第3話


「俺のターン!カードをドローするぜ!」


 姉崎は大袈裟な構えをとり、大声をあげて山札からカードをドローした。どうやら良いカードを引いたらしく、ニヤリと笑みを浮かべた。


「俺の場にはアタッカーがいないから、スペル【ギルドマスターの緊急依頼】を発動できるぜ!お前の場にはハイグレードアタッカーがいるからな!俺はELを500ポイント減らして、カードを2枚ドローする!」


 これで姉崎の手札は5枚。スペル次第では最上位のトップグレードアタッカーも出せそうだけど、どうだろうか。


「そして俺は場に伏せたスペル【送還儀式】を発動!お前の場の【電撃デスウナギ】を手札に戻すぜ!」

「なるほど。さっきのターンに発動できなかったスペルね」

「そうだぜ!さらに俺はアタッカー【重騎士レオナルド】を召喚!そして武装カード【アイアンシールド】を装着する!これでAPは300ポイントアップ!こいつでスルメに直接攻撃するぜ!」


 私のELが2500にまで減った。

 それにしても、またロクでもない武装カードだ。


「さっきからゴミカードばかり」

「ゴミカードなんて言うな!どんなカードにだって絶対に使い道はある!」

「AP300ポイント上昇しか効果のない武装カードをゴミと言って何が悪い」

「こいつには俺らプレイヤーの想いや魂がこもっているんだ!それを否定するなんて許せねぇ!」


 すべてのカードに価値があるなんて随分とナイーブな考え方をする。

 カードには似たような効果を持つものが存在し、そこには上位互換・下位互換という序列がある。現に【アイアンシールド】は【スーパーソード】よりもAP上昇幅が小さい下位互換カードじゃないか。より弱いカードを敢えて使うことにタクティカルアドバンテージはない。


「所詮カードはカード。使い道のなさをセンチメンタルな言葉で誤魔化すのは非合理的」

「ふざけんな!大好きなカードを使って、熱い想いをぶつけあうのがカードバトルってもんだろうが!」

「違う。強いカードを正しく使うのがカードバトル。すべては勝つために」

「くそっ!俺は手札からスペルを1枚伏せてターンエンドだ!」

「現実を見せてあげる。ゴミカードは何をしようがゴミ。私のターン。山札からカードをドロー」


 きた。私のフィニッシャー【アンデッド・パニッシャー】だ。


「メインシーンに移行。相手の場にのみアタッカーが存在するとき、私は手札からアタッカー【JKガールズ・炎激のホムラ】を特別召喚できる。【JKガールズ・炎激のホムラ】を特別召喚」

「スルメちゃんの相棒だっ!」


 相棒……こいつが?

 ちらりと目を向けると、VRビジョンのホムラが満面の笑みでピースサインをしてきた。ニカっと笑う姿は何だか小型犬のようで随分と人懐っこい。

 確かにそうかもしれない。こいつは使える相棒だ。

 だからここで私のために死んでね。


「私は手札の【電撃のデスウナギ】を墓地に送り、スペル【魔女狩りホロウフレイム】を発動」


 私の宣言にホムラの表情が固まる。あふれんばかりの笑顔が徐々に青ざめて表情も引き攣っていく。絶望した少女は鯉のように口をパクパクさせていた。

 流石、相棒。私が何をしたいのか察したようだ。


「場のアタッカー【JKガールズ・炎激のホムラ】を墓地に送る」


 刹那、私の場に鉄製の十字架があらわれた。そして血まみれの鎖がけたたましい金属音をたててホムラへと迫っていく。

 たすけてええええ、と泣きわめくホムラはVRビジョン上を飛び回りながら、迫りくる無数の鎖から逃れようともがいている。また遅延行為ですか?いい加減にしろ。大人しく死ね相棒。

