第4話 『本当の私なんて』
瑠奈と初めての「デート」を終えて数日が経ったが、俺の頭の中にはあの日のカフェでの出来事が妙に引っかかっていた。
あの日、彼女は俺そっちのけでスマホに夢中になっていた。
楽しそうに写真を撮り、投稿し、反応を見ては喜んでいる姿を目の前で見たけれど、正直俺にはそれが本当に「楽しいデート」だとは思えなかった。
まあ元から俺と楽しいデートをするつもりなんてものは無いのかもしれないけど。
今日の昼休みも、俺はぼんやりとそのことを考えながら過ごしていた。
すると、教室の端にいる瑠奈がちらりとこちらを見ているのが分かった。
俺と目が合うと、彼女は少しだけ視線をそらし、やがて意を決したようにこちらへと歩み寄ってきた。
自然と周りの視線が俺たちの方に集まるのを感じる。
「塩谷くん、ちょっと放課後に時間ある?」
瑠奈の声に、俺は少し驚きつつも頷いた。
「ああ、別にいいけど……またデートか?」
その問いに、彼女は軽く頷いた。
「次はもっと自然な感じでカップルっぽい写真が撮れたらって思って」
……やはり、俺は完全に「撮影用の彼氏役」として認識されているらしい。
まあ、それが最初の約束だったとはいえ、なかなかの重労働だなと、内心ため息がこぼれる。
放課後、俺は瑠奈と合流して、学校近くにある喫茶店に入った。
やはり彼女が選ぶだけあって、喫茶店の内装もメニューもどれも「SNS映え」を意識したものばかりだ。
メニューを見つめる瑠奈は、どれが映えるかを一生懸命考えている様子だった。
やがてドリンクが運ばれてきて、瑠奈がさっそくスマホを取り出して撮影を始めた。
俺も一応「彼氏役」として、彼女が求める角度で一緒にポーズを取ったが、ふと疑問がこみ上げ、口をついて出た。
「……ねえ、瑠奈」
「ん?なに?」
スマホの画面を見つめたまま、瑠奈が返事をする。
「その……SNSにそんなに夢中になる理由って、なんなんだ?」
俺がそう尋ねると、彼女はようやくスマホから視線を外し、少し驚いた顔をした。
しばらく考えるように視線をさまよわせ、やがてポツリとつぶやくように答えた。
「……みんなに羨ましがられるのが、嬉しいから、かな」
そう言って笑う彼女の表情に、少しだけ寂しそうな影が見えた気がした。
みんなに「羨ましい」と思われることが、そんなに嬉しいものなのか?
「でも、SNSに載せる写真って……現実そのままってわけじゃないだろ?あれって、カメラの向こうの作られた"理想の姿"なんじゃないのか?」
俺が言うと、瑠奈は微かに目を伏せた。
「そんなこと分かってる。だけど……本当の私なんて、誰も気にしてくれないもの」
そんな彼女の言葉がやけに俺の胸に突き刺さった。
彼女は学校でも、常に一人でいることが多かった。
リア充で完璧な女子だと思っていたが、実際の彼女はSNSの世界でのみ「理想の自分」を作り上げ、それを他人に認めてもらうことで自分を満たしていたのかもしれない。
「でもさ、それってちょっと……疲れないか?」
俺の問いかけに、瑠奈は少しだけ笑ってみせたが、その笑顔はどこか無理をしているようにも見えた。
「……うん、でも大丈夫。SNSのおかげで、私は"リア充"だから」
それが本音なのか、強がりなのか、俺には分からなかった。
ただ、目の前で虚勢を張る彼女が少し心配だった。
やがて、俺たちは店を出て、駅の方へ向かって歩き始めた。
日が傾き、周りは夕焼けに染まっている。
俺はふと、彼女とこうして歩く自分の姿が、まるで本当に「カップル」みたいだと思ってしまった。
そんな俺の気持ちを察したわけでもないだろうが、瑠奈がふいに立ち止まり、俺の方を振り返った。
「ねえ、次はもっとカップルっぽい写真が撮りたいな」
「……カップルっぽい、か」
また彼氏役をやらされるのかと考えると、ちょっと気が重くなるが、瑠奈はその意図を知らないかのように微笑んでいる。
「ほら、手をつなぐとか、恋人っぽく見えるようにしたら、もっとみんなが羨ましがってくれると思うの」
彼女の言葉に、俺はやはりSNSのための彼氏役に徹するしかないと改めて悟る。
だが、それと同時に、彼女がなぜこんなに「リア充」を演じたいのかが少しだけ分かった気もした。
「……まあ、分かったよ。俺で良ければ協力する」
そう言って、俺は肩をすくめる。なんだか彼女を見ていると放って置けない気持ちになってしまう。
瑠奈の目がぱっと輝き、嬉しそうに笑顔を見せた。
「ありがとう、塩谷くん!やっぱり頼りになるなあ!」
嬉しそうに笑う彼女の姿を見て、俺は少しだけ複雑な気持ちを抱えながらも、彼氏役として付き合っていこうと心に決めた。
この奇妙な関係がいつまで続くかは分からないが、瑠奈が求める「理想のカップル写真」を手伝うことで、彼女の「リア充」の演出に少しでも貢献できるなら、それでいいのかもしれない——そう思いながら。
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