第27話 12月②
時限爆弾が炸裂してから3日、私たちは朝から晩まで原因究明のための設計レビューやら不具合再現テストやらに時間を使い続けていた。問題の震源地のアメリカからは継続して問題が広がっているとの報告が上がってきているのだが、日本では未だに問題の再現すらできていない、異常事態が続いていた。
関係者は一日に一度集まって会議をするのだが、出席者の疲労の度合いが見てとれるようになっていた。ある者は無精ひげ、ある者は顔色が、またある者は目の下にクマが浮き出ていた。私もクマがひどいなと昨日あたりから気になっていたが、最低限女性のたしなみとしてコンシーラーを使い頑張って隠していた。
「アメリカでの返品は増え続けていて現在は出荷台数の4%に迫ろうとしています。
新規出荷については現地販売会社の判断で昨日からストップしています」
小田さんが報告する。彼女もいつもより声量が小さくなっており、疲れは隠せない。
「次、品証!」
ヤクザ、もとい本部長がいつの間にか毎回の会議を仕切るようになっていた。岡田課長がはいっ! と小学生高学年のような返事と同時に立ち上がり説明する。
「品質保証課では10名を投入して再現テストを毎日午後10時まで継続していますが、今までのところ問題の再現には至っていません」
「なぜ日本では再現できない?」
「そもそも問題の詳細把握ができていないのと、発生条件を特定できていないのが理由です」
ヤクザは不満顔だ。これでは進捗がないと言っているのと同じだからだ。
私も説明を聞きながら心苦しくなる。本当は今すぐ中国に飛んで類似問題をこの目で確認するべきなのだが、岡田課長の答えはノーだった。経費に見合わない、というのもあるが、それ以上に葬り去ったはずの不具合が注目を浴びることを避けたいと考えているらしかった。
それに、私自身もそれほど中国に行きたいと思えない理由があった。大学の同期の女子でクリスマスパーティーを開く約束があるのだ。いま中国に行ってしまえば欠席せざるを得ないだろう。お金は既に払っているし、12月の飲食店は強気だ。今からキャンセルしてお金が戻ってくる可能性は低いだろう。それに同期に、仕事に一生懸命すぎると思われるのは恥ずかしいという気持ちもあった。ただ、おじさんならどうしただろう? その点が、喉に引っかかる小骨のように気がかりだった。
世間はクリスマスに浮かれる中、金曜日の夜も私や課のメンバーは再現テストをひたすら続けていた。だが、目立った成果は得られずひとり、またひとりと体調不良で戦線離脱者が増えていた。疲労もあるが、毎日の会議でヤクザから受けるプレッシャーも相当だ。私もできることならそうしたかったが担当商品だという責任感から踏ん張っていた。
でも......しんどい......。
社内はみな疲れ切っていて頼れる人はいない。
おじさんに......会いたい。
金曜日の夜11時過ぎ、数名のみが居残るオフィスでふと思う。
おじさんならどう解決するだろう?
話だけでも聞いてほしかった。
もう自分には問題を解決できる能力も体力もない、そう思ってメッセージを送ってしてしまった。
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仕事でトラブっています。
相談のお時間をもらえませんか?
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本当はいろいろなことを書きたかったが疲れきっていてこれが限界だった。別に期待していなかった、といえば嘘になるが返事はすぐにきた。
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かおりチャン👧、コンバンハ❗🌞
今日は、元気カナ❓^_^
おじさん🤗が、元気にしてア・ゲ・ル❤😘
ナンチャッテ😆😆
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予想外のメッセージの内容に思わず吹き出してしまった。
何度か読み返し、ゲラゲラ笑う。
金曜日の夜のハイテンションがそうさせる。オフィスに残っている何人かが遂に狂ったか? という目でこちらを見るが、みな疲れていてその場から動かない。
私はこのくだらなさすぎるメッセージをひとり、元気に変えていた。
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