 1分ほど醜く足掻いていたホムラだったが、ついに鎖が彼女の足を捕らえる。ふげぇ、と無様に地面に叩きつけられた魔法少女は、瞬時に四肢を拘束されると場の十字架に磔にされた。同時に処刑場の周りには怒れる群衆が出現しホムラをとり囲んだ。

 本来、正義の味方であるはずの魔法少女は十字架を背負わされ、人間の憎悪にさらされていた。中世ヨーロッパで行われた魔女裁判のように、VRビジョンの民衆はホムラに向かって石を投げては口々に罵倒している。

 いやだいやだいやだたすけて、と泣きじゃくるホムラ。だが少女の願いは届かず、その足元に炎が放たれた。業火がいたいけな少女を焼き焦がしていく。肉が焼ける音、少女の絶叫、民衆の罵倒と歓声。憎悪と悪意が入り乱れる中、ついにホムラは物言わぬ焼死体と化した。丸焦げになった魔法少女は四肢を失い、地面に横たわっている。

 しかし民衆と十字架が消滅すると、少女の死体は息を吹き返した。声帯を失い言葉を発せないホムラは、ピクピクと痙攣することしかできない。所詮はAPゼロのゾンビ族トークンということか。

 てか炎で戦う魔法少女のくせに燃やされてやんの。笑える。


「嗚呼……ホムラちゃんが……また酷い目に……」

「そして私の場にはゾンビ族のトークン【バーンドコープス】が1体出現する」

「APゼロのトークンだって!?一体それで何をする気だ!」

「その前に、墓地に送られた【JKガールズ・炎激のホムラ】の効果発動。相手の場のスペルを2枚まで墓地に送り、相手ELを1000ポイント減らす。姉崎の伏せたスペルはすべて墓地送り」

「残念だったな!俺が伏せたカードのうち1枚はスペル【勇者への手紙】だ!場から墓地に送られたことで、デッキの武装カード【ホーリーメイス】を手札に加えて、ELを500ポイント増やすぜ!」


 これで姉崎のELは100ポイント。もはやその命、風前の灯火だ。

 ただ、あいつの場にはアタッカー【重騎士レオナルド】がいる。このターンで勝負を決めることはできないか。


「またAP上昇しか効果のないゴミカード。無駄な足掻き」

「お前のその考え、絶対に変えてみせる!」

「カードバトルに御託はいらない。私は場の【バーンドコープス】を生贄に捧げて、アタッカー【アンデッド・パニッシャー】を生贄召喚する。あらわれろ!屍を貪る暴虐の処刑蟲、アンデッド・パニッシャー!」

「そんなバカな!?たった1体の生贄でトップグレードアタッカーを出すなんて!」


 轟音とともに禍々しい巨大芋虫が地面を突き破り登場した。ホムラだった焼死体ゾンビをボリボリと喰っているが、あれって死体側に意識あるのかな。あるとしたらさぞ苦しいだろう。


「へへっ。何だよ!色々と言ってたけど、やっぱりスルメもカードバトルが大好きなんだな!」

「は?」

「だってお前、マジで楽しそうに笑ってるぜ!」

「私が……笑っている?」


 そんなバカな。ありえない。

 これでも私は無表情系クールキャラで通っている。なにせ銀髪ロングに碧眼の美少女ロリなのだから。これでも自分のキャラは大切にしているんだ。


「馬鹿馬鹿しい。ファイトシーンに移行。【アンデッド・パニッシャー】で攻撃する。怨念のホロウ・バースト!」

「ぐおぉぉぉぁぁ!だがっ!【重騎士レオナルド】は、相手アタッカーとの戦闘でELが減らないっ!」

「そう。だから次が姉崎のラストターン。せいぜい足掻いて見せるがいい。私はスペルを1枚伏せてターンエンド」


 これで私の場には【アンデッド・パニッシャー】とカウンタースペル【衝撃反射鏡】がある。仮に強力なアタッカーを出したとしても、姉崎の攻撃はすべて反射されてヤツのELを減らすことになる。

