第2話 少女

暗い闇の中で、少年は大樹に拘束される

もはや抵抗するほどの力さえ残っていない


「結局......捕まった......のか.......」


疲弊した少年に、松明を持った男が近づく


「ああ、神よ。これでどうか、怒りをお鎮めください」


全て理解した。なぜ今まで生かされてきたのか、

なぜ今になって殺されなければいけないのか

それは、神への見せしめだった。


自分が生まれてから、起こる災厄は全て自分が存在するせいだとされてきた。

それは、神は実在し、神こそが世界の頂点だと思い、その神が忌み子を嫌うという村の、いや世界の、昔の言い伝えからなる考え方によるものだった。


だからこそ、自身で物事を考えられる15歳まで育て、無慈悲に、そして残酷に殺すことで神へ証明するのだ。「忌み子はいなくなった」と。

それによって災厄を免れることができると、本気で信じているのだ。


もちろん少年は神など信じていない。実在などするはずもない。少し