第6話 『彼女の抱える孤独』
俺は最近、放課後になると瑠奈と一緒に過ごすことが多くなった。
彼女のSNS映えに協力するために「彼氏役」を引き受けてから、俺の日常はすっかり変わってしまったけれど、彼女と一緒にいると時々、リア充演出を超えた一面が見えてくる気がしていた。
今日も撮影場所を探して、近くの公園まで来ていた。
SNS用の「リア充カップル」の写真を撮るためだが、俺たちがスマホを構えてあれこれポーズを考える様子は、傍から見たら少し滑稽かもしれない。
しばらくして、瑠奈がスマホを構えたまま「この角度がいいかも!」と満足げに言うと、またいつものように写真撮影が始まった。
俺も彼氏役として、適当な笑顔を作ってみせる。
そして気づくと、瑠奈は一心不乱にスマホを操作し、撮った写真をその場で編集し始める。
写真の明るさを調整したり、少し美肌加工をかけたり、さらにフォロワーの反応を狙ってコメントも考えているようだった。
その様子が少しおかしくて、俺はつい言ってしまった。
「お前、ほんとにSNSに命かけてるんだな」
何気なくからかうように言ったつもりだった。
だが、瑠奈はピタッと手を止めて、少し驚いたようにこちらを見た。
「……まあ、そうかもね」
少し落ち込んだように笑う瑠奈の表情を見て、俺はなんだか気まずい気持ちになった。
少しからかうつもりだったのに、妙に彼女が寂しそうに見えたからだ。
普段の彼女とは違う、どこか脆さを感じさせるその顔に、俺はドキリとした。
「だって、SNSがないと……私は何もないし」
その言葉はまるで、自分に言い聞かせるようだった。
「何もないって……それ、どういう意味なんだ?」
俺が思わず聞き返すと、瑠奈は一瞬、言うかどうか迷っている様子だったが、やがてポツリと本音を漏らした。
「……私、友達が少ないんだよね。だから、SNSが私の繋がりの全てみたいなもので」
その言葉に、俺は少し驚いた。
学年一の美少女で、リア充そのものの瑠奈が、友達が少ない?彼女のフォロワーはたくさんいるのに、実際の生活では誰とも一緒にいない彼女の姿がふと脳裏に浮かんだ。
「──SNSの中だけが、私の居場所なんだよ」
瑠奈はうつむいたまま言葉を続けた。
彼女の声には、少しだけ震えが混じっている。
俺はそんな彼女の横顔を見つめながら、思わず何か言いたい気持ちになったが、言葉が見つからない。
それでも沈黙が続くのも気まずくて、思わず俺はつぶやくように言った。
「……そっか。でも、それってちょっと寂しくないか?」
瑠奈は少し驚いたように顔を上げ、俺の顔をじっと見つめた。
普段のリア充を演じる彼女とは違って、少しだけ弱さがにじみ出ているようなその目が、妙に印象的だった。
「……そうかも。でも、しょうがないよね。私なんか、他にやることもないし、SNSの中でみんなに"羨ましい"って思ってもらえることが、一番楽しいんだ」
その言葉を聞いて、俺は彼女のことを少しだけ理解した気がした。
瑠奈が「SNS映え」に必死になるのも、単に自己満足のためではなく、自分の価値や存在を見出すためだったのかもしれない。
俺には、今までそんな「リア充」を演じるための努力なんて理解できなかったが、彼女にとってはそれが大切な「居場所」なのだと少しだけ納得できた。
「……でもさ、リアルの瑠奈も、全然悪くないと思うけどな」
何気なく言った言葉に、瑠奈が目を丸くした。
「リアルの……私?」
「ああ。SNS用にキメてる顔もいいけど、こうして普通にしてる姿も悪くないってこと」
瑠奈はその言葉を聞いて、少し頬を赤らめたように見えた。
それから、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……ありがとう、塩谷くん。そう言ってくれて嬉しい」
彼女の表情は照れたようでもあり、少しだけホッとしたようにも見えた。その姿を見て、俺は何だか胸が温かくなるのを感じた。
帰り道、俺は今日の瑠奈の姿が頭から離れなかった。
彼女が抱える孤独や、SNSへの執着の理由が少しだけ分かった気がする。
フォロワーのために「リア充」を演じ、誰かに「羨ましい」と思われることが、彼女にとっての安心だったのだろう。
けれど、彼女のその姿が寂しそうに見えたのもまた事実だった。
家に帰って、何気なくスマホを開くと、瑠奈が今日の写真を投稿していた。
「カフェデート、楽しかった!」と一言添えられた写真には、俺と彼女が楽しそうに笑っている瞬間が写っていた。
実際はそこまで楽しい雰囲気ではなかったかもしれないが、彼女の投稿には何の違和感もなく、リア充カップルの演出が完璧に成り立っていた。
その投稿に次々と「羨ましい」「素敵」というコメントがついているのを見て、俺は少しだけ複雑な気持ちになる。
俺にとってはただの演出であっても、彼女にとっては大切な居場所なのだと理解したからだ。
ふと、彼女の孤独を少しでも和らげられるなら、「彼氏役」を続けるのも悪くないかもしれないと思ってしまった自分に驚いた。
この奇妙な関係が、もしかしたら彼女の支えになっているのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は次の撮影のことをぼんやりと考えた。
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