第25話 11月②

「昭和おばさん」がいるらしい。

この品質保証部に。

具体的に誰のことを言っているかまではまだわかっていないのだが、品質保証部のフロアにいるとどこかで誰かが「昭和おばさん」というフレーズを口にしているのが聞こえてくる。

最初はおじさんの間違いでしょ? とスルーしていたのだが、複数回耳にすると実在を感じざるを得ない。私は誰が昭和おばさんなのか気になり始めた。


ある日、通りがかった青木 まこと、通称しんちゃんに聞いてみた。

「ねえ、しんちゃん。

 昭和おばさんって聞いたことある?」

するとしんちゃんは、えっ? と少し驚いたような顔をした後、答えた。

「い、いや。

 僕は知らないけど」

なんだか挙動不審だ。ひょっとしておばさんのことを密かに想っていてそれを私に知られたくないとか? あまり追及していい雰囲気じゃなかったので、私は自力で昭和おばさんが誰かを推理することにした。


この品質保証部のフロアには十人ほどの女性が働いているが、おばさんと言われる年代の女性は次の三人だ。

まず、三上みかみ 美園みそのさん。しんちゃんと同じ品質安全課に所属する年齢不詳の美魔女だ。くっきりした目鼻立ちの美人でぱっと見は30代前半に見えるが、実際には40歳を優に超えているらしい。正直おばさんというイメージはないが、この人に恋心を抱く男の人は多いだろう。しんちゃんも同様に思っていても不思議ではない。


次の被疑者は小田おだ 信子のぶこさん。品質情報課に所属する大柄な女性だ。身長は170センチくらいあるのではないだろうか? 身体の大きさ同様、性格も豪快で昭和おばさんのイメージには一番近いかもしれない。


三人目は高松たかまつ 聖子せいこさん。同じく品質情報課に所属する私と同じくらいの背丈、160センチ弱くらいの女性だ。いわゆるおばさん体型でお母さんのような雰囲気をかもし出している。実際、二人の小学生のお子さんを育てているらしい。こういった家庭的な女性に母性を感じる男の人も多そうだ。おばさん、と呼ばれて何の違和感もないだろう。


だが、ここから先は難しい。おばさんという言葉は現代においてセンシティブなワードだ。本人が了承していないのにそんな呼び方をしてしまったら翌日から針のむしろを歩くことになるだろう。さて、どうしたものか......そんなことを考えているといつぞやの女性が視界に入った。確かカスタマーサービスの樋口さんだ。困った顔をしているので声をかけてみる。

「あの、どうかされました?」

「あ、ああ、すみません。

 実はジョグ・イヤーのY《ワイ》への書き込みの件で相談に訪れたんですが......」

YというのはSNSサービスの名称で旧X《エックス》 Message《メッセージ》のことだ。日本では、ここへの書き込みは特に影響力がある。

「面道さん、辞められてしまったのですね。

 それで上司の岡田さんに相談してみたんですが対応を断られてしまって......」


岡田課長ならまず間違いなく断るだろう。業務として定義されていない仕事はやらない、コスト原理主義者なのだから。だが、おじさんならこんな扱いはしなかったはずと思い、私は言う。

「あの、よかったら私がお話聞きましょうか?

 岡田課長にはダマで」

「はい?

 あの、ダマとは?」

「ああ、すみません。

 岡田課長にはナイショで、という意味です」

おじさんがいなくなってからめっきり聞かなくなったおっさん用語だが、すたれさせるのは惜しいと思い、最近は私が率先して使うようにしているのだ。


「実はジョグ・イヤーの機能が不具合と誤解されているようで困っているんです」

話を要約すると、こうだ。ジョグ・イヤーはジョギングのペースメーカーとして使えるように一定時間ごとに電子音が鳴るモードがあるのだが、そのモードに間違って入るかモードを切り忘れるかして、ノイズと誤解されているケースがあるようなのだ。この誤解した人たちがY上で不具合だ! ノイズだ! と騒いでいるとのことらしかった。


「なにか誤解を解くいい方法はないでしょうか?」

うーん......おじさんならどうするかな? 私は考える。

......

!! これならいけるかも!

「とりあえず、FAQに『音楽にノイズがのるときは?』という項目を追加してみましょう。

 それで、書き込みの方は少し様子見ませんか?」

「はぁ、それはもちろんやってみますが......」

樋口さんにしてみれば期待値以下の回答だったのだろう。あまり納得していない顔のまま彼女は去っていった。


「咲山さん! さっきはありがとうございました。

 Yの書き込みなんですが、他のユーザーからレスポンスがついて騒ぎが沈静化しつつあります。

 みなさん、仕様だって理解してくれたみたいです」

笑顔で樋口さんがわざわざ報告しにやってきた。

「そうですか!

 それはよかったです」

私も満面の笑みで応える。

「ただ、不思議なんですよね。

 レスポンスしたユーザーのアカウントが今日作られたものらしくて。

 この質問に答えるだけのためにYを始めたんですかね?」

「さあ、どうなんでしょうね?

 私はあまりSNSには詳しくなくて」

私はすっとぼけながら樋口さんが戻るのを見送った。


仕事時間中に自分の判断でYのアカウントを作って返信したなんて、とても大っぴらに言えることではない。でも、誰かに自慢したいな、しんちゃんにならいいかと思って品質安全課の方に向かった。

お、しんちゃんと確か新人の国見くにみさん、黒髪ロングの天然キャラと言われている女性だ。私が二人に近づいていくと国見さんが口を開いた。

「あ、昭和おばさん!」

え! 私の後ろに昭和おばさんがいる? 遂に誰かがわかる。そう思い私はゆっくりと不自然に思われないよう振り返った。


え? 誰もいないよ?

もう一度、しんちゃんと国見さんの方に首を戻すと国見さんが再び口を開いた。

「おばさんに私、相談があるんです。

 聞いてもらってもいいですか?」

国見さんは屈託くったくのない笑顔で言う。しんちゃんを見ると片手の手のひらで顔をおおっている。

「あ......ゴメン。

 ちょっと、しんちゃんと急ぎで話したいことあるから」

そう言ってしんちゃんを引きずり、その場を離れた。


「しんちゃん、知ってたんだね。

 ひどいよ」

私は本気で抗議をする。

「いや......ごめん。

 さすがに言い出せなくて」

しんちゃんはしょんぼりして見せているが、私の怒りは収まらない。

「だいたい、なんで私が昭和おばさんなのよ。

 こちとら平成生まれだよ」

そう私が言うとしんちゃんが少し驚いたような顔をして言った。

「え、気づいてないの?

 最近のさきちゃん、面道さんみたくなってるよ」

そう言われて私も、え! となる。

「しゃべり方、そんなにおっさんくさい?」

心配になって聞いてみる。すると、しんちゃんは答える。

「それも少しあるけれど、仕事のやり方とか仕切り方っていうの?

 面道さんそっくりになってるよ」

それを聞いてなんだか褒められたような気がして頬が緩む。だが、おばさん呼ばわりはやめさせなくては。


「しんちゃん、今日のことは許す。

 でも、次に私のことをおばさんと呼ばせたら、その時はしんちゃんをバラすから」

しんちゃんは複雑な顔をして答えた。

「わ、わかったよ。

 だけど『バラす』は昭和おじさんがよく言っていたのとは意味違ってると思うよ」

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