1‐3 犬も死体もありえない

 待ち人は、なぜか大学内いた。

 どこから見ても目立つ赤のシャツに黒のパンツというシンプルな服装に黒のウルフカットから覗く金の大きめのリングピアス。新宿で歩いていそう、かつどこか薄っすらと地雷の匂いを醸し出しているこの男こそが、俺の十年来の親友である吾妻屋粳だ。

 大川が見たら飛び跳ねて手を取りながらおこぼれを期待するほどの長身美形、あと俺の友達だと言っても信じて貰えそうにないほど纏っている雰囲気に天と地ほどの差がある。

 吾妻屋はしゃがみこんで鳩に人参の形の袋に入ったポン菓子を自分の周りにばら撒いて餌付けしていた。

 ここに来るまで餌付けしないでくださいと書かれた看板があったはずだが、見ていないんだろうな。通りすぎる人たち全員がなにか一言言いたそうな表情で通り過ぎていく。それにならって、俺も知らない人の振りをして素通りしたい。

 このモニュメントは待ち合わせの象徴であるはずなのに、知らない男がポン菓子を撒いているせいで周りには誰も待っていなかった。

 声、掛けたくねえな。この非常識に知り合いだと思われたくねえ……。

 この男、奈津生でもないのによくこれほどまでに堂々と出来るものだ。関心するよ。

 俺は無視して帰りたい葛藤と、ここまで来て後でこっそり置いて帰ったと知った時の吾妻屋の面倒くささを天秤にかけた。

 「よお」

 背後から声を掛ける。吾妻屋は肩をびくりと震わせて、勢いよく後を振り返った。そして、俺の顔を見て、顔をほころばせて足元に抱きついた。

 知らない人から見たらまるで俺がこの男を泣かせているみたいに見える。しかし当の本人はこんな調子で、周りの様子を気にする様子もなく言った。

「お! 桐子おはよーう。待ってたよ。あと心配して来ちゃった」

「知ってる。LINE見たから」

 数十分前、このモニュメントの前にいると鳩と自撮りしている写真が送られてきていた。約束と違うし、返すと、早く来いだとかうるさいことは目に見えて分かっていたから俺はそのLINEに一切の返信は返していない。

 それどころか、俺は吾妻屋を待たせていると知りながら授業後に図書館でゆっくりと本を返却してゆっくりとここに来た。

「授業前に連絡するなとあれほど言っているのに何だよ。ほんとまじで連絡するなって」

「そう怒んなって。桐子もさあバイトしなきゃなんないんだろ? 新しい依頼が入ったからこうやって迎えにきてやってんのに」

「車は? お前車どこに停めたんだ?」

「もちろん桐子のマンションの前だけど」

「バカ」

「まあそう怒んないでよ。学校から一緒に帰るの久しぶりじゃん」

 そりゃあお前が大学生にならなかったからだろ。

 あっけらかんと吾妻屋は明後日の方角を観ながら口笛を吹いた。それじゃあ俺達はこの男が持ってきたという依頼をこなすために俺を迎えにきた吾妻屋を連れて自分の家に帰らくてはいけないわけで。

 とんだ無駄足じゃないか。

 迎えにきたわけでもなくただ、下校気分を味わいにきただけで、車で帰れると踏んでいた甘い考えを打ち砕かれた俺は肩を落とした。

 ところが、吾妻屋の方は何をしているかというと落胆と徒労に頭を抱えている俺を放置してポン菓子を頬張っていた。すでに餌付けが完了している吾妻屋の周りには鳩が取り囲むようにして群がり、指の隙間からこぼれ落ちた数粒のポン菓子を我先にと奪い合い争奪戦になっている。

「取り敢えず帰ろうか。依頼内容は帰りながらでいい?」

「いいよー」

 吾妻屋は膝を伸ばして群がっている鳩に向けて「もう帰るから」と言って突然わっと声を出した。すると鳩は一斉に空に向かって散り散りになっていき戻ってこなかった。

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