第9話

俺の瞳を奥を覗き込むようにじっと見つめたまま、唇を振るわせた彼女。


その唇から紡がれた言葉は



「・・・・・・・・・・・は、、い。多分。」



妊婦さんのお腹の中で宿る命を傍で見守るはずの産科医師のくせに、そうであって欲しくなかった俺のココロの中に一筋の影を落とした。



それでも守らなければいけない

傷ついた彼女を



でも彼女を守るのは


『お腹の子供の父親には連絡とれるか?切迫流産してるかもしれないから・・・・』


俺なんかじゃないかもしれない



彼女のためには、そのほうがいい筈だ

ようやく見つけ出したけれども、今のこの状況ならば・・・


けれども、彼女の立場を考えた俺に聴こえてきた返答は




「父親は・・・・いません」




あまりにも寂しくて、

あまりにも、切なかった。




ついさっきは、命を粗末にしようとした彼女に対して怒りを覚えたのに、この時の俺は


彼女をここまで追い込んでしまった一因であるかもしれない胎児の父親、そして、こんなにも追い込まれてしまうまで彼女を見つけ出してやれなかった自分自身の怠慢さに激しい怒りを覚えた。



でも、このまま立ち止まったままいるわけにはいかない



『とにかく、病院に着いたらすぐに超音波検査をするから、病院に着くまでは少し眠って休むんだ。』



今からなんだ

彼女を守るのは自分だ


それが俺にとってかけがえのない人達から与えられた使命


そうに違いないから・・・・





再び目を閉じた彼女をじっと見守りながら到着した病院の救急出入り口で迎えてくれたのは


「・・・・ナオフミくん?!」


産婦人科病棟の看護師長、福本さんだった。




「救急車に同乗なんて、何があったの?」


『詳しい事情は検査が終わった後で。エコー(超音波検査機)をスタンバイして下さい。』


「わかったわ。」




福本さんはすぐさま院内PHSで病棟に連絡を取り、エコーの準備を指示してくれた。


その後、担架からストレッチャーへ彼女を移乗させるのを手伝ってくれた福本さんは彼女を顔を覗き込むなり突然声を上げた。



「ナオフミくん!!!!!!・・・・彼女はもしかして・・・」


『多分、福本さんのお察しの通りです。その話も後で。急ぎましょう。』


「どうしてこんな・・・・」


『福本さん。』



いつも明朗活発な福本さんが声を振るわせた。


多分、福本さんもココロを揺らしているのだろう

俺の事情を知っている数少ない人間だから



でも、今はそんなことに気と取られている暇はない

もし胎児を流産したら彼女は多分もっと傷付くだろう




「彼女を全力でフォローする。あなたは診療に集中して。」


『わかりました。お願いします。』



俺と福本さんはストレッチャーを押しつつお互いに引き締まった声でそう確認を取り合って、超音波検査室の前で別れた。




彼女が横たわったままのストレッチャーの真横で俺は、検査室横にあるステンドガラスから差し込む朝陽に目をしかめながら、検査室のドアに手を伸ばした。


そして一歩前へ歩みを進めた。




これが

俺と伶菜がともに歩く

新たな第一歩であることは間違いないだろう・・・・


そしてこれが

俺と伶菜の

新しい波乱含みな人生の幕開け


それに気がつくのはもっと後のこと・・・・

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