第2話


 ブリリアント・インフィニット・トゥルー・クリア・ヒーローズ、略してBITCH。

 この世界の核となるTCG(トレーディング・カード・ゲーム)だ。あらゆる国や地域で普及しており、老若男女・貧富の差を問わず誰もがこのカードゲームを遊んでいる。

 いや、遊んでいるというのは語弊がある。些細な喧嘩から受験戦争、就活、ビジネスの商談、果ては国家間の戦争や犯罪行為まで。すべてがこのBITCHカードバトルによってなされている。

 希望する学校に進学できるか、有利な条件で企業の買収ができるか、銀行強盗の成否、有罪か無罪か。BITCHカードバトルの勝敗であらゆるイベントの結果が決まる。

 例えば現代史の教科書をめくると、「NTR(ナイト・トラベル・ライオット)カテゴリを軍隊で採用した小国が、民族紛争をおさめて一大国になりあがった」だとか、「BSS(ボマー・サバイバル・ショット)カテゴリで過激派テロリストが大国に甚大な被害を与えた」だとか。とにかく目を疑うような話が沢山出てくる。

 先月もわが国の国会で与野党のカードバトルが繰り広げられた結果、政権交代が実現したとテレビのニュースでやっていた。決め手となったのは、野党の選挙対策委員長が使ったWSS(ワールド・サテライト・ソルジャー)カテゴリだそうだ。おい、選挙しろよ。ネオジャパニスタは民主主義国家なはずだろ。

 とまぁ、このように政治・経済・日常生活、ありとあらゆるシーンでBITCHカードバトルが行われている。だからこそ、義務教育の課程でもカリキュラムの半分以上がTCG関連のものになっている。


「えー、こうした武装カードを装着することでアタッカーを強化することができます。では、次はカウンタースペルについて学びましょう。教科書52ページを開いてください」


 だが、しかし。暇である。何分、授業が退屈なのだ。

 ペラペラと教科書をめくると小学生向けの大きめの文字で、多種多様なカードが紹介されている。ただ、いずれも謎チョイスで、使い道があまりなさそうなカードに紙面が割かれているように感じる。

 いやいや。AP500ポイント上昇しか効果がない武装カードとか知らなくてもいいだろ。こんなゴミカード使うヤツおりゅー?

 前世では、アニメ勢にわかTCGプレイヤーだった私から見ても、この世界のプレイヤーはレベルが低いと思う。所詮ここはガバガバゆるゆるプレイイングでも成り立つホビーアニメの世界なんだろう。


「スルメちゃん。スルメちゃん」

「んー、なぁにスズ」

「えへへ……呼んでみただけ」


 かわよ。結婚するわ。

 退屈そうに外を眺めていた私に囁きかけてはにかむ幼馴染。まさにマイ・エンジェル。

 下らない授業と日常を過ごしながら、幼馴染てぇてぇをする。そんな私の代わり映えしない日々は、ある転校生のおかげで大きく変わろうとしていた。


・・・・・・・・・


「お前が神引スルメだな!?俺は姉崎ショウタ!よろしく!」

「…………よろしく?」


 何だこの赤髪ツンツン頭のクソガキは。

 おそらく身長140㎝台後半。10㎝近く差があるせいで、こいつの目を見て話すにはかなり見上げなきゃいけない。ぐぬぬ。首が痛い。

 スズくらい背丈があれば、そこまで身長差はないのだけど。悔しい。


「もしかして隣のクラスの転校生……?」

「ああ!つい昨日、このハイパートーキョー新十区に引っ越してきたんだぜ!」

「ふーん」


 さいですか。それまた結構なことで。


「なぁスルメってカードバトル強いんだろ?この小学校で最強って聞いたんだけどさ、俺と勝負しようぜ!」

「えー……めんどくさい……」

「えぇええ!?いいじゃん!やろうぜ!ヤらせてくれよ!お前とヤりたいんだよ!」

「必死過ぎて引く」

「姉崎君。スルメちゃん嫌がってるからさ。やめよ、ね?というか帰ってくれないかな?」

「断る!俺は目的を果たすまで絶対に諦めない性分なんだ!」


 ええい。暑苦しい。なんなんだこの強引さは。

 しかも、なんか身体の輪郭というかこいつの周囲はキラキラしているし。こいつまさか主人公か?

 もし仮にそうだとしたら、多少は関わっていてもいいかもしれない。知らぬ間に世界の危機に直面して、しょぼいプレイイングで敗北からの世界滅亡とかなったらシャレにならん。

 それはそうと、幼馴染に馴れ馴れしく迫るクソガキに対して嫉妬心全開のスズ、よくないですか!?スルメもそう思います。ラブが寄せられて嬉しい反面、スズに抱きしめられた腕がメリメリと嫌な音をたてていて辛い。


