第3話 4月③
昭和おじさん、しんちゃん、私の三人で横浜駅からの移動中、私は昭和おじさんに質問した。
「それで、先方に着いたら私たちはどうすればいいんですか?」
おじさんは一瞬あごに手をやって考えるそぶりを見せ、それから一呼吸おいて答えた。
「何もしなくていいかな。俺のやることを見ていればいいよ。いや……」
そこで一度言葉を切り、また考える仕草をしてから再びしゃべりだした。
「俺の背中をみて技術を盗むってのがいいな」
私はその言葉を聞いて昭和の大工かよ! と心の中でつっこんだが、そのつっこみもおじさんのがはは! という笑い声にかき消された。
「オンダの面道です。いつもお世話になっております」
大声でおじさんは検査機関の担当者、
「今回は私どもの不手際で三谷様には大変ご迷惑をおかけしました。我々のミスでご迷惑をおかけし大変、大変申し訳ございません」
ばか丁寧な言い回しだ。おじさんからすれば担当の三谷さんなんて一回り以上年下だろう。そんな若造相手に腰を90度折り曲げて謝罪する。おじさんからは何もしなくていいなんて言われていたが、おじさんが頭を下げて私たちが下げないのは明らかにおかしいだろうと気づき、ワンテンポ遅れて私としんちゃんも頭を下げる。
「それで......大変恐縮、恐縮なお願いではあるのですが検査の前倒しをお願いできないでしょうか?」
顔を地面と平行にしながらおじさんが交渉を始める。だが、三谷さんもこういう場は慣れているのだろう。三谷さんは少なくみても一回り、下手をすると20歳年長のおじさん相手に冷たく言い放つ。
「そんなことを言われても困ります。私どもとしてもスケジュールを物によっては半年以上前からスケジューリングしています。ここで御社のテストを割り込ませるとほかのテストに影響がでてしまいます」
それに対し、おじさんは
「そこをなんとか、なんとか」
そう言ったきりお辞儀をした状態から動かない。おじさんが元に戻らない以上、私としんちゃんもお辞儀を崩せず辛くなってきた。ダメって言われているんだから諦めるしかないじゃない、そんなことを考えていると会議室のドアノブが鳴った。
「面道君?」
60歳くらいだろうか? おじさんより少し年上の白髪のおじいちゃん、こういう人を
「
おじさんがようやく顔を上げ、大声で挨拶をした。
「参事はやめてよ、お尻がむず
おじいちゃん、梶ヶ谷参事も歳の割によく通る声で答える。
「いや、あの頃は梶ヶ谷さんにお世話になりっぱなしで。今でもタイにご一緒した時のこと、よく思い出しますよ」
おじさんの先ほどまでの恐縮っぷりはどこへ行ったのか、友達と話すような口調に変わっている。
「タイはよかったよね。仕事だけじゃなくてさ。女も......」
梶ヶ谷参事はそこまで言って私の存在に気付き、おじさんと目を合わせる。
「その話は近いうちに
おじさんはニヤニヤしながら昔話に一区切りつけた。
改めて会議室の中を見ると先ほどとはみんなの表情がまるで違う。私としんちゃんはお疲れモード、おじさんと梶ヶ谷参事は精気にあふれている。それに引き換え、三谷さんは居心地が悪そうだ。
「それで、どんな用件で来たんだっけ?」
ようやく梶ヶ谷参事から仕事の話が出る。
「実は我々のビジネス上、大事な商品の製造販売が目前に迫っているのですが、私の指示確認漏れで検査の依頼ができておりませんで」
嘘だ! 私は真っ先に思った。検査の依頼ができていなかったのは事実だが、それはおじさんの仕事とは関係ない。
「大変申し訳ないのですが、検査をなるはやでお願いしたく」
また、おじさん特有の言い回しだが、さすがに「なるはや」はなるべく早くだとわかる。
「いいよいいよ。さすがに今日は無理だと思うけど明日明後日くらいかな? それくらいはできるよね? 三谷君」
梶ヶ谷参事はOKとしつつ三谷さんに了解をとる。
「いや、しかし参事。割り込みを許すとあとのテストが......」
そこまで言うと梶ヶ谷参事の顔色が変わった。
「三谷君、それくらいはパンツ履いた日程になってるんだろう? 何を意地悪なことを言っているんだ。お客様の要望には最優先で応えたまえ。そんなことだから我々はいつもお役所仕事なんて言われているんだ」
梶ヶ谷参事の「パンツ」のくだりはよくわからなかったが、何とかしてくれるというのは伝わった。我々、いや昭和おじさんは目的を達成したのだ。
そして昭和おじさんは帰り際、梶ヶ谷参事に対してこう挨拶した。
「では梶ヶ谷さん、今日のお礼は近いうちに。ザギンでシースーでも!」
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