第12話 『この距離は偽物?』
放課後、瑠奈に呼び出されて校舎裏へ向かうと、彼女はスマホを片手に待っていた。
いつも通りの少し気合の入ったメイクと、ふんわりとした巻き髪。SNS映えを狙っているのがよく分かる。
「ねえ、塩谷くん。今日は放課後のカップル写真を撮ろうと思って!」
予想通りの言葉に、俺は少し気まずくなりながらも頷いた。瑠奈の熱意に押されてここまで付き合ってきたが、こうして放課後に「デート」風の写真を撮るのは初めてだ。
「放課後の写真って……なんで急にそんなこと思いついたんだ?」
「えっと……リアルなカップルって、やっぱり学校終わりに一緒に帰ったりするじゃない?それを見せたら、もっとみんなから『いいな』って思ってもらえるかなって」
なるほど、制服のままの放課後のデート風景を見せることで、よりリア充感を演出するつもりらしい。
SNSのためとはいえ、瑠奈がそこまで徹底しているのを見ると、少し尊敬すら感じてしまう。
「……まあ、分かったよ。どういう感じで撮ればいいんだ?」
俺がそう言うと、瑠奈は少し照れたように笑った。
「うーん……じゃあ、手をつないで歩いてる感じとか、どうかな?」
「……は?」
俺は一瞬、彼女の言葉に固まった。手をつなぐ?
それはあくまで「彼氏役」としてなのだろうが、俺には意識してしまうに十分すぎるシチュエーションだ。
「手を……って、本当にやるのか?」
「そりゃそうだよ、カップルっぽく見えるにはそれくらい自然にしないと!じゃ、いくよ?」
彼女が少し恥ずかしそうに笑い、そっと俺の手を取った。瑠奈の手は思ったよりも小さく、ひんやりとした感触が妙にリアルで、自然に笑うなんて到底無理だった。
俺の頭はもう少しのところで真っ白になりそうだったが、彼女は撮影に集中しているようで、気にせずカメラを構えていた。
「はい、じゃあそのまま一緒に前を向いて……あ、ちょっとこっち向いて笑って!」
瑠奈の指示に従って、なんとかぎこちなく笑顔を作る。彼女も横に立って俺に顔を近づけ、親しげに笑顔を浮かべる。
何度も撮影してきたはずの「彼氏役」だが、こうして距離を詰められると、さすがに意識せずにはいられない。
ふと、瑠奈がスマホを片手に近づいてきた。
その瞬間、彼女の顔が思ったよりも近く、髪の香りがふわりと漂ってくる。
俺は心臓が跳ね上がるのを感じ、思わず視線をそらしてしまった。
「……ちょっと、塩谷くん、ちゃんとこっち見てよ」
彼女が少しムッとした顔をする。
瑠奈にしてみれば、あくまで「彼氏役」を全うしてほしいのだろうが、俺にとってはそれだけでは済まないくらいドキドキするシチュエーションだ。
だが、彼女の真剣な視線に押されて、仕方なく視線を戻した。
すると、瑠奈がさらに近づき、肩に軽く頭を預けるように見せかけた。
「これでどうかな?自然な感じに見える?」
「いや、さすがにこれは……」
俺がたじろぐと、瑠奈はスマホでパシャリと写真を撮った。俺の動揺も関係なく、彼女は笑顔のままだ。
「うん、完璧!これなら絶対にカップルっぽく見えるはず!」
瑠奈は満足げに撮った写真をチェックしているが、俺はどうにもその表情を直視できなかった。
頭の片隅では「彼氏役」としての仕事だと分かっているのに、彼女の柔らかい表情と自分の距離感の近さに、どうしても意識してしまう。
ふと、周囲の視線に気づいた。
一応ここは放課後の教室。
もちろん俺たち以外のクラスメイトもまだ残っているわけで……。
そんなクラスメイトたちが、こちらをじっと見つめていることがわかった。
俺たちがこうして写真を撮っている姿を、不思議そうに見つめる視線が刺さる。
「……なあ、瑠奈。あんまりみんなに見られてるのは、ちょっと恥ずかしいんだけど」
俺が小声で言うと、瑠奈はその視線に気づき、少しだけ顔を赤らめた。しかし、すぐに笑顔を浮かべて自信満々に返す。
「いいじゃない、みんなに見せるために撮ってるんだから!」
瑠奈の強気な言葉に、俺は苦笑しながらも、少しだけ自分の気持ちを抑えることにした。
周囲に注目されることは好きじゃないが、こうして一緒にいる瑠奈の顔を見ていると、なぜかそれも悪くない気がしてくるから不思議だ。
撮影を終え、俺たちは一緒に帰り道を歩いていた。瑠奈はすぐにSNSに写真をアップし、「今日は塩谷くんと放課後デートします!」と書き添えて投稿している。
写真には、彼女が俺に肩を寄せて笑っている様子が収められていて、まるで本当のカップルのように見える。
「これでまたフォロワーが喜んでくれるはずだね」
スマホの画面を見つめながら、満足げに笑う瑠奈を見て、俺は少し複雑な気持ちだった。
彼女が「リア充」アピールに一生懸命なのは理解しているが、その姿を見るたびに、俺はどこか寂しいような気持ちになる。
彼女が見せる笑顔は本当に「演出」されたものなのか。それとも、ほんの少しでも本物の気持ちが込められているのだろうか。
その夜、瑠奈が投稿した写真には、すぐにたくさんの「いいね」とコメントがついていた。
「羨ましい!」「素敵なカップル!」といった言葉が並び、瑠奈の顔がさらに満足げになっていくのが見えるようだった。
俺はスマホの画面を見ながら、彼女の本当の姿に少しでも近づきたいと感じている自分に気づき、また複雑な気持ちになっていた。
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