第36話◇VTuberちるる◇

 白峰しらみね小雪こゆきには子どもの頃から病弱で体の育ちが人より遅いという悩みがあった。


 そんな彼女が自分を変えるために努力してきたことを知る者は少ない。


 そう。彼女には他の人には言っていない秘密があった。

 

「みんな~♡ こんにちるる~♪ 今日も元気にゲームゲームッ。雪と桜の異世界からやってきたメイド見習い、雪峰ゆきみねちるるだよー。見に来てくれてありがと~♪」


 白とピンクで彩られた小部屋の中。

 ファンシーなカーテンやクマやイヌネコのぬいぐるみでいっぱいになったベッドが背景に写り込む。


 もちろんこれらは全てイラストで表現されたものであり、現実の光景ではない。


「今日はね~。ちるるのお父さんから借りてきたゲームをやるよー」


 女の子の大好きな可愛いもので彩られたその部屋の真ん中に、それらのイメージを凝縮したような可愛らしい女の子が椅子に座って喋り始めた。


 その姿は普通の人間のそれではなく、真っ白な髪、犬の耳、フサフサの尻尾、肩を出したオフショルダーでフリルの沢山ついたデザインのメイド服である。


 だがその先進的なデザインは、どちらかといえばドイツの民族衣装であるディアンドルを日本がイメージする萌えメイドにアレンジしたものといった方が近いかもしれない。


「えー、みんな知ってるの? ちるるはねー、全然知らないの。さてさて、頑張ってクリア目指しまーす。応援してねっ」


 彼女は異世界からやってきた犬耳メイドの"雪峰ゆきみねちるる"。


 この世界で一昔前に流行ったレトロなゲームを初めてプレイする様子を、画面の向こう側の視聴者達に届けている所だった。


 インターネットの向こう側では鈴の音を転がしたような可憐で高い声に魅了され、本人のイメージカラーである白と桜を基調にしたメイド服の少女に狂喜乱舞するファンが数千人規模でライブを視聴している。


