第3話 『初デート(?)』


 週末、俺は「彼氏役」として瑠奈と一緒に、SNS映え用のカフェデートをすることになっていた。


 いざこの日を迎えると、何とも落ち着かない気分だ。


 俺はあくまで「彼氏役」であり、本物のデートじゃないと頭では分かっている。

 でも、朝からずっと胸が妙にソワソワする。

 

 学年一の美少女と二人で遊びに、デートに行くのだ。少し前の俺からでは考えられなかったような事だ。


 待ち合わせの場所に指定されたのは、駅近くにあるおしゃれなカフェ。


 店のガラス窓から中を覗くと、流行りのスイーツやカラフルなドリンクが並んでいて、写真映えしそうなインテリアが整っている。

 普段なら俺が足を踏み入れないような場所だ。


「お待たせ、塩谷くん」


 そんな店の前で待っていると、瑠奈が現れた。


 普段の制服姿も華やかだけど、今日の彼女は一段と違った。


 シンプルだけど上品なワンピースに、軽く巻いた髪。

 彼女のSNSで見かけるような"リア充女子"の雰囲気そのものだ。


「あ、ああ……」


 何を言えばいいか分からず、ただ頷くしかない俺に、瑠奈が「行こう」と微笑んで店の中に入っていく。


 彼女は完全に「彼女役」を演じている。それを見ると不釣り合いな感じが増してしまうが俺もせっかくなのだから「彼氏役」を演じ切らなければ。


 店内に入ると、他の客たちがこちらをちらりと見てきた。

 俺たちは空いている席に座り、メニューを開いたが、値段が高くてビビる。

 俺の想像以上に、このカフェは「高級感」がある店だったようだ。


 瑠奈はそのことなど気にも留めず、メニューを吟味しながら「SNS映えするメニュー」を探しているようだ。


 しばらくして、彼女が注文したのは、店の一番人気らしい「クリームタワーパンケーキ」と「カラフルフルーツソーダ」。

 一方、俺は地味に「アイスコーヒー」を頼むことにした。

 ……アイスコーヒー、美味しいよね。


 やがて、注文がテーブルに運ばれてくると、瑠奈の表情が一気に明るくなる。


「わあ、すごい!これで完璧だね!」


 彼女はさっそくスマホを取り出し、パンケーキやドリンクの写真を撮り始めた。

 もちろん、「彼氏役」である俺も一緒に写らないといけないらしい。


「塩谷くん、もう少しこっち向いて」


「あ、ああ……」


 戸惑いながらも、彼女のリクエスト通りにポーズを取る。

 周りの目が気になって仕方ないが、瑠奈はまったく気にしていない様子で、写真を何枚も撮っていく。


 自分たちが本当にデートしているように見せるための演出に、彼女は手慣れているようだ。


 俺がぎこちなく笑顔を作ると、瑠奈は「完璧!」と満足げに言い、さらに数枚写真を撮り続ける。

 俺がアイスコーヒーを飲んでる間も、彼女はスマホを片手に夢中で撮影を続けていた。


 正直、彼女は目の前にいる俺のことなど、ほとんど見ていない。


 彼女が見ているのは、あくまで「SNS上の理想の彼氏」としての俺だ。

 俺はただ、彼女のスマホの画面に映る「演出された彼氏」に過ぎないのかもしれない。


 そう思うと、少しばかり虚しく感じるものだが、これが俺の「偽彼氏」としての役割だ。とりあえず、瑠奈が納得するまで付き合うしかない。


 ひとしきり撮影が終わると、瑠奈はすぐにSNSに写真を投稿し始めた。

 キーボードを打つスピードが早いのは、さすが「SNSリア充」だと言わざるを得ない。


「これでOK……っと」


 数分後、瑠奈が満足そうにスマホを置いた。


 そして少し間をおいて、スマホの画面が再び輝き始める。どうやら、彼女の投稿が次々と「いいね」を集めているらしい。


「やっぱり、いい反応だね。みんな『羨ましい!』ってコメントくれてる」


 彼女が嬉しそうに話すその表情を見て、俺は驚き、少しの嬉しさとともに、呆れのような気持ちがこみ上げてきた。


 SNSの中で、こんな演出で作られた「デート写真」を見て「羨ましい」と言っている人たちがいるなんて。


「……まあ、よかったんじゃないか?」


 そう声をかけるしかない。俺の言葉に瑠奈はニッコリと笑い、再びスマホに視線を落とした。


 俺たちの「デート」はその後も続いたが、正直、瑠奈がスマホを手放すことはなかった。


 パンケーキを口に運ぶ間も、ドリンクを飲む間も、彼女は常にSNSの画面をチェックしている。

 そんな彼女の様子を見ていると俺が「演出」している「彼氏」でしかないのだと実感し、少しだけ寂しさが胸をよぎった。


 デートの終わりに、瑠奈が一言、「ありがとう、塩谷くんのおかげでいい感じになったよ」と笑顔で言ってくれた。

 だが、その彼女の言葉にはどこか距離を感じる。


 店を出る頃には、俺はすっかり疲れ果てていた。


 デートのようでデートでない、ただの「撮影会」だった気がするが、瑠奈には満足してもらえたらしい。


 それでいいはずだ。俺が「偽彼氏」を続ける限り、彼女にとって俺はただの「SNS映えの相手」に過ぎない。


 その帰り道、俺はふと、今後この関係がどうなるのかを考えていた。


「偽彼氏」として彼女のSNSに付き合うのは、一体どれだけ続くのだろうか。

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