第37話◇小雪の悩み◇


「ストーカー?」

「うん……最近、お家の周りで知らない人を見かけることが多くって……気のせいかもしれないんだけど」

 

 小雪こゆきは楽人が立ち去った後、初音はつね彩葉いろはに促されて悩み相談を行なっていた。


「どんな人?」

「昨日は、白いシャツを着た太った男の人。その前はメガネをかけた痩せた人だった……」


「え、何人もいるってこと?」

「うん、そうみたい……」

「どうしてそんなことに……」


「多分だけど、小雪こゆきの……配信のせい……」

「配信?」


 そこで初めて小雪こゆきは自分がVTuberであることを四人に明かした。


「知ってる~~っ。えっ、小雪こゆきがちるるちゃん?」


 優奈ゆうなが驚きの大声を上げ、満面の笑顔になる。


「私いつも配信みてるよー。なんか声似てるなぁって思ってたんだっ」

「ほ、ホント? 優奈ゆうなお姉ちゃん」

「うん。いつもの小雪こゆきとイメージ違うから、まさかなぁって思ってたんだけど」

「嬉しい。ありがとうお姉ちゃん」


「そっか、なるほど。いつもの小雪こゆきとは大分イメージが違う声だから気が付かなかったよ。それで、それがどうしてストーカーに繋がるの?」

「んと……動画の宣伝とかをやってるSNSのDMに、変な写真が送られてきたり」

「変な写真……?」

「えっと、その……男の人の、裸の画像、とか」

「えっ、裸?」

「うん」

「ちょっと見せてもらえる」

「で、でも、すごく、怖い画像だから」

「大丈夫。小雪こゆきが怖い目に遭ってるんだから、私も見るよ」


「わ、分かった。じゃあ、これ」

「ありがとう小雪こゆき……ヒッ、こ、これって」


 そういって差し出されたスマホを受け取り、そこに映っていたものを目にした瞬間、優奈ゆうなが驚いたように声を上げてスマホを床に落とす。


「ど、どうしたの優奈ゆうなちゃん。一体何が、えっ⁉」

初音はつねまでどったのよ……。げっ、こ、これは」

「うわっ、最悪ですね……」


 絨毯の上にポスッと柔らかい音を立てたスマホを拾い上げた初音はつね彩葉いろは、そして舞佳まいか


 そこに映っていたのはあまりにも醜悪なグロ画像であり、全員が恐怖と嫌悪、そして吐き気によって顔が歪む。



「こ、これって……男の人の……」

「そう。下半身の、写真」


 それは剥き出しの男性器が写り込んだ複数枚の写真であった。

 

 男という生き物にあまり免疫のない少女達は絶句するしかなかった。

 特に優奈ゆうなはそれが顕著だ。他の3人も亮二以外は知らない上に、意識上はそれほど男性慣れしている訳ではない。


「うっわっ、最悪じゃん。小っちゃくて皮被っててシワシワで、子供みたいなサイズなのに毛むくじゃらって……」

「具体的に言わないでください先輩。気持ち悪いですっ」


 凄まじい嫌悪感に襲われた四人の顔が怒りと困惑、そして恐怖に歪む。


 格闘ジムで毎日屈強な男を見慣れている舞佳まいかでさえ、下半身は亮二以外のは見たことがなかったので、思わず口元を押さえた。


小雪こゆき、ビックリしちゃって……。お母さんにも相談できなくて……」


 怒りに目眩がしそうになった彩葉いろはが声を荒げそうになる。


「クソみたいな話だよそれ。他には何かされたの?」

「うん、なんかね、一週間くらい前から、景色の写真が送られてくるようになって」


「景色?」

「うん、始めは青空とか、曇り空とか、その日のお天気とかだったんだけど……なんだか、段々町の景色とかが入るようになって……。この家に近づいてる気がして……どうなるか分かんないから、ブロックもできなくて」