「きゃーーっ! そこで毒キノコ配置するの反則だよー。いやーっ、頑張ってぇええっ、もう少し頑張ってジャンプしてーー」


 真っ白な髪の頭上に生える毛並みの良さそうな犬耳は、彼女のリアクションと共にピコピコと動いている。


 その可愛らしさが受けまくり、彼女は一役有名な配信者として人気者になっていた。


「ふわー。なんとかクリアできたー。じゃあセーブしてー、続きはまた次回の配信で。さよちるるー♪ まったねー」


 カチリと画面上にある配信終了ボタンを押し、少女は一息をついた。


「ふぅ……今日も頑張った」


 その瞬間、先ほどまでの元気いっぱいの少女はなりを潜め、内気で声の小さな病弱少女が顔を出す。


 固まった体を背伸びでほぐしながら自らを称賛する少女。

 白く長い髪をツインテールに結び、画面に映った背景とほぼ同じようなぬいぐるみで彩られたベッドの上に身を投げ出す。


 その少女に先ほどまでのような犬の耳は存在しない。

 配信のボタンを押した時にだけ、彼女は"ちるる"という犬耳メイドになるのだ。


 白峰しらみね 小雪こゆきのもう一つの顔であった。


 病弱で体力が無く、幼い頃からあまり外に出ることができなかった彼女には、幼馴染み達にも言っていない密かな趣味が存在していた。


 それが、VTuberブイチューバー


 世界的動画サイト【A TUBE】にて、ヴァーチャルアバターと呼ばれる自分の分身を纏うことで配信を行なう者達の総称である。


「アーカイブ、コメント確認しなくちゃ……」


 少女は早速つい今し方配信を終えたばかりの自分のチャンネルを立ち上げ、アーカイブ放送の視聴を始める。


 それはたった一つの目的のためだった。

 自分のやった事の反省会の意味も含まれているが、それよりもなによりも……。


「あ、楽太郎さん……今日もみてくれたんだ……嬉しい……」


 物静かに呟く少女の声は、大きくはないのに喜びの色を沢山含んでいる。


 登録者5万人。平均視聴者数が1つのライブ配信につき数千人に上る彼女の登録者の中に、【楽太郎】という名前のユーザーがいる。


 配信中も常に【彼】の名前を追い、コメントは必ず拾っている。


 視聴者数が多い為、凄まじい速度でコメントが下から上にながれいく中、見逃したものもいくつかある。


「あぅ、ここのコメント見逃してた……。ぅ~、これ拾ってたら面白くなったのにぃ」


 ”楽太郎”はちるる最初期からのファンであり、どんな時でも必ず応援してくれる心の支えでもあった。


「こゆきー、ご飯よー」

「ぁ、はーい」


 下の部屋から聞こえる母の声で我に返り、彼女は現実に引き戻る。


 それが小雪こゆきの密かな趣味であった。

 

◇◇◇


 小雪こゆきが配信者を始めたのは、『花咲く季節と桜色の乙女』のゲーム本編が始まる一年前のことであった。


 幼い頃から病弱で入退院を繰り返し、まともに学園に通うことができるようになったのもつい最近になってからだ。


 そのためか他人とコミュニケーションをとるのが極端に苦手であり、心を許した家族と幼馴染み達四人以外でまともに喋ることができるのは彩葉いろはくらいのものである。


 陰キャで控え目。大人しい性格の彼女は病気がちで小学校の頃はほとんど登校することができず、周りにも馴染めなかった。


 周囲からは腫れ物のように扱われ、厳しい現実に不登校になりかけたこともある。


 そんな彼女を支えたのが主人公である好摩楽人こうまらくひとであり、彼ら幼馴染み達であった。


 明るくて優しいお兄ちゃんである好摩楽人に好いてもらうための努力。その第一歩が動画の声だけで配信するライバーであった。


 自分の日常をプライベートを特定されない範囲で適当にお喋りするだけ。


 生配信はハードルが高く、最初は録音した自分の声を簡単に編集して投稿するのみであった。


 そこから徐々に数字が伸び始め、ある時声が非常に可愛いことを褒める人が出始める。


 最初にそのコメントをしたのは『楽太郎』と名乗る男だった。


 楽太郎は投稿者ネーム『雪峰ゆきみねちるる』の最初期からのファンである。


 言わずもがな、『楽太郎』=『主人公・楽人』であるが、お互いにそうだとは気が付いていない。


 「さくさく」のゲーム内において、楽太郎はちるるの最初期からのファンであり、ちるるとして活動する小雪こゆきの心の支えとなっていた。


 幼い頃から密かに思いを寄せる"ラクトお兄ちゃん"に雰囲気がよく似ていることから、そんなはずはないと思いつつも、お兄ちゃんに応援してもらっているような気持ちになる。


 とはいえ、直接話した事はない。ファンの一人と個人的なやり取りをすることは今でこそないが、まだ黎明期の小規模な時は何人かと交流していた。


 その言葉は"ちるる"という配信者を純粋に励まし、落ち込んだ時は相談に乗り、こうすれば良くなるんじゃないかとアドバイスもチャットで送ってくれる。


 


 段々と自信を付けた小雪こゆきは、自分をもっと出して人見知りを克服するため、VTuberに転進する。


 自信を付けたちるるの人気は爆発的に高まっていく。

 

 絵を描くことが好きだった小雪こゆきは、アバターのデザインを自分で行ない、ぎこちないながらも動くイラストを自作し、それをどんどんブラッシュアップしていく。


 それが現在では登録者5万人。ブラッシュアップした腕でイラストを描き直し、動くアバターもプロが設計したものだ。


 彼女の配信には毎回数千人規模の人が集まり、あっという間に収益化。


 いわゆる投げ銭と呼ばれるお金を送るシステムでは、毎回数万、時には数十万にも上る金額が投げ込まれる。


 そしてゲーム本編開始後、シナリオの後半となる秋頃に、『とある事件』が起こることによって彼女の活動が明るみにでる。


 それは小雪こゆきのちょっとしたミスによって『楽太郎』を『ラクトお兄ちゃん』と呼んでしまい、主人公にその正体がばれてしまう。


 ゲーム内のシナリオでは、主人公は『小雪こゆき=ちるる』であると気が付いていなかった。


 純粋にちるるという配信者として応援しており、小雪こゆき攻略の決め手となっていく。


 そして……イレギュラーの入り込んだこの世界では……。

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