第7話 『ぎこちない映え写真』


 ある日、昼休みに瑠奈が俺の席にやってきた。瑠奈はスマホを見つめながら、少し興奮気味に言う。


「塩谷くん、今度は"スポット映えデート"に行こう!」


 "スポット映えデート"?

 またよく分からないことを言い出したなと思いつつ、俺は面倒な予感を覚えながら尋ねた。


「スポット映えって、どういうこと?」


 瑠奈は目を輝かせ、スマホの画面を俺に見せてきた。

 そこには、観光地や景色の良い場所でカップルが写真を撮っている投稿が並んでいる。


「こういう感じで、有名な場所でカップルっぽく写真を撮るの。フォロワーの注目度も上がるし、楽しそうでしょ?」


 瑠奈の声はどこか楽しげだが、俺にとってはただの「重労働」だ。

 だが、彼女の頼みだし、いつものように断れない。仕方なく頷くと、瑠奈は嬉しそうに笑顔を見せた。


 週末、俺たちは駅前で待ち合わせをし、近くの有名な観光スポットへと向かった。

 季節も良く、周りには観光客やカップルが大勢いる。瑠奈はすでに撮影モード全開で、カメラを構えながら歩いている。


「よし、まずはあそこの景色がいい場所で撮ろう!」


 瑠奈は自信満々で俺を引っ張り、風景が映える広場に到着する。

 どうやら彼女の中には、すでに「理想のカップル写真」が思い描かれているらしい。まぁ俺はそれに従うだけだ。


「塩谷くん、自然に笑って!リラックスしてね」


 リラックスして、とは言うけれど、俺は相変わらず慣れていないので、作り笑いもどこかぎこちない。

 撮られることに必死で、リラックスどころじゃないのだ。


 瑠奈は俺の表情をチェックし、少し首をかしげた。


「うーん、もっと自然な笑顔がいいんだけどなあ。ほら、"カップルで楽しく過ごしてます"って雰囲気を出さないと!」


 そう言われはするものの、どうすれば「カップルで楽しんでる感」を出せるのかなんて分からない。

 俺は思わず頭をかきながら、気まずそうに笑ってしまった。


「じゃあ、こんな感じでどうだ?」


 渋々ながらも、彼女の言う「自然な笑顔」を意識して、少し笑顔を作ってみせる。

 しかし、瑠奈はカメラを覗き込みながら「もうちょっと自然に!」とさらに細かく指示を出してくる。


 しばらくして、俺たちは観光地の名所を巡りながら、何枚も写真を撮ることに成功したが、そのたびに彼女からは「もっと自然に!」「もっとカップルっぽく!」というリクエストが飛び交い、俺はすっかり疲れ切ってしまった。


 ひと通り写真を撮り終えた頃には、日も傾き始めていた。瑠奈はスマホを取り出して、撮った写真をじっくりとチェックしている。


「うん、これも悪くないね。でもやっぱり、もう少しカップルっぽく自然に撮れたらよかったんだけどな……」


 俺たちは見よう見まねでカップルっぽいポーズを取ったものの、どうにもぎこちなさが残ってしまっている。

 それでも瑠奈は気を取り直し、何枚かを選んでSNSに投稿することにした。


 しばらくして、スマホの画面が光り始め、瑠奈のアカウントに次々と「いいね」やコメントが寄せられていく。どうやら、写真を見たフォロワーたちから好評を得ているようだ。


「……あれ、意外といい反応かも?」


 瑠奈は驚いたようにスマホを見つめながら、コメント欄に目を通す。


「『リアルなカップル感があって素敵』『ちょっとぎこちないところが可愛い!』って……みんなが褒めてくれてる!」


 ……まぁ、ぎこちない、ってのはたぶん俺のせいだろう。

 それでも、瑠奈が満足そうに笑っているのを見ると、まあ良かったんじゃないかと思えてくる。


 彼女が求めていた「完璧なカップル写真」ではなかったかもしれないが、むしろ「不器用なカップルらしさ」が逆に話題になったのだ。


「こういうのも、案外悪くないかもね」


 瑠奈がそう言いながら楽しそうに笑うと、俺もつられて笑顔になった。

 なんだかんだで、彼女が満足しているなら、それでいいのかもしれない。


 そして帰り道、ふと瑠奈がポツリと言った。


「塩谷くん、今日はありがとう。ぎこちない感じも、みんなには可愛いって思ってもらえたみたいだし、良かったかも」


 俺は照れくさそうに肩をすくめる。


「いや、俺はただ彼氏役をやってただけだし……でも、まあ、楽しかったよ」


 自然にそう言った瞬間、瑠奈がこちらをじっと見つめた。

 普段は演じるような笑顔ばかりの彼女が、今はちょっと照れたように微笑んでいる。


「……本当?良かった」


 その短い一言には、どこか彼女の本音がこもっている気がした。

 SNS上では「理想のリア充」を演じている彼女だけど、今日はちょっとだけ、素の自分を出してくれているのかもしれない。


 駅までの道を並んで歩く中、俺たちはいつも通りSNS映えの話をしていたが、なんだか少しだけ"本物のカップル"のように感じてしまう自分がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る