第2話 4月②
もうすぐお昼時、そんな時に事件は起こった。
同じ品質保証部内の別の課、品質安全課の周辺がなにやら騒がしくなっていた。
首をひねって騒ぎのする方をみると品質安全課の
青木君、名前が青木
私の席の近くで騒ぎを遠巻きに見ていた昭和おじさんがいきなり話しかけてきた。
「さっきのなんだったの?
本人はうまいジョークを言ったつもりなのだろう。ニヤニヤを隠そうともしない。
「さあ? 別の課のことですし」
ちょっと冷たい言い方だが実際何も知らないのだから、こう答えるしかない。
「そうか。俺らの仕事にも影響あることかもしれないからあとで聞いておいて」
先ほどよりは幾分か真面目な顔になって私に告げ、おじさんは去っていった。
「しんちゃん、たまには一緒にお昼行こう!」
昭和おじさんに言われたからではないが、私も騒ぎの原因は気になっていたのでお昼休みになるやいなや早速声をかけた。
「......いい、食欲ない」
しんちゃんは青木の名が表すように青い顔をしたままだ。
「いいから、お茶だけでいいから付き合いなよ。私は食べるけど」
半ば無理矢理しんちゃんを引きずって社員食堂のテーブルに陣取った。私は自分の食料としんちゃん用のお茶を確保して尋問を開始する。
「で、なんだったの? さっきの?
場を和ませるためには仕方がないと自分に言い聞かせて、昭和おじさんの昭和ギャグを使い回す。
「明後日判定会議のあるフラッグシップモデルのヘッドフォンあるでしょ? あれの材料試験の結果がまだなんだ」
しんちゃんがうなだれながら答える。
「結果がこないのなんて、しんちゃんの責任じゃないじゃん」
私はすかさず擁護する。
「いや、俺が依頼を忘れていたんだ。さっき検査機関に電話したんだけれど、急いでも二週間後だって。このままだとゴールデンウィーク前の発売、どうやったって間に合わないよ」
そう言ってしんちゃんは食堂のテーブルに突っ伏した。私は、こりゃ想像以上に事態は深刻だな、私の仕事どころか会社全体の業績に影響ある話かもしれないと思いながら味のしなくなった定食をかきこんだ。
「しんちゃん、私先に戻るね」
そう言って席を立つ。のんびり昼休みを満喫してから報告する内容じゃないと私の脳内のアラート音が鳴りだしている。オフィスフロアに戻り扉を開けると昭和おじさんの姿が見えた。課のメンバーと机に腰を掛け話をしている。おじさんはおじさんで情報収集をしているということなのだろう。私が席に戻ろうと歩いているとおじさんが私に気付き声をかけてきた。
「なにか情報は聞けた?」
おじさんは真面目顔のままだ。
「はい。想像よりも悪そうです」
そう前置きして、先ほどしんちゃんから聞いた話を要約して伝えた。そして、こう付け加えた。
「ただ、試験機関相手のことなので私たちができることは基本的にないと思います」
試験機関とは国の法律を守っているかを検査する組織で国の組織ではないものの、いわゆるお役所な面があり融通が利かないと聞いている。元々の発売日に間に合わせるには明後日の判定会までにテストしてもらいレポートを発行してもらう必要があるが、私たちの課のテストとは内容があまりにも違うのでしんちゃんや品質安全課を手助けできないだろう、そんな風に考えたのだ。だが、おじさんの反応は私の予想とは違った。
「なるほどね。おおよその話は聞いていたけど詳細がわかったよ。ダンケな! ちょっと許さんとも話してみるよ」
おじさんはまたよくわからないフレーズを混ぜて私に告げると、許さんの元に歩いていった。
「シャオフェイ、ちょっといい?」
そうおじさんは声をかけ、なにやら怪しげな言語で許さんと会話を始めた。基本は日本語なのだが時折中国語のような「ハオ」だとか「ドゥィ」だとか「カーイー」みたいな言葉が混じる。5分くらい話をしただろうか、おじさんが戻ってきた。しんちゃんを連れて。
「青木君とかおりチャン、ちょっといい? これから俺が検査機関に直接謝りに行くことにしたよ。13時になったらここを出るから、青木君とかおりチャンは一緒に行く準備をして。かおりチャンは直接関係ないけれど、ここは全員野球で!」
私はそれを聞きながら、おじさんも関係ないじゃん! とか今日二度目の全員野球いただきました! とか思いつつ、この哀れな同期を救ってくれるのであればという気持ちが勝り
「はいっ!」
と間髪入れずに返事をした。
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