「そ、それって自宅を特定されてるってこと?」

「分からないの。でも、昨日は学園のすぐ近くの景色だった」

「それ、警察に相談……うーん、微妙かな。でも、やっぱり親御さんには相談した方が良いと思う」


「うん、小雪こゆき、怖くて……どうしたらいいのか、分かんなくて……どうしようもなくて……」

「そっか、それで最近元気がなかったんだね」


 初音はつね小雪こゆきを抱きしめた。仲の良い幼馴染みなのに、彼女の悩みに気が付けなかった自分を恥じていたのである。


「怖かったよね。ごめんね小雪こゆきちゃん。もっと早く気が付いてれば」

初音はつねお姉ちゃん…」

小雪こゆきッ」

小雪こゆきちゃん」


 そしてそれは優奈ゆうな彩葉いろは舞佳まいかも同じだった。


 たまらず小雪こゆきの手を取る三人。しばらく小雪こゆきを慰めていると、そうだ、と言わんばかりに彩葉が顔を上げる。


「その連中がどこまで特定してるか分からないけど、もしここを特定されたら、最悪小雪こゆきちゃんの身が危ないかも」


「そ、そんな……」

「大丈夫。彩葉いろはちゃんが守ってあげるからねっ! このお姉ちゃんにドーンと任せておきなさいっ!」


「そうそう。舞佳まいかも協力しますよっ! 不埒な輩は舞佳まいかの回し蹴りでノックアウトしてあげますからねっ!」


舞佳まいかちゃん……」


「うん、そうだわ。私、今日から小雪こゆきと一緒にいるよ」

「え、優奈ゆうなお姉ちゃん、一緒にいてくれるの?」

「うん。何かあるにしても人数が多い方が対処できる事は多くなると思うから」

「それなら舞佳まいかも一緒に泊まりますよ。親には許可とっておきます。きっと反対はされません」

「それなら、ここじゃなくて誰かの家に避難した方が良くない?」

「うーん、どうだろ。大丈夫かな?」


「変な人がウロついてるなら、ここが特定されてる可能性高いよね」

「う、うん、そうだね。男の人に襲われたら、私達じゃ……舞佳まいかちゃんがいるとはいえ、怖いよね」


「まずは親御さんに相談しようよ」

「あ、でも小雪こゆきのお父さんとお母さん、先週から海外出張に行ってるよね」

「えっ! 小雪こゆきちゃんを置いて?」

「ううん。そうじゃなくて……。小雪こゆき、最近体の調子もいいし、一人でも大丈夫って、言って……小雪こゆき、もっと自立したいからって」

 

 小雪こゆきの父親は一流企業に共働きで勤めており、先週から海外出張に出かけている。


 母親は残る予定だったのだが、海外での夫の世話のために同行することになった。


 というのも、小雪こゆきは自分自身を自立させたいと以前から考えており、父の海外出張はその好機だと考えたからだ。


 実質的な一人暮らしを学園生の娘にさせるのには抵抗があったが、小雪こゆきの珍しく強い主張により実現することになった。


「ねえ小雪こゆきちゃん。そのこと、配信で喋ったりしてないよね」

「う、うん。小雪こゆき、言ってない」

「そう……。でも、何か家を特定されるようなことしたのかも」


「いや、声を聞いて小雪こゆきちゃんだと気が付いたのかもしれない」

「ねえ、家の周りにウロついてる人、学園の人って可能性はない?」


 小雪こゆきは黙り込んで考え始めるが、どうやら心当たりはないらしい。


 しばらくあーでもないこーでもないと相談はするものの、誰も有効な手段を見いだせずにいた。


 やがて対策も尽きてしまい、自然と言葉少なになり、全員が沈黙してしまった。


 どう対処するか。彼女達には有効な対策が思いつかなかった。


 それは彼女達に行動力がないのか? 


 否である。


 危機感がないから?


 否である。


 頭が悪いから?


 否である。


 真剣に考えていない?


 否である。


 小雪こゆきなんて本当はどうでもいい?


