第24話 11月①

10月末、私の担当する「サイレント・イヤー」は量産判定会議を何事もなかったようにパスした。

中国でのテストを課長命令で終了した後も、私は日本で個人的に時間を見つけては不具合の再現試験をしていたのだが、結局問題を確認することはできなかった。ここまで再現できないと、確かに岡田課長の言うように日本人が問題にしないような小さなノイズを中国ではおおげさに言っていただけなのかも? とも思うようになっていた。


11月に入って、いろいろな場面で品質保証課の仕事にほころびが見え始めていた。

ある日の朝、出社をすると岡田課長とハードウェア設計課長の高田さん、昭和おじさんはトーマと呼んでいた、が言い争っていた。


「なんで今までやっていた仕事が急にできなくなるんですか?

 おかしいじゃないですか!」

トーマさんは朝からヒートアップしている。

「だから、何度も説明していますけれども、それはウチの仕事じゃないです」

と、これは岡田課長。至って冷静に言い返す。

「じゃあ、いったいこの仕事は誰がするんですか?

 発売までに対応しないとユーザーからの問い合わせが殺到しますよ」

「そんなこと、私に言われても困りますよ」

「困りますよじゃないですよ。

 急に仕事をしなくなった理由を教えてもらえますか?」

「それは......今までは勝手に面道さんが仕事を受けていただけで......」

岡田課長の歯切れが急に悪くなる。どうやら、今月発売の新しいヘッドフォン「ジョグ・イヤー」の対応スマホリストが作られていないらしい。

「面道さんがやられていた仕事なんだったら、誰かこの課のメンバーが引き継ぐべきでしょうが!」

トーマさんはさらにヒートアップしてきた。

「いや、だからウチの仕事じゃないものを彼が個人的に受けていただけなんですって」


そう岡田課長が言うとトーマさんは、はーっ! と大きなため息をついて、やや落ち着いた口調でさとすように言った。

「そんな小中学生の言い訳みたいなこと、部課長会でも言うんですか?

 放置すればするほど問題が大きくなりますよ。

 どうしても岡田さんのとこでやれないと言うならウチで引き取りますが、当然上には報告することになりますよ」

これは最後通牒つうちょうだ。さすがのコストカッター岡田さんも引かざるを得なくなった。


岡田課長はわかりましたと言い、この場に家永君を呼び寄せる。

家永君は元々ディスプレイオーディオの担当なのだが、昭和おじさんの急な退職によってヘッドフォンについてもサポートを命じられていた。

「家永さん、悪いけどこの仕事、これからやって。

 納期は今週中」

この時点で家永君は固まってしまった。

それはそうだろう。今までやったことのない仕事をいきなり押し付けられたのだ。しかもあと3日という短納期で。正気の沙汰ではない。

「どうした、できないのか?」

岡田課長が心配そうに家永君の顔をのぞき込む。

「やり方がよくわからないので......何から手をつければいいのか......」

うつむきがちに家永君は答える。そして、岡田課長とトーマさんも目を合わせ黙り込む。

そう、この仕事は昭和おじさんが一手に引き受けてやっていたので詳細は誰も知らないのだ。

私以外は。


「あの、もしよかったら私が手伝いましょうか?

 担当商品も先月完了して少し時間があるので」

私が控えめに割り込むとトーマさんが口を開いた。

「お、咲山さんか。

 そうか、君ならできるかもな。

 頼まれてくれるか?」

トーマさんは私のチューターがおじさんだったことを知っている。ある意味当然の反応だった。

「高田さん、勝手にウチの課の業務分担に口を出されてしまっては......」

「じゃあ、誰がやれるんですか、この仕事。

 この場面で何が一番大事かよく考えてください!」

ピシャ! と岡田課長の反論を瞬時にシャットアウトする。

ここで私も口を開いた。


「では、引き受けさせていただきます。

 ただ、今からだと今週中は間に合わないので期限は来週水曜日とさせてください」

「いや、それだと発売に......」

と、これはトーマさん。被せるように私は言う。

「これはこの業務を受ける上での前提条件です。

 対応リストが遅れることについては発売日にwebページで告知をしてください。

 一週間以内にリストを掲載けいさいすると。

 これは設計側で対応をお願いします。

 これで問い合わせはほぼおさえ込めると思います」

私はおじさんならどうするだろうと思い浮かべ、指示を出す。


トーマさんはわかった、とうなずきとあごをでまわしながら感慨かんがい深そうに言った。

「なるほど、さすがは面道さんの愛弟子まなでしだね。

 今の突貫とっかん工事の指示なんて、面道さんが乗り移ったみたいだよ」

トーマさんはニコニコ笑っている。

私は急に恥ずかしくなって顔が熱くなったが、それと同時におじさんの存在を感じ嬉しくも思うのだった。

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