第34話◇睨み付ける主人公◇

 さて、初音はつねの手配で食事会をすることになった。


 会場は色々あって小雪こゆきの家で行なうことになった。


 そこに俺を招待してくれることになったのだが、最近平和だった分だけちょっと面倒なことが起こった。


 油断していたつもりもなかったが、そういうのを油断というのかもしれない。


 目の前でもの凄い形相で睨み付けてくる男を見ていると、そんな気分になってきてしまう。


 なんでコイツが……いや、まあ幼馴染みだし当然か。どっちかって言うとこれは向こうのセリフだろうな。


「……チッ」


 こんにゃろう舌打ちしやがったな。


(舌打ちしたいのはこっちだっての)


 地獄絵図である。初音はつねは誘っていなかったが、優奈ゆうなを誘った時点でこいつがついてくるのは予想するべきだった。


「なあお前」

「なんだ?」


 話しかけてきやがった。俺は気にしないが、一応学年が一つ上で先輩の筈だ。お前呼ばわりされる覚えはない。


 この男の無礼千万はゲーム内ではギャグとして処理されていたが、面と向かって当事者になると痛々しくて見ていられなかった。


「なんでここにいるんだよ」

「なんでって。彩葉いろはに誘われてな。頼むから、そう喧嘩腰にならないでくれよ」


 当然の如くであるが、エロ同人という名前が示す通り、俺のスキルは女の子とのあれこれをするための力になっている。


 当然男には効果がないのである。こいつに至ってはむしろ敵意全開だ。個人的な事情なんだろうがな。


「あんたの存在は不穏なんだ。頼むから俺達の周りに近づかないでくれ」

「そんな事いわれてもな」


 失礼にもほどがあるが、自分が反対の立場なら同じ事を思うだけに、あまり責める気にもなれない。


「ちょっとラクトッ! 先輩に対して失礼でしょっ」

優奈ゆうなはこいつの味方するのかよっ」

「そうじゃないっ! ラクトが礼儀を欠いてるからよっ」


 好感度のバフが掛かっていなくてもこうなっているだろうな。


 今の主人公は相当に色々とアレな感じだ。呆れもするだろう。


「ちっ」


 ゲームの中じゃこんなに子供じみた癇癪かんしゃくを起こす奴じゃなかったんだが、やはり不安に駆られてイラついてしまうのかな。


 しかし、俺が彼を好きになれない理由も、この余裕のなさにある。


 いや、百歩譲ってそれはいい。それよりも……。


「なあアンタ。頼むから俺達の領域に入ってこないでくれ。自分のやってきた事を反省してるならさ、俺が不安に思う気持ちも分かるだろ?」


 これだ。


 心配しているのは自分の幼馴染みハーレムが他人に侵略されることであり、彼女達がどうなるかではないのだ。


 バッドエンドになった時がそうだ。いなくなったヒロインのことを多少気にかけるが、それは一瞬のことだ。


 いなくなったことを嘆くでもなく、心配するのでもなく、心地良い空間がなくなったことにいきどおっているのだ。


 そこにヒロインに対する気遣いや思いやりはない。探しに行こうってな描写も一切ない。


 つまりヒロイン達は大切な幼馴染みなどではなく、あくまで自己快楽の道具でしかない。


 なに? それはお前も同じだろうって?

 その通りだが、決定的に違うところが一つだけある。


 俺は女の子に幸せになってほしい。そのためなら使えるものはなんでも使う。それだけだ。

 結局考えているのは自己快楽であったとしても、


『誰がどうなろうと関係ない』と考えている主人公より、

『どうあっても女の子を幸せにする』と考えている俺の方がマシだと自負している。


 ああ~ダメだっ。やっぱりコイツにヒロイン達を任せてはおけない。


 俺とてろくでもない人間である自覚はあるが、それでも自分の持っている全てを駆使して女の子を幸せにする気概きがいはあるつもりだ。


 例えチートを持っていなかったとしても、俺はきっと今と同じ事をしただろう。


 四六時中自己快楽しか考えていない奴に、俺の大好きなヒロイン達を任せるなんてできっこない。


 見る角度によっては、俺とてヒロイン達を自分のものにするという欲望の為に動いているので人のことは言えないが。


 繰り返しになるが、同じ穴のムジナでも、相手の幸せありきで考えている分だけ、マシなムジナであると言っておこう。


「気持ちは確かに分かる。だけどさ、そうやって幼馴染み達の交友関係にまで口を挟んでばかりじゃ愛想を尽かされるんじゃないか」


「な、なんだとっ! お前に俺達の何が分かるんだっ!」


 正直誰か一人とでもハッピーエンドに向かっていそうなら邪魔をするつもりはなかった。


 だけどゲーム開始直後の4月時点じゃまだ分からないし、こんな姿を見せられちゃその気も失せてくる。


「ねえラクト。正直、私はいまラクトの味方できないよ。先輩の言うことももっともだと思う」

「くっ。お前達こいつに騙されてるんだッ! 人間がそう簡単に更生するわけないだろ」


「ラクトッ! なんか変だよこの間から」


 確かにな。いくらなんでも余裕がなさ過ぎやしないか?

 霧島がいかに碌でもない噂の男とはいえ、始めから敵意全開だったのには、まさか別の理由があるのか?



 主人公が俺に敵意全開だったので食事会の空気は最悪になり、小雪こゆきの相談事どころではなくなってしまった。


「ふーむ、どうやら俺はアウェイみたいだな。ごめん彩葉いろは。せっかく誘ってもらったけど、今日はおいとました方がよさそうだ。帰るよ」

「亮君っ! 亮君が帰ることないよっ。悪いのは突っかかった少年の方だよっ!」

「そ、そうです。らく君の言ってることはめちゃくちゃだよっ! 亮二さんが帰ることはありませんっ」


「なっ……。初姉はつねえ彩葉いろは先輩まで……。なんでこいつの味方するんですかっ」

「そりゃしたくもなりますよっ。らっ君がバカみたいに癇癪かんしゃく起こすからでしょっ」


「なんだよっ、舞佳まいかまでコイツの味方すんのかっ」

「だからそうじゃないって、さっきから皆言ってるじゃないですかっ!」

「そ、そうだよぉ。らく君が悪いと思う」


「まあまあ落ち着けって皆。確かに皆の輪の中に急に割って入ったのは俺の方だ。人間誰しも急激な変化には恐怖心がでるものだからさ」

「なっ、俺が何を怖がってるっていうんだっ」


「すまん、今のは言葉の綾だ。悪かった。とりあえず今日は帰るよ。俺は君と喧嘩をしたいとは思ってないから」


 埒があかないので一度退散することにしよう。


 小雪こゆきはさっきから一言も喋らない。うつむいて何かを黙ったままだ。

 しかし今の空気では主人公の邪魔を食い止められそうもない。


 火に油を注ぐようなもんだろう。


 それに、一つ気になっていることもある。もしも俺の勘が当たっていれば、小雪こゆきの自宅付近を捜索した方が良いはずだ。


「亮君」

彩葉いろは、ここに残って小雪こゆきのことを頼む」

「うん、分かった。任せて。少年はどうする?」

「何もしなくていい。多分何をしてもやぶ蛇だからな」

「そうだね。気を付けてね。少年、ちょっと思い詰めてる感じがする」

「ああ。気を付けるよ」


 心配そうに眉をしかめる彩葉いろは。心が完全に俺に向いていても、友人に向ける情は失っていないのだ。


 やっぱり彼女も心優しい性格をしているな。惚れ直したぜ。


 しかし主人公には困ったもんだ。夜道で襲われたりしたらたまらんからな。気を付けるとしよう。



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