 断じて否である。


 彼女達は一人としていい加減に考えていない。


 自分の持ちうる考えを必死に巡らせ、本気で心配し、なんとかしたいと、純粋に可愛い後輩を救いたいと、必死に、必死に必死に必死に必死に、……本当に必死になって考えを巡らせている。


 では、どうして一人として有効な手段を思いつけないのか?


 それは男という生き物に対する恐怖に、著しく耐性がないからに他ならない。


 彼女達は、これまでの人生で良くも悪くも非常に男性からモテてきた。


 そして、今までにおいては幸運なことに、この場においては不幸なことに、男性という生き物の悪意に晒される経験がなかったのである。


 他人がどれだけ冷静に、論理的に、【当たり前】を【当たり前】として、「そんなのちょっと考えれば分かるのに」と無責任に指摘できるような事でも、恐怖によって思考が固まってしまった彼女達にはどうすることもできなかった。


 人は恐怖心によって冷静な判断ができない時、基本的に二つのタイプに分かれる。


 一つはパニックになって無謀な行動をとる者。

 もう一つは恐怖で思考が停止し、何も行動できなくなってしまう者。


 彼女達は全員後者だった。だから警察に相談という、一番確実で当たり前の選択肢すら、思考から消滅してしまっている。


 格闘経験者である舞佳まいかですら、女に対する明確な悪意を経験したことはなかった。


 ナンパされている女性を不良から助け出すのとは違う、見えない敵に対する性的な悪意には免疫がなかったのである。


 だがそのうち、自分達のもっとも近い場所に頼りになる強くて逞しい男性がいたことをようやく思い出した。


「ねえ、それなら亮君に相談しよう」

「霧島、先輩に?」

「そう。あの見た目だし、男のストーカーにはかなりの牽制になると思う」

「うん。私も亮二さんにお願いするのが一番いいと思う。亮二さんならきっと力になってくれるから」

「そうだね。亮君がいてくれれば安心感が違うと思う」


 途方に暮れ、誰しも言葉を発する事ができなくなった頃、亮二に頼ろうと希望を見出した。


 彼がここにいてくれれば、どれだけ心強かったか。


 そうなると、帰ってしまう原因を作った主人公に対して怒りが湧いてくる者もいた。


 それなら早速彼を呼び戻そうという話になり、彩葉いろはが自分のスマホを手に取ろうと立ち上がったところで、突然誰かのスマホが着信音を鳴らし、全員に緊張が走った。


「ぁ、ごめん、私だ」

 

 彩葉いろはは自分のスマホをカバンから取り出し、メールが来ていることを確認する。


「亮君からだ……なんだろう?」


 誰しも言葉を発する元気もなく、見えない恐怖に支配されて絶望しかけてきた中、彩葉いろははスマホを見ながらしばらく固まっていた。


「ど、どうしたの彩葉いろはちゃん」

「誰からなの?」


 初音はつね小雪こゆきが恐る恐る訪ねた声がきっかけになったかのように、彩葉いろはがふつふつと小さく体を震わせ始める。



「ぁ……はは……あはははははっ」

「い、彩葉いろはちゃん?」


 不可解に笑い出す彩葉いろはに怪訝な表情を浮かべる四人。

 初音はつねは意味も分からず彩葉いろはに尋ねる。


「どうしたの?」

「これ、見て!」


 差し出されたスマホには、小雪こゆきの家の近くで、彼女が言った通りの特徴を持った二人の男を捕縛した写真が送付されたメールが、亮二から送られてきたのだった。



――――――――――


※後書き※

なんかリワード獲得できるようになっておりました。

皆様の支援に感謝いたします。ギフトを贈っていただいた方にもこの場を借りて感謝を。


サポーター特典で数話先行公開とか、需要あるかな。

やり方分からないからしばらく調べます


お読みくださり誠にありがとうございます!

執筆の励みになりますので、続きが気になる!と思った方は是非とも+ボタンで☆☆☆を★★★に。

ご意見ご感想、レビューなどしていただけたら幸いです。


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