第5話 『カップルっぽいとはなんぞや』


 俺たちの契約カップル生活が始まってから数日。


 俺はただの「SNS映え用の偽彼氏」として、瑠奈のSNS映えに協力し続けている。

 最初は面倒だと思いながらも、彼女の真剣な表情に押されて引き受けたのだが、これが予想以上に大変だ。


 昼休み、瑠奈が俺の席に近づいてきた。

 周りのクラスメイトたちは彼女の登場に目を丸くし、何が起きるのかと様子を伺っている。


 普段あまり話さない女子が俺に話しかけてくるなんて、思い返せば中学の頃からほとんどなかったことだ。


「塩谷くん、ちょっと話せる?」


「ああ、いいけど……また撮影か?」


 瑠奈は小さく頷き、俺に向かって「こっちへ来て」と指示を出した。

 俺たちは人気のない校舎裏の階段に移動し、彼女がスマホを取り出して自分のSNSアカウントを見せ始める。


「この前撮った写真、すごく好評だったよ。『彼氏イケメンだね』ってコメントがたくさんついて」


 スマホの画面には、俺と瑠奈が並んで写っている写真が表示されている。


 瑠奈のアカウントはフォロワーが二千人以上いるらしく、コメント欄には羨望や称賛のメッセージがびっしりだ。

 「いいなあ、幸せそう」「理想のカップル」なんて言葉が並んでいて、俺は少し恥ずかしい気持ちになった。

 まぁ……こうやって褒められるのは悪くないかも、な。


「でね、塩谷くん……次はもっと"カップルっぽく"撮りたいの」


 瑠奈はそう言って、真剣な表情で俺を見つめてきた。


「カップルっぽく……?」


「うん。だから、塩谷くんにはもっと自然に笑顔を作ってほしいんだ。ほら、リラックスして笑ってる彼氏の写真って、すごく理想的でしょ?」


 そう言われてみれば、確かにSNSに投稿される「リア充カップル」の写真には、自然な笑顔が多いかもしれない。


 だが俺は、笑顔を「作る」なんて意識したことがないし、ましてや写真で見栄えのいい笑顔を作れなんて……無理だ。

 そもそもそんなこと意識してる時点で自然な笑顔と言えるのだろうか。

 そんな疑問がぐるぐる俺の頭の中を回る。


「いや、そんな自然な笑顔って言われても、難しいんだけど」


 そう返すと、瑠奈が少し考え込んだ表情を浮かべた後、頷いた。


「じゃあ、こうしてみるのはどうかな。例えば、私が近くにいるときに、自然に楽しそうにしてくれるといいなって思うんだけど」


 どうやら彼女は「理想の彼氏」をしっかりとイメージしているらしい。

 俺は内心ため息をつきながらも、彼女のリクエストに応えるために「自然な笑顔」を試みることにした。


「分かった、やってみるけど……上手くできるか分からないからな」


 瑠奈は嬉しそうに「ありがとう!」と笑顔を見せた。


 この笑顔がまた自然で、思わず「こういう感じか?」と真似しようとしてしまう。

 ……やっぱり俺には難しい気がする。


 放課後、瑠奈と撮影の練習をすることになったが、俺のぎこちなさはなかなか消えなかった。


「自然な笑顔」とは程遠い感じにしかならない。

 それでも瑠奈は根気強く教えてくれて、「ちょっとだけ表情が柔らかくなったかも!」と褒めてくれた。


 その帰り道、ふと彼女のSNSアカウントが気になり、少しだけ覗いてみた。


 そこには俺が知っている「学校での瑠奈」とは違う彼女が写っていた。

 写真の中の瑠奈は、明るく自信に満ちた表情を浮かべ、まるで誰からも愛されている「リア充女子」そのものだった。

 俺の隣で見せる控えめな姿とはまったく別人のように見える。


「こんなに違うもんなんだな……」


 俺は思わずつぶやいた。

 学校では一人でいることが多い瑠奈が、SNSでは華やかな生活を見せている。

 まさかここまで「リア充キャラ」を作り込んでいるとは思わなかった。


 写真のコメント欄を読んでみると、フォロワーたちから「羨ましい」「素敵」「リア充すぎる!」と絶賛の言葉が並んでいる。


 彼女はこんな風に見られたくて、わざわざ俺を「契約彼氏」にしてまでリア充を演出していたんだと改めて実感した。


 彼女が何を感じながらこの「リア充キャラ」を続けているのかは分からない。

 ただ、そこには確かに「現実」とは異なる一面があり、俺はそのことが少しだけ気になり始めていた。


 次の日、瑠奈が再び俺の席に来て、さっそく放課後の撮影計画を立て始めた。

 彼女はまるでプロデューサーのように、どこでどんなポーズをとるのがベストかを次々と提案してくる。


「じゃあ、次は手を繋いで歩いてるところを撮ろうか」


 瑠奈の言葉に、俺は一瞬動揺した。


 手を繋ぐ……?いや、まあ「彼氏役」として当然なのかもしれないが、いざそう言われると意識してしまう。


「手を……繋ぐのか?」


「そうだよ、自然に手を繋いでるところって、すごく羨ましがられるんだ」


 SNSの中の「彼氏」としての役割を果たすためだと思うと、何とも言えない気分になった。

 しかし、これも彼女が描く「理想のカップル像」を叶えるためなんだろう。


「……分かった。じゃあ、練習のつもりでやってみるか」


 瑠奈の理想に応えるため、俺は再び「契約カップル」としての努力を続けることにした。


 瑠奈の指示に従って、自然な笑顔を練習したり、カップルっぽく見えるポーズを取ったり。


 俺は次第に彼女の「リア充彼氏」として形になっていく自分を感じ始めていた。

 ──しかし、同時に、彼女のSNSの裏に潜む「本当の彼女」にも興味が湧いている自分がいた。


 現実とSNSで異なる二つの顔を持つ瑠奈。


 なぜ彼女は、ここまでして「理想のカップル」を演じようとしているのか——そんな疑問が心に浮かんでは消えていった。

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