第5話

私は右腕を強く掴まれ右斜め後ろに引っ張られた。



その2、3秒後に感じたのは電車が運んで来た突風と雨上がり特有の線路の錆臭いニオイ。


私は全身の力が抜け、よろめきながらホームにしゃがみ込んだ。




また、死ねなかった・・・・




その瞬間、激しい嘔吐が私を襲う。






こんなにたくさんの人がいる所で吐くなんて

今までの私なら絶対に有り得ない様だよ

この場から逃げようとしても力が入らない

これこそまさに生き地獄・・・・・・・






「大丈夫か?!そのまま動くなよ・・・・すみません、救急車呼んで下さい。」



私を強く引っ張ったらしい男の人が近くで様子を窺っていた人達に声をかけた。


嘔吐で口元が汚れてしまった私は何も言えないままその男の人に自分の上半身を抱えられていた。


その人は躊躇うことなく、ポケットから取り出したハンカチでそっと私の口元を拭ってくれる。


そして、腕時計を見ながら私の右手首に指をあてつつ、私の左手首に無造作に貼ってあった絆創膏を見つけ、ゆっくりと剥がしとってしまった。





「・・・・・・リストカットもしてたんだ・・・・・」





その人は大きな溜め息をつきながら呟いた。

そうしているうちに救急隊員が担架を持って私達のもとへやってきた。



「意識レベル1-1、バイタルが、、パルス102、多量の嘔吐あり、念のため、名古屋南桜総合病院へ搬送して下さい。僕も一緒に行きます。」


私を強く引っ張ったその人は救急隊員にそう告げた。



意識レベル?

バイタル?

パルス?



「わ、わかりました。あの・・・あなたは、ドクターですか?」



救急隊員は私を担架に乗せながらその人に尋ねる。

その人は写真入りの身分証明書を見せながら頷いた。




名古屋南桜総合病院 産科医師

日詠 尚史

Nagoya minamisakura general-hospital

M.D.



背が高いその人は上半身を小さくかがめながら救急車に乗り込んで来た。



「血圧、測って・・・多量の嘔吐してるから、点滴早めに入れたいんだけど、セットありますか?」



そして、その人はテキパキと救急隊員に指示し始めた。




自ら命を絶とうとした私の腕を引っ張ったのは人の生命が生まれてくる時に必要とされる

産科医師だった・・・

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