第3話◇ゲームの主人公◇

 特徴のない黒髪。隠れ気味の目。ヒロイン達よりも少しだけ高い背丈に中肉中背よりはほんのりと筋肉質に寄った体。


 The・主人公と言った感じの凡庸的な男。


(今の時点じゃ優奈ゆうなに対してほのかな恋心を抱いているのみ、か)


 ゲームにおける主人公は、ヒロインに対してどういう好感度を抱いているかを終盤まで明瞭にしない。


 かろうじてメインヒロインである優奈ゆうなに対して、憎からず思っていることが示唆されるのみだ。だがその実はメインヒロイン以外にも全員のことを憎からず思っている。


 ギャルゲーによくありがちな設定だ。それ自体が悪いとは思わない。これが現実でなければな。


 彼女達が一年後に不幸にならない為には、あの男から引き離すより他はない。


(悪いがお前はこれからの人生で別の誰かと添い遂げてくれや)


 主人公には好摩こうま楽人らくひとというデフォルトネームが設定されている。


 優奈ゆうながラクトとあだ名で呼んでいたことから、この名前になっていると思われる。


 均衡の取れた美少女。

 健康的な美少女。

 儚げな美少女。

 隠しきれないエロスを覗かせる美少女。

 垢抜けた美少女。


 飛びきり可愛いヒロイン達。魅力的な制服のデザイン。

 【花咲く季節と桜色の乙女】というゲームが、【エロゲ予備軍】なんてスラングで呼ばれる所以だ。


 自分の中にムクムクとせり上がってくる欲望の衝動を自覚する。


 エロ同人というふざけ倒した名前のスキルが発動する条件さえ整えば、彼女達を俺の好きにできる。


 俺にはそれができる。


 俺は別段あの男に不幸になってほしいとも思っていないし、ヒロインと幸せになるなら、それはそれでいいと思っていた。


 だが来年の今頃、彼女達の誰か、もしくは全員が不幸になる可能性を孕んでいるのなら、それを放置することはできないのだ。


 さくさくにはバッドエンドというか、誰とも恋人になることなくエンディングを迎えるパターンがあるのだが、その際はヒロインの誰とも連絡が取れなくなる。


 行方不明。しかもアイツはそのことを「まあそのうち連絡くるだろ」と楽観的だ。


 そして、主人公の家に1枚のDVDが入った郵便物が届いて暗転。The endの文字が浮かんでスタッフロールという流れだ。


 その中身がなんなのか、触れられることはない。

 何周プレイしてもその答えが示されることもない。

 隠しヒロインを含めた全員のゲームCGをコンプリートしても同じだった。


 そして家の付近で見かける怪しい男。それがこの俺、霧島きりしま亮二りょうじという男だ。


 だけどそれで終わり。

 彼女達がどうなったのか。その後主人公のところに戻ってきたのか、そうじゃないのか。


 設定資料でも、ファンディスクでも触れられることはない。


 『花咲く季節と桜色の乙女』なんてファンシーな名前の全年齢恋愛シミュレーションのくせに、こんな不穏なエンディングを準備する脚本家の神経はどうなっているのだろう。


 このゲームが【エロゲ予備軍】などと呼ばれるのには、こういったネガティブな事情も含まれているのは確かだ。


 それは何故か?


 先ほどのDVDの下りを聞いて、勘のいい人、もしくはその手のジャンルに見識のある人間ならピンときたことだろう。


 これはアダルト作品において、いわゆる『寝取られ』ものでよくある手法の一つだ。


 俺が最も忌み嫌うジャンルであるため詳しく言うのは怖気が立つのでやめておこう。


 しつこいようだが"さくさく"は全年齢向けであり、アダルトな要素は含まれていない。


 まあ恋愛ものらしくラッキースケベ的な展開はあるものの、一線を越える性的な描写は描かれないのだ。


 果たしてあのエンディングが何を意味しているのかは分からないままだ。


 だけど、そんな不穏すぎるエンディングで、『いかにも』な男として登場するこの霧島きりしま亮二りょうじという男は、やはり薄い本の界隈ではもっとも竿役に選ばれる男でもある。


 やはり決めたぞ。今この場に転生した以上、そんな不穏な未来はぶっ潰してやるさ。 


 俺は自分が正義だとか正しい行いをしているなんて思い上がっちゃいない。


 なにせ【エロ同人】なんていかがわしい以外の要素を含まないチートスキルでヒロインを横取りしようってんだ。


 ヒロインとセックスしないなんて展開は始めからない。



 せっかく死んで生まれ変わったんだ。好きなようにやってやるさ。


 校舎に入っていく主人公達。

 そんな彼らを見送り、まずは誰から接触しようか考えを巡らせていた。

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