1‐4 犬も死体もありえない

「今回の依頼は犬探し。新規の人でさあ、近所の小学生の女の子なんだけど。他人に貸しを作るには早いよね。でもさあ、健気なんだよ。公園で一時間くらいずっと犬探してんの。見つかったら家にあるお高いお菓子をくれることになってる。僕、甘いの好きだからさあ、今から楽しみ、見つかるといいよね」

 帰りの電車で揺られ仲良く横に座りながら、吾妻屋はさっと概要を話し始めた。

「てことはお前はまたタダ働きで、俺もタダ働きか」

「貸し屋は返されるまで何が返ってくるのか分からないところがいいんだろ? さすがに小学生相手に大きな貸しを要求するほど僕は利益を求めてないよ。なんたって儲けてるから」

「そういうのは自分で口に出していうもんじゃないだろ。あと利益は出してくれ。俺は生活がかかってる」

 吾妻屋は「僕は事実だと思うけどなあ」と見当外れの言葉を返して頬をかいた。揃えた両足をほんの少しだけの前に出して、腰を深く座って伸びをする。吾妻屋の隣に座っているパーカーの男がじとっとした目でこちらを睨んできた。

 内心こいつがどうもすみませんと謝りながら、吾妻屋の伸び切った腕を掴んで膝の上に置く。

 「まあでも貸し屋って儲けるためにやったら終わりだからな。小学生相手にするくらいがちょうどいいよ」

「よく言うよ」

 吾妻屋がやっている貸し屋というものは、吾妻屋粳に貸しという形で依頼をして、いずれその借りを返すことを約束させることで成立する職業だ。中学生の時に吾妻屋が勝手に始めた。

 依頼内容は猫探しから迷子探し、個人経営の一日スタッフから果ては殺人代理まで何でもありで、基本的には頼まれたものは断らない。いわゆる便利屋みたいなものだ。

 世渡りが上手く、何でも器用にこなす性格がハマって仕事の方は繁盛しているらしい。当人がこんなに生活に切羽詰まっているように見えないのも、仕事を選ばないのもたまにくる本当にやばい仕事の対価が住む家だとか、生活の面倒をしばらく見てくれるだからだ。(前に聞いた話しでは、今住んでいる家の持ち主は高校の時から生活の一切の面倒を見てくれているらしい。何をしたのかは怖くて聞けていない)

 大きな借りの返しがどれも飴とかチョコとか生活の面倒だとかになっているのは、金銭のやり取りを一切禁じているからだ。そして、対価も支払期限も決めることはない。貸した本人が返したくなったり、吾妻屋が何かを欲するタイミングで返すルール。吾妻屋が言うには自由でルーズで気楽な職業。らしい。俺はそうは思わないけど。

 以上が貸し屋のルールである。

 吾妻屋いわく、人は金が絡むと途端におかしくなるとのことで、実際に仕事を始めてもう六年ほど経つが一回もお金を貰ったことがないらしい。

 しかし、よくもまあそんなまともな倫理観を語れたものだと貸し屋を始めた当時は鼻で笑っていたが、今に至るまで吾妻屋が逮捕されそうだとか厄介な大人に追われて死にそうだとかいう話を聞いたことがないあたり割と真理なのかもしれないと最近ひしひしと感じている。

 俺は、大学生になってからこの貸し屋を手伝うようになった。つまりバイトだ。ちなみに俺も給料は貰っていない。つまり、金銭的な儲けはない。それ以上のなにかは約束を破らないために依頼料として吾妻屋が先になにか貰うことになっていてつまり、それが俺の取り分。

 ちなみに俺が大学で使っているマックブックとアイパッドは吾妻屋の仕事を手伝った時に貰ったものだ。

「ほいじゃあ。今回の依頼料ということで、その子が好きな飴ちゃんを袋いっぱいに貰ってきました。どうぞ」

 吾妻屋は一瞬立ち上がりポケットの中から透明なビニール袋にギチギチに詰め込まれている飴の袋を取り出して、俺の膝の上に置いた。桃、りんご、ぶどう、シュワシュワする飴と種類豊富な飴。味には飽きなそうだ。

 俺は飴をトートバッグの中にいれた。


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