「……わかった。カードバトルしよう。一回だけ」

「おう!サンキューな!」

「スルメちゃん……どうして……」


 そんなお嫁さんを寝取られた弱男みたいな顔しないでほしい。なんだかいたたまれなくなるから。

 なにはともあれ、私と姉崎は校舎裏でカードバトルをすることになった。


・・・・・・・・・


「よし!バトル・ユニット準備オッケー!VRビジョンも作動している!お前はどうだ?」

「こっちも大丈夫」

「ならいくぜ!先行はもらった!俺のターン!ドロー!」


 出たよ。勝手に宣言した方が先行になるヤツ。ちゃんとコイントスかじゃんけんしろ。

 じろりと睨みつけるが、そんなことおかまいなしに何やら派手な動きをしながら、姉崎はアタッカーを召喚した。どことなくかっとビングみがあるな。


「俺は手札からアタッカー【ソード・ファイター】を召喚!こいつはAP1200戦士族のノーマルグレードアタッカーだぜ!」

「はいはい」

「さらに手札の武装カード【スーパーソード】を、場の【ソード・ファイター】に装着!へへっ!これでAP500ポイントアップだ!」


 いたわー。AP500ポイント上昇以外の効果がないゴミカード使うヤツいたわー。お前かー。

 子供向けにTCGを販促するホビーアニメのような世界観なだけあってか、どうにも姉崎のように脳筋スタイルのカードファイターが多い。効果がなくてもよりAPの高いアタッカーを採用して、40枚という限られた山札の枠を消費してでもAPを上げて、複雑なシナジー効果のあるカードは使わない。効果の連鎖もせいぜい2枚が限界。

 このあたり前世のガチプレイヤーの皆様方からすれば、イラっとポイントが積み上がる要素だろう。

 AP1700の効果なしアタッカー1体を場に出したくらいで調子乗んなやガキが。


「……で?他に何かある?」

「おう!俺はスペルを1枚伏せてターンエンドするぜ!」

「そう。じゃあ私のターン。山札からカードをドローしてメインシーンに移行」


 うわ……私の手札しょぼすぎ?

 仕方がないので今引いたスペルでどうにかしよう。


「私は手札からアタッカー【JKガールズ・闇夜のマナ】を召喚。そして場にこのカードが存在するとき、手札からアタッカー【JKガールズ・雷撃のヒカリ】を特別召喚できる」

「すげー!一気に2体もアタッカーを並べやがった!でもAP500のそいつらじゃ俺の【ソード・ファイター】は倒せないぜ!」


 うるさいですね。

 一々オーバーリアクションで騒ぐ姉崎を無視してVRビジョンを見ると、私の場には二人の魔法少女が登場していた。白を基調としたワンピースドレスをまとった金髪ショートヘアの少女と、黒を基調としたゴスロリチックなドレスをまとった黒髪ロングの少女が、お互いの手を取り合って決めポーズをしている。

 若干アホっぽいけど元気溌剌な金髪っ娘は太陽を、知的かつ大人しそうだが気弱な印象を与える黒髪っ娘は月を、イメージした魔法少女らしい。つまりは二人で一つというわけだ。現に、二人の美少女たちは少し頬を赤らめながら見つめ合っている。

 一応このカードのバックストーリーとしては、ヒカリが幼馴染であるマナのことを守ってきたらしく、魔法少女に変身したときもマナがピンチになると必ずヒカリが真っ先に駆けつけて助けるそうだ。マナにはなく、ヒカリだけが特別召喚の効果を有するのも、そういう背景があってのことらしい。

 それにしてもニコイチの美少女カップルだなんて、随分と「てぇてぇ」アタッカーだ。真面目な百合アニメのように繊細な心理描写を、ここまできめ細かく表現できるなんてVRビジョンは本当にすごい。

 まぁ、すぐに片割れはいなくなるんだけどね。


「私は手札からスペル【圧殺カード交換機】を発動。場のアタッカー【JKガールズ・雷撃のヒカリ】を生贄に捧げることで、山札からカードを1枚ドローする」

「なんだって!?」

「うわ……出た。スルメちゃんの外道コンボ……」


 突如現れたスクラッププレス機に、ヒカリが拘束され瞬く間に圧殺される。先ほどまで手を握っていた愛する幼馴染が突然奪われ、目の前で粉々の血肉に圧縮されたのを見たマナは、がくりと膝をつき涙を流している。

 そして効果発動を終えたスクラッププレス機が消滅すると、場には光り輝くカードが1枚残された。血だまりの上に浮かぶ、そのカードをマナは泣きながら抱きしめた。幼馴染の形見を決して離すまいといわんばかりに、絶叫しながら。

 いや、さっさとカード寄越せよ。

 スペルが発動した以上は効果を処理しなければならない。マナが大切そうに抱きしめていたカードは彼女の腕を振りほどき浮かび上がると、私の手札へと入った。

 涙と鼻水にまみれ絶望した表情で私のことを見つめるマナ。

 なんだよ。スペルの効果なんだから仕方ないだろ。


「このとき【JKガールズ・雷撃のヒカリ】の効果発動。場に存在するこのカードが墓地に送られたとき、相手の場のアタッカーを1枚を墓地に送り、相手ELを500ポイント減らす」

