタン・リザード】はおろか、これじゃあ【電撃デスウナギ】すら突破できそうにない。


『うげっ!なにその気持ち悪いアタッカー?またゾンビ族じゃん』

「これは……いいね」

『えー!やめてよー!ゾンビ族なんかやめて私たちの仲間をもっと使ってよー!』

「ダメ。これは絶対に入れる」


 中々のレアカードを手に入れられて満足だ。

 さっそく店内のスペースを借りてデッキを組みなおす。まぁまぁ使えるJKガールズの新カードをいくつか選びつつ、さっき引いた強力なアタッカーを入れる。ホムラのおかげかはわからないが、新しくカードを入れ替えたことで結構デッキも良くなったのではないか。


「おう、新しいカードで良いデッキ作れたか?ならアタシとカードバトルしようぜ!」

「暇なの?お店、閑古鳥が鳴いているもんね」

「うっせ。アタシはアンタらみたいな常連のダチ相手に商売してれば満足なのさ。で?どうすんだよ?」

「しよ。カードバトル。大歓迎」

「よしきた!アタシのKY(極東ヤンキース)デッキが火を噴くぜ!」


 やっぱりヤンキーじゃないか。

 声を大にして言いたかったけど、人を殺さんばかりの眼光で睨まれたので静かにしておいた。

 何はともあれ、新デッキでカードバトルだ!

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