第8話 『彼女の心の拠り所』

 瑠奈との「スポット映えデート」の投稿がSNSで少し話題になってから数日。


 瑠奈のフォロワー数は急激に増え続けていた。


 毎日スマホをチェックしては「フォロワーがまた増えた!」と嬉しそうに報告してくる。彼女にとっては、リア充カップルとして注目されることが、何よりも嬉しいことのようだ。


「見て、塩谷くん!フォロワーがめちゃくちゃ増えてるの!」


 昼休み、教室で彼女がスマホを見せてきた。

 そこには、フォロワーの増加を示す通知がずらりと並んでいる。

 驚くべき勢いで増え続けるフォロワーに、瑠奈の顔は喜びに満ちていた。


「すごいな……そんなにフォロワーが増えるものなのか?」


「うん、"面白カップル"として注目されてるみたい。みんな、私たちのことを『不器用だけど可愛いカップル』って思ってくれてるみたい!」


 瑠奈の嬉しそうな顔を見ていると、俺もつい「よかったな」と声をかけてしまう。

 SNSに依存している彼女のことが少し気になりつつも、フォロワーたちに喜んでもらえているのは良いことだと思えたからだ。


 しかし、そんな彼女のSNS人気が高まる一方で、俺には少し気になることがあった。

 それは、コメント欄の中に時折現れる、ネガティブなコメントの存在だった。


 その日の放課後、いつものように撮影を終えて瑠奈と話していると、彼女が急に沈んだ表情を浮かべた。スマホの画面をじっと見つめ、眉をひそめている。


「どうしたんだ、瑠奈?」


 俺が尋ねると、彼女はスマホの画面を見せてきた。

 そこには、「作り物っぽいリア充カップル」「わざとらしい演出が見え見え」「本当に付き合ってるの?」といったコメントが並んでいる。


「……私たちのことを、わざとらしいって思ってる人もいるみたい」


 瑠奈の声には、ショックと落胆が滲んでいた。

 フォロワーの増加を楽しみにしていた矢先に、こんな批判的なコメントを目にしてしまったのだ。

 彼女の表情がみるみる曇っていくのが分かる。


「……気にしなくていいんじゃないか?ネットにはいろんな意見があるし、全部に応えようとすると疲れるだけだぞ」


 俺は少しでも彼女の気持ちを軽くしてあげようと、できる限りの励ましの言葉をかけた。


 だが、瑠奈の表情は晴れない。彼女の中では、こうしたネガティブなコメントが、自分自身を否定されているように感じているのかもしれない。


「でも……私は、みんなに認められたくて……だから、こうして頑張ってるのに」


 そうつぶやく瑠奈の言葉に、俺はハッとした。

 SNSに全力を注いでいるのは、彼女がリアルの世界で満たされない想いを、SNSで埋めようとしているからだろう。


 友達が少なく、居場所を見つけられない彼女にとって、フォロワーの「いいね」や肯定のコメントが、唯一の支えになっているのだ。


「それに、もしフォロワーが減っちゃったら……また、誰からも見てもらえなくなるかもしれない」


 瑠奈がうつむいてつぶやいたその言葉には、深い不安がにじんでいた。

 俺はその表情を見て、胸が痛むのを感じる。

 SNSの反応にここまで心を揺さぶられる彼女を見ていると、どうしても気になってしまう。


「瑠奈、そんなに気にすることないと思うぞ。お前のことを本当に理解してくれる人なら、フォロワーの数とか、そういうことは気にしないはずだから」


 俺が言った言葉に、瑠奈は少し驚いたように顔を上げた。そして、少しだけ笑みを浮かべたが、その目にはまだ迷いと不安が残っているようだった。


「……ありがとう、塩谷くん。でもね、私にはこれしかないんだよ。フォロワーが減ったら、私がここにいる意味がなくなっちゃう気がして」


 その言葉には、俺には理解できない彼女の深い孤独が込められているようだった。

 普段は明るくリア充を演じている瑠奈が、こんなに脆く見える瞬間があるなんて、思いもしなかった。


 しばらく沈黙が続き、俺は何を言うべきか考えていたが、結局、何も言えないままだった。

 彼女が抱える孤独や不安を、俺が簡単に理解して励ますことなんてできないのだ。





 ******



 


 その夜、家に帰ってふとスマホを開くと、瑠奈がさっき撮った写真を投稿していた。


「今日も塩谷くんとデート!」と書かれたその写真には、俺と瑠奈が微笑んでいる。

 見た目は確かに幸せそうなカップルに見えるかもしれないが、俺にはその裏にある瑠奈の不安が頭から離れなかった。


 彼女のアカウントにはたくさんの「いいね」と「羨ましい!」というコメントがついているが、反対に、今日のような批判的なコメントも混ざっている。


 このまま「契約彼氏」を続けていれば、彼女は喜ぶかもしれないが、それが彼女を本当に幸せにするのかどうかは分からない。


「……俺は、瑠奈の本当の姿をまだ何も知らないんだろうな」


 そうつぶやきながら、俺は少し複雑な気持ちで彼女の投稿を眺めた。

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