第16話 7月②

つい一昨日まで昭和おじさんが担当していたヘッドフォンのソフトウェア量産判定会議がこれから開かれる。発表者はソフト設計課の伊藤さん、そして品質保証課はおじさんではなく岡田課長だ。私は複雑な思いを抱えながら議事録担当として会議に参加した。


冒頭、伊藤さん、そして岡田課長が挨拶をする。

「どうも、みなさん。

 初めての方も多いかと思います。

 品質保証課で課長をやっております岡田です。

 この商品ですが、今まで品質保証課ソフト係としては面道が担当しておりました。

 面道が業務多忙で回らなくなっておりましたので、ヘルプで一昨日より私が業務を引き継いでおります。

 本日はよろしくお願いいたします」

丁寧な口上だがこれまでの経緯やこの挨拶を聞いて血が頭に上りそうになる。面道さん、つまり昭和おじさんが多忙なことは確かだが業務は問題なく回せていた。なのに、まるで能力の足りない部下を手伝ってやったと言わんばかりではないか。深呼吸をして気持ちを整え、議事録をとるため無心でキーボードを叩く。


まずはソフトウェア設計課からの発表だ。当初、伊藤さんも品質保証課の担当が変わってやりにくそうにしていたが発表が始まると段々と調子が出てきたのだろう。尻上がりに説明のテンポや活舌かつぜつが良くなる。30分ほどかけてソフト設計パートの説明を終えた。

次は品質保証パート、岡田課長の説明だ。さすがに説明を自分から買って出るだけあってスタートからよどみない説明だ。私はなんだかくやしくなってしまい、下唇を噛みながら議事録をとり続ける。


品質保証パートは15分ほどで説明が終わった。よどみない説明だったこともあり、予定より5分ほど早い。特に質問がなければ最終の判定となったところで手が挙がった。

「すみません。

 ハードウェア設計課の高田たかたです。

 品質パートについて質問いいですか?」

トーマさんだ。岡田課長は余裕の表情でどうぞ、と質問を促す。

「資料の9ページに記載されている不具合総数と15ページに記載されている不具合数が異なっています。

 これはどちらが正しいのですか?」

岡田課長の動きが固まった。予想していなかった質問なのだろう。資料をみんなの見ている前で行ったり来たり何度か往復して確認する。額に汗がにじんでいるのが見てとれる。


「えっと......これは、ですね......そう、誤記、誤記になります。

 資料については面道の作成でして、大変申し訳ありません」

苦しそうに言い訳をする。しかも、この期に及んでおじさんの責任だと言わんばかりだ。だが、トーマさんの追及は続く。

「資料を誰が作ったかは聞いていません。

 私の質問はどちらの数値が正しいかです。

 どちらなのでしょう?」

会議室の空気が凍り付く。岡田課長は額、いや顔全体から汗が止まらなくなって洪水さながらだ。無言のまま十数秒が過ぎる。


トーマさんが再び口を開く。

「不具合数は判定基準の根幹に位置する数字です。

 その数字に誤記があり正確な数字がわからないということであれば判定保留とせざるを得ませんがよいでしょうか?」

トーマさんは岡田課長より2、3歳は若いはずだが有無を言わせない口調で宣告した。さらに十数秒が経ち判定中止もやむなしと思ったとき、手が挙がった。おじさんだ。


「高田課長、一昨日までこの商品を担当しておりました面道から説明します」

いつもとは全く違う、ビシッとした口調だ。このギャップになぜか私の頭は熱くなる。

トーマさんとおじさん、普段はしょっちゅう立ち話をしている関係で仲は悪くないと思うのだが、公式の会議の場でセンシティブな話になっているせいか、ふたりともバチバチの戦闘モードだ。

「まず、この二つの数字ですがどちらも正しいです」

これに対してトーマさんから間髪入れず反論があった。

「先ほどの説明では誤記とのことでしたが?」

「品質保証課として正しい説明ができずすみません。

 重ねて述べますが二つの数字はどちらも正しいです」

トーマさんは無言でうなずき先を促す。

「最初の数字は不具合管理ツールに登録された不具合の総数、二つ目の数字はそこから仕様と判断された案件を除いた数値になります。

 間のページに説明があるのですが、その説明と数字との関連がわかりづらく申し訳ありません」

そこまで言うとトーマさんはわかりましたと述べ、矛を収めた。


この後もいくつかの質疑応答があったが、それらはいずれもソフト設計に対するもので伊藤さんがそつなく回答をした。質問が出切ったところで判定となったが、ここでもトーマさんが口を開いた。

「判定は合格です。

 ただ、今日の品質保証課の説明はお粗末なものでした。

 失礼ながら岡田さんは今日、どのような立場で参加されたのでしょうか?

 今回だけスポットでの説明ですか?

 それとも今後このプロジェクトを最後まで引き継ぐということでしょうか?」

「......最後まで引き継ぎます......」

消え入りそうな声で岡田課長は答える。

「であれば、もっと入念な準備をしていただきたい。

 量産判定会議というのは設計において最も重要度の高い会議の一つです。

 その会議において虚偽の説明をされたということに私は納得いっておりません。

 業務平準化へいじゅんかも結構ですが、それよりも大事なことがあると認識を改めていただきたいです」


これではまるで公開のお説教だ。岡田課長にとっては屈辱以外のなにものでもないだろう。相手も同格の課長とはいえ年下の相手にこてんぱんにやり込められているのだ。岡田課長は椅子に座ったまま顔を上げることができず、ずっとうつむいたままだ。

私はその姿を見て溜飲りゅういんを下げつつ、この先大丈夫だろうか? おじさんは逆恨みされないだろうか? という不安を感じていた。

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