第26話 12月①

12月、クリスマスを一週間後に控えた街全体が浮ついた気分に高揚する日、時限爆弾は爆発した。


私が担当していた「サイレント・イヤー」で市場不具合が報告されたのだ。市場不具合の震源地はアメリカ。アメリカ向け出荷台数の3%以上が返品されていると報告が上がってきた。

3%と聞くと一見少なそうな印象を受けるかもしれない。だが、この3%という数字はおおごとだ。ここを超えてしまうと商品を売っても売っても利益が出なくなり赤字が膨らんでゆく。しかも、この3%という数字は発売後1年間という条件がつくので、発売してまだ半月も経っていないこの時期にこれだけの返品というのは異常事態だった。緊急会議が招集される。


「アメリカの販売会社からの報告によると返品の70%以上がノイズの指摘で、意図せず耳が痛くなるような音がするというのが大半です。

 販売会社幹部の話によると耳へのダメージを理由とした訴訟の可能性もあり、原因判明まで販売を止めるべきと意見が出されています」

品質情報課の小田さんが凛々しい口調で報告する。それを受けて品質安全課課長のキョさんが口を開く。

「現状だといたかたないと思われます。

 それで、設計では原因をどのように考えていますか?」

許さんからのナイフで切りつけるような冷静な質問にハードウェア設計課の高田課長、トーマさんが答える。

「ハードウェア問題の可能性も0ではないですが、たまにしか発生しないことや外観に問題がないことを考えるとソフトウェア問題である可能性が高いと考えます」


その言葉が会議室に響き渡ると出席者の目線がソフトウェア設計課の諸星課長、ダンさんに集まる。ダンさんはゆっくり口を開く。

「ソフトウェアの問題であろうことについて否定はしません。

 課員の半数を投入して再現試験と原因調査にあたらせています。

 品質保証課でも調査をされていると思いますが、見解をいただけないでしょうか?」


今度は出席者の視線が一斉に岡田課長を向く。岡田課長はにこやかだ。市場不具合が出ている事実よりも自分に注目が集まるのが嬉しいのだろう。

「サイレント・イヤーはみなさまもご存じの通りアメリカでの先行販売となっていて日本では発売前ということもあり、手元に返品された実物がありません。

 それまで手元にあるサンプルでテストをしていますが、まだ問題再現には至っておりません」

「過去の不具合で似た案件はありませんか?」

ダンさんが問う。

「私の知る限り、このような問題は初めてという認識です」

会議に出ているマネージャーたちは無言でうなずいた。だが、私には違和感があった。先々月の末、ずっと残り続けていたBランク不具合と症状が似ているのだ。だが、この場で確証も無しに発言するわけにもいかず、この日の会議は継続調査という結論で散会となった。


会議が終わってすぐ、私は岡田課長に近づく。

「あの......この不具合って、例の足長不具合と似ていませんか?

 中国だけで起きていた」

そう私が伝えると岡田課長はいきなり激高した。

「なにを適当なことを言っているんですか、あなたは!

 これは全く別の不具合です。

 だいたい、中国の不具合は再現せずでクローズしたでしょうが!」

まさか激高するとは思っていなかったため、私はたじろいでしまう。だが、事は重大だ。踏みとどまって反論する。

「いえ、再現はあの時点でもしていました。

 日本で起きていなかっただけです」

「咲山さん、滅多なことは言わないでいただきたい。

 あなたが適当なことを言うとみなに迷惑が掛かります。

 証拠もなしに発言するのは厳につつしむように!」

「......わかりました」


そう言いつつ私は思う。

岡田課長はあの不具合に触れられたくないのだと。あの不具合は岡田課長が独断でクローズしてしまったものだ。仮に現在市場で起きている問題と同じものだとみなに知れ渡ったら、いったいどうなることか。恐らくは数千万、いや億単位になるかもしれない、の損害のペナルティとして何らかの処分があるだろう。

もちろん、担当だった私にも。


翌日、連日開催となった緊急会議の直前、しんちゃんが声をかけてきた。

「咲ちゃん、今日から会議にヤバい人が参加するらしいよ」

「ヤバいって?」

「本部長。見たことない?

 ヤクザみたいな人だよ」

いやいやいや、昭和じゃあるまいし。令和の時代にヤクザは生きていけないでしょう。武闘派で鳴らしたヤクザだって壊滅寸前にまで追い込まれる時代なのだ。


「おいっ、お前!

 今の状況について手短に説明しろ」

ドスの効いた声で色黒の顔に縁の厚い黒縁眼鏡をかけたヤクザ、もとい本部長が命令する。するとダンさんが直立不動でそれに従う。

「はいっ! 現在の最新状況ですが......」

説明を一通り聞くとヤクザは新たな命令を出す。

「チッ! なんも変わってねぇじゃねぇか、昨日と。

 次、品証!」


今度は岡田課長がビシッ! と立ち上がり説明を始める。偉い人の前でしゃべるのが嬉しいのだろう。内容とは裏腹に笑顔を隠せていない。だが、ヤクザはそんな岡田課長を一刀両断にする。

「おい、お前。何へらへら笑ってやがんだ。

 今がどういう状況かわかってんのか?

 だいたい、何で品証は出荷前に不具合を止められねぇんだよ!」

「そ、それはなにぶん発生確率が低い問題でして......」

この岡田課長の言い訳にヤクザのスイッチが入る。

「は? お前、この市場不具合の返品率知ってて言ってんのか?

 3%超えてるんだぞ」

そう言いながらヤクザは会議室を見回す。


「おいっ、アイツはいねぇのか?

 面道。

 こういうのはアイツにやらせろよ」

なんと、ここで昭和おじさんの名前が飛び出した。おじさんはヤクザにも一目置かれていたということか。だが、おじさんはもういない。

「なんだと? 辞めた? いつ?

 どいつもこいつも勝手しやがって。

 後釜は誰だ?」

みんなの視線が私に集まる。私は仕方なしにおずおずと手を挙げた。

「なんだよ。

 こんな若ぇ嬢ちゃんかよ」


私はヤクザの事務所に監禁されたらこんな感じなんだろうか? と思いつつ、この時間が早く過ぎ去ることを願った。

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