「うおぉおお!俺のELが3500になっちまった!しかも【ソード・ファイター】を破壊するなんて!」


 自分が亡くなってもなおマナの脅威を排除するなんて、ヒカリの愛の深さには幼馴染を持つ私も感銘を受けてしまう。そうまでして守った少女がこの後受ける仕打ちを見たら、ヒカリはどう思うのだろうか。

 貴女を犠牲にドローしたこのスペルのおかげで、私は強力なアタッカーが出せる。


「さらに手札からスペル【串刺し避雷針】を発動。自分の場のアタッカーを墓地に送ることで、デッキからアタッカー【電撃デスウナギ】を特別召喚する」

「なにぃ!?」

「嗚呼……マナちゃん……そんな……」


 私が宣言すると同時に、地面から突き上がった巨大な避雷針が、マナを串刺しにする。手足をぴくつかせながら大量の血を勢いよく周囲にまき散らす姿は、壊れたシャワーヘッドのようだった。醜いね。

 それでもなおしぶとく生きながらえていたマナに止めを刺したのが、天から落ちた雷撃だ。そして降臨するのが強力な電気を帯びた巨大ウナギである。ちなみにヒカリの必殺技も雷撃である。愛する幼馴染と同じ属性の攻撃で死ねてよかったね。

 デスウナギはハイグレードアタッカーなので、本来は1体のアタッカーを生贄に捧げて手札から召喚するのだが、スペルのおかげでなんとデッキから特別召喚できるのだ。

 ちなみに墓地に送られると自分のELが1000ポイント減ってしまう。

 結構でかいデメリットがあるくせにAP1900。うーん……まぁJKガールズと比べれば随分マシな打点かな。


「そして、このとき【JKガールズ・闇夜のマナ】の効果発動。場にいるこのカードが墓地に送られたとき、相手の山札の上からカードを1枚を墓地に送り、相手ELを500ポイント減らす」

「くっそー!ELが3000ポイントだ!お前やるじゃねぇか!」

「ファイトシーンに移行。私は【電撃デスウナギ】で直接攻撃」

「させるかぁ!俺は伏せていたスペルを発動だ!」


 姉崎はそう吠えるが、バトル・ユニットは反応しない。


「あれ!?どういうことだ一体!?壊れたか!?」

「もしかして姉崎君。カウンタースペルじゃなくて、ただのスペルを伏せたんじゃないの?」

「なに!?スペルを場に伏せても相手ターンには使えないのか!?ちっくしょおお!」


 その通り。

 場に伏せて相手ターンでも使えるのは、カウンタースペルと書かれているカードのみだ。スズが言うように通常のスペルカードは、自分のターンにしか使えない。この辺、社会人プレイヤーでもかなり間違えるようだ。

 なぁんでこんなTCGありきの社会で、基礎のキを間違えるんですか。それはきっとここがホビアニ世界だからなんだろうね。

 デスウナギの直接攻撃でELが1100ポイントにまで削られた姉崎はがくりと片膝をつく。だが、それでもなお闘志は消えていないようで、ギラついた眼で私を見てきた。


「面白れぇ!面白れぇよスルメ!こんなコンボ俺、考えたこともねぇ!お前ってすっげー頭いいんだな!」

「……わざわざ自分のアタッカーを墓地に送る私の戦法、変だと思わないの?」

「なんでだ?スルメはそれがベストだと考えたからスペルを発動したんだろ?」

「私のこと外道とか、悪魔とか……思わない?」

「最高のカードバトルをするためにやってるのに外道も何もないぜ?真剣勝負なんだからな!悪魔かどうかは知らん!多分お前って人間だろ?」


 意外だ。

 私がJKガールズを使うと、対戦相手は必ず罵詈雑言を浴びせてきた。やれ「非人道的だ」とか、やれ「鬼畜の所業だ」とか、やれ「鬼!悪魔!スルメ!」だとか。自ら場のアタッカーを墓地に送る効果を発動する度に、それはもううんざりするほど、耳にタコができるほど罵倒されてきた。

 クラス委員長の前で、さっきのヒカリだけを生贄に捧げるプレイイングをしたときは、血涙を流しながら猛抗議してきた。結果は私の圧勝だったがイマイチ釈然としないカードバトルだった。

 この世界の人間はカードとの絆というものを大切にしているらしく、中途半端な人権意識がアタッカーカードに適応されているらしい。かく言うマイ・エンジェルも最初に私の戦法を見たときは渋い顔をしていた。

 ウケる。人型アタッカーだろうが所詮は紙(カード)じゃんね。


「いいじゃん姉崎。私たち気が合うかも」

「す、スルメちゃん……!?」

「おう!そうかもな!早く続きやろうぜ!俺待ちきれねーよ!」

「私はこれでターンエンド。ほら、ショウタのターンだよ」

「どうして急に男の子に興味を……しかも下の名前で……まさかっ!」

「落ち着いてスズ。どうもこうもないから」


 私が好きなのはお前だけだゾ☆


「何のことかさっぱりだが……いくぜ!俺のターン!ドロー!」


 はてさて。今引いたカードもあわせて手札は3枚。場にスペルカード1枚。これで盤面を覆せるのか。

 主人公の実力とやら見せてもらおうか。

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