第6話 5月②

翌朝、出社して席で仕事道具を取り出していると昭和おじさんが席にきて言った。

「かおりチャン、パスポート持ってる?」

私は何のことかわからず

「......はい」

と警戒心をあらわにしながら答えた。するとおじさんは

「オーケーオーケー、バッチグーよ」

といい自分の席に戻っていった。私はなんだろう? と朝から不安に包まれた。


お昼過ぎ、クマさん、昭和おじさんとの会議が設定された。私の担当プロジェクトの件だ。こういう会議はだいたいの場合において気が重い。だけれども今回はおじさんがなにかしらうまくやるだろうという安心感がある。パスポートの件を除いて、だが。会議5分前になったので私は会議室に移動する。既に会議室にはクマさんがいた。会議開始までの場つなぎのつもりか、クマさんが話しかけてきた。

「面道はどうだ? うまくやっているか?」

私は一瞬会議室の入口に目をやり、まだおじさんが入ってこないのを確認して答えた。

「正直、あまり得意ではないです。言葉が時々わからないのと、何を考えているのかわからないことが多くて」

これは私の率直な意見だ。それに対しクマさんは言った。

「そうだろう、そうだろう。あいつは周りの人間をけむに巻いて楽しむようなところがあるからな。だが、仕事はできるからな。やわらかくてつかみどころのない奴だが咲山は固すぎるところがある。奴の仕事を見て吸収できることがあればいいと思っているよ」

それに対して発言しようとしたとき、おじさんが会議室に入ってきた。


「いやー、メンゴメンゴ。エレベーターが渋滞して」

いきなり昭和ギャグをかますがクマさんも私も相手にしない。クマさんは無視して会議を開始した。

「問題の概要はソフト課長や面道から聞いているが、改めて現状の問題点を咲山から説明してくれ」

いきなりきた、と思いつつ用意してきた言葉を並べる。

「まず第一にソフトリリースが予定に対して5週間遅延しています。それに対して現状テスト完了日は6月中旬とそのままになっていて、テスト期間が8週間から4週間に減少しています」

クマさんはそれを聞いてうなずき、おじさんはギャクがスルーされたせいか少ししょんぼりしている。私はそんなおじさんを見なかったことにして続ける。

「第二にテストサンプル台数が足りていません。追加人員を投入するにはサンプルについても追加提供が必要ですが、現状設計に余剰がありません。しつこく要求すれば1台くらいは追加がもらえそうですが、とても4週間でテスト完了できる台数には届きません」

クマさんは細かく何度もうなずき、私から他の問題点がないことを確認して口を開く。

「それでどう対処するのがいいと思う?」

「はい、人員の追加投入やサンプルの追加投入についても検討しましたが抜本的な解決には至りません。日程の調整しかないと考えます」

私の案を聞いてクマさんは少し目をつぶり、今度はおじさんに問うた。

「面道も同意見か?」

おじさんは意見を求められて困ったような顔をし頭を何度かかきながら話し始めた。

「問題点の認識については合っています。対処案としても普通に考えれば日程ばらしてってことになるでしょうね」

日程ばらしというのは日程の再調整のことだろう。それはさておき、あえて普通という言葉を使ったのが気にかかる。それはクマさんも同様のようだった。

「じゃあ、普通じゃなかったら?」

その質問を待ってましたと言わんばかりに、おじさんは満面の笑みで答えた。

「サンプルは検証機関から回収して数増しします。いまいま我々が持っているサンプルとガッチャンコですね。そして、かおりチャンにはテスト現場、中国に飛んでもらいます」

私は驚き口を開いたまま、おじさんの方を見た。


「ひどいじゃないですか、何の相談もなしにいきなり海外だなんて!」

会議が終わるや否や私はおじさんに抗議した。だが、おじさんは平然と答えた。

「パスポートの話を朝したから、ある程度は察してたでしょ? それに出張って本来こうあるべきだから。視察だけが海外出張じゃないよ」

いかにもな模範解答だが、こう私の意思を無視したまま進められると腹も立ち毒を吐きたくなる。

「それって梶ヶ谷参事と面道さんがタイにご一緒した時みたいな出張ってことですか?」

そう反論するとおじさんは目を白黒させて急に挙動不審になった。

「ま、まあ出張の最初は俺も同行するから。週明け月曜フライトで考えておいて。ある程度出たとこ勝負になるけれどKKDケーケーディーで乗り切れる範囲だと思うから」

相変わらず最後の一文は意味不明だと思いながら、私は出張準備を始めた。

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