第9話 5月⑤
中国に来てから数日が過ぎた。明日は昭和おじさんが先に帰国する日だ。中国に来る前は一人海外に残されてやっていけるだろうかという心配があったが、それも
お昼過ぎ、オフィスで中国人スタッフのテストを観察していると、楊さんが話しかけてきた。
「今日の夜は歓迎会をしますネ。面道サンは明日帰っちゃいマスけど」
中国語なまりだが聞き取りやすい日本語だ。
「ありがとうございます。嬉しいです」
といいつつも少しだけ不安が
と、現場の評価ルームに昭和おじさんが現れた。
「かおりチャン、今晩の歓迎会、食べたいものある?」
意外な提案だった。こうした宴会はてっきり現地の人のお勧めの店に連れていかれるものと思っていたのだが、このタイミングで聞かれるとは。
「じゃあ......たまには日本食がいいです」
現地のスタッフが気を悪くしないかな? そんな気持ちもあったが勇気を出して言ってみる。
「そっか、かおりチャンは日本食が食べたいんだね」
そう言ってニコニコしながらおじさんは去っていった。
夜、宴会の時間、私はコテコテのという表現でいいのだろうか? どこからどう見ても中華料理店の前に立っていた。私は隣にいるおじさんに聞いた。
「あの......私の希望は?」
おじさんは一言、ん? と。
「いや、お昼に聞いてきたじゃないですか。食べたいものあるかって」
抗議の意を強めの語気で表現する。
「ああ、日本食が食べたいんでしょ?」
ちゃんと通じていたと思い、うなずきながら返答する。
「見た感じ、どうみても中華なんですが」
「そうだね」
おじさんは、それが何か? といった風で答える。
「いや、私はてっきり自分の希望の......」
そこまで言うとおじさんは急にニヤニヤし始め種明かしをした。
「ああ、あれは聞いてみただけだよ」
やられた......。
私は周りが誰もこちらを見ていないことを確認し、笑顔でおじさんの腹に拳を叩き込んだ。
中華は悪くない、いや、おいしいと言って差し支えないレベルのものだった。おじさんに一瞬、気を許して隙を見せた自分に腹が立ったが、それも期待を上回る食事で洗い流された。お酒も入って適度に気持ちよくなったところで、隣に座っている玉田さんに話しかけた。
「玉田さんは面道さんと古くからのお知り合いなんですか?」
玉田さんはほろ酔い加減の顔で答えてくれた。
「ああ、10年くらい前かな。私が日本でソフト設計課長をやっていた時に彼が部下としていたんだよね。彼、面白いでしょ?」
「まあ、面白いか面白くないかといえば面白い方かもしれませんが......」
私は評価しかねるといった感じで返答した。
「まあ、昔はあんなんじゃなかったけどね。いわゆるハードワーカーで帰りはほぼ終電だったんじゃないかな?」
私は玉田さんの言葉がにわかには信じられなかった。おじさんは仕事はできるが帰りもいつも早く、19時以降は会社にいるところをほとんど見たことがなかった。
「ま、彼もいろいろあったからね。上司に恵まれなかったり、プライベートがうまくいかなかったり......」
そこまで玉田さんが言うと面道さんが乱入してきた。
「ちょっとちょっと! なに人の話で盛り上がってんすか! 玉田さん、今日は二次会行きましょうよ!」
すっかりおじさんは上機嫌だ。
「二次会かー、言ってもいいけどお金あるのか? 最近また
玉田さんが言葉のボールを投げ返す。
「お金なんかどうでもいいんすよ。中国といえば二次会ですからー」
とおじさんは行く気満々。それにつられて私もつい言ってしまった。
「私も二次会、お付き合いしていいですか?」
そう言うと二人は顔を見合わせ、おじさんが言った。
「中国の夜は女性には危険すぎるからな。今日はまっすぐホテルに帰りなさい」
食事が終わり、私はホテルに向かうタクシーの中にいた。道案内は中国に来てからずっとお世話になっている楊さんだ。彼女とは最近、プライベートなことも結構話す友達以上、親友まであと少しという関係になっていた。
「玉田さんと面道さんに二次会一緒に行きたいって言ったら断られちゃったんですけど、そんなに危険なんですか?」
素直な疑問を楊さんにぶつけてみる。
「危険かもシレナイね、男の人にハ」
楊さんからは男たちの説明とは真逆の答えが返ってくる。
「あれ、さっきは女の人が危ないって言っていたけれど?」
私がそう言うと、楊さんは笑いながら
「女のヒトがいっぱいいる店にイクからね。よく、男の人ダマサレルよ」
と言った。
私はなあんだ、おじさんもやっぱりそういう所に行くんだなと思いつつ、玉田さんに聞いたおじさんの過去を想像し、今日くらいは許してやろうという気持ちになった。
次の更新予定
2024年11月25日 18:00
え、私のチューターが昭和おじさんって本気ですか? ロン・イーラン @dragon_1
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