 さぁ、どうする?主人公君。


「俺のターン、ドロー!俺は今引いたスペル【ラストチャンス】を発動する!手札の【ホーリーメイス】を墓地に送り、カードを2枚ドローだぜ!」


 【ラストチャンス】は、自分の場にカードが存在せず、相手よりELが低いときに発動できるスペルだ。ここで都合よくドローソースカードを引くとは。これで姉崎の手札は4枚だ。

 ドローしたカードを見た姉崎はニヤリと笑った。


「きたぜ!俺の切り札!手札からスペル【大草原の小さな馬車】を発動!アタッカー【小さな馬車の勇者アレックス】を手札に加えるぜ!」

「小さな馬車?」


 そんなカテゴリ聞いたことがない。

 どうやらJRPG的な異世界ファンタジーがモチーフとなっているようだ。


「俺は【小さな馬車の勇者アレックス】を召喚!こいつはAP2000以上のアタッカーが相手の場にいるとき、生贄なしで召喚できるハイグレードアタッカーだ!出てこい異世界の希望の光!少女への想いを胸に戦う小さな勇者よ!」


 どこか幼さが残る中性的な金髪ショートの少年が、姉崎の場に登場した。勇者は剣と盾を構えて私の場の【アンデッド・パニッシャー】と対峙している。


「そして墓地に武装カードが3枚あるから、アタッカー【小さな馬車の鍛冶屋サン】を特別召喚するぜ!」

「うおっ!でっか!」

「スルメちゃん……?」


 桃髪ボブスタイルの勝気な少女があらわれた。大きなハンマーを持った鍛冶屋の娘で、おそらく高校生くらいだろうか。嬉しそうに場の少年勇者を抱きしめると頬ずりしている。美少女による積極的なアプローチにあたふたと慌てふためいた少年は顔を真っ赤にしている。

 というかおっぱいでかっ!推定Gカップ!身に着けた革エプロンは胸部がはち切れんばかりに盛り上がっており、思わず声に出してしまうほどの巨乳だった。

 おっぱいモンスターの登場に興奮冷めやらぬ私だったが、底冷えするようなスズの言葉に背筋がピンと伸びてしまう。気のせいかな……悪寒と殺気を感じる……。


「ふん。立派なおっぱいだけどAPはたった1000。そこのガキんちょもAP1500。これじゃあ私の【アンデッド・パニッシャー】は倒せないけど?」

「それはどうかな!小さな馬車の仲間たちは少年と少女が揃ってこそ、真価を発揮できるんだぜ?」

「へぇ?」


 少年とお姉さんのテーマということか。一体どんな効果を持っているのだろう。

 最近は代わり映えのしないカードを使う相手ばかりで、張り合いのないカードバトルに辟易としていた。ただ、今はカードバトルが楽しい。久しぶりに本気でワクワクしている自分がいた。


「俺は【小さな馬車の鍛冶屋サン】の効果発動!こいつが場にいるとき、自分の場の【小さな馬車の勇者アレックス】のAPを1000ポイント上昇させる!」

「これでAP2500。でもまだ足りない」

「ああそうだな!だがな!鍛冶屋の姉ちゃんと勇者のコンビはここからが本領発揮だぜ!俺はスペル【少年のための武器制作】を発動!墓地にある【ソード】【シールド】【メイス】と名の付く武装カード1枚を手札に加える!」

「なに!?」

「俺は【スーパーソード】を回収して、【小さな馬車の勇者アレックス】に装着!これでAP500ポイント上昇だ!」


 姉崎がスペルを発動すると、サンはどこからともなく取り出した光り輝く剣をアレックスに手渡した。そして同時に、少年のおでこにキスをした。お姉さんの行動にドギマギする幼い勇者は顔から火が出そうだった。


「無事を願う姉ちゃんの想いがこもった武器があるから勇者は強敵に挑める!【小さな馬車の勇者アレックス】は武装カードを装着すると追加でAPが500ポイント上昇するぜ!」

「これでAPは3500っ!スルメちゃんの【アンデッド・パニッシャー】を上回った!?」


 だけど私の場にはスペルが伏せてある。どんなにアタッカーのAPを上げようが無駄だ。


「俺はスペル【武装解除の協定書】を発動だ!こいつは墓地にある2枚の異なる武装カードをデッキに戻すことで、相手の場に伏せてあるスペルを2枚まで山札に戻す!」

「私のカウンタースペル【衝撃反射鏡】が!?」

「お前がバカにしたカードたちのおかげで、俺はお前を打ち破れるんだ!行くぜ!勇者のスーパーホーリー・スラッシュ!」

「ぐぅっ!」

「スルメちゃんっ!」


 勇者アレックスが光り輝く剣を振りかぶると、私の場のアンデッド・パニッシャーが細切れになり消滅した。


「【アンデッド・パニッシャー】は場から墓地に送られたとき、コントローラーのELを1000ポイント減らす!これでスルメちゃんのELは……っ!」

「……残り1000」

「そして俺の場には【小さな馬車の鍛冶屋サン】がいる!サンでスルメに直接攻撃!これで終わりだぁ!」

「ぐぅぅぅぅっ!」


 サンによる攻撃とともにVRビジョンが巻き起こした風が私を襲う。思わず尻もちをついてしまった。

 負けてしまった……。これまで私は向かうところ敵なしで負けたことがなかった。前世では大したコンボも組めないしデッキ構築も甘い凡庸なカードゲーマーだったのに。

 だからこそ今、振り返れば「所詮は低レベルなホビーアニメの世界」と周りをどこか見下していた。だが姉崎は、どこかが違う気がする。それは運命力なのか、本人が熱弁する「カードへの想いと魂」によるものなのか、わからない。それでも、こいつの傍にいれば退屈なカードバトルの日常が一変するように思えてきた。


「サンキューな!マジで最高のカードバトルだったぜ!お前やっぱスゲーよ!」


 こちらに手を差し出し姉崎はにかっと笑う。

 どことなく人を惹きつける笑顔で、見ている側も思わず笑みをこぼしてしまう。


「久しぶりに面白いカードバトルだった。姉崎は凄い」

「あー。その、さ。できれば下の名前で呼んでくれねぇ?ちょっと……な」

「わかった。ショウタ」

「へへっ。これからよろしくな、スルメ!」

「ちょちょちょーっといいかな!姉崎君!いくらなんでも近すぎると思うんだけど!」


 ライバルとの熱いバトル的な青春感のあるシーンだったが、焦った様子のスズが割り込んできた。


「うぉっ!?なんだよ霊泉!そんなおかしかったか?」

「おかしいよ!うんおかしい!おかしくないわけがない!姉崎君はもっと適切な男女の距離を保つべきじゃないかな!?」

「私はショウタなら別に構わない」

「スルメちゃんっ!?」


 ちょっとスズを揶揄うつもりで言ったが、想像以上に絶大なショックを受けている。

 いやまぁ。ショウタとはそういうのじゃないから。私はあくまで幼馴染一筋なので。


「てかもう一回やろうぜスルメ!さっきので俺メチャクチャ興奮しちまった!マジでヤりたくてヤりたくて仕方がねぇ!ヤろう!」

「さっきから思ってたけど姉崎君はカードバトルの誘い方がおかしいよ!変態!卑猥!不潔!」

「えー?なんなんだよ、いきなり。わけわかんねぇ」

「ショウタ。きっとスズが言いたいのは、ショウタの発言が性行為を」

「やめてスルメちゃんやめてっ!?」


 目をかっぴらいて必死に懇願してくるスズに思わず吹き出してしまう。

 代わり映えのしない日常が愉快なものに変わりそうだ。言い合う二人を見ながら私は笑みを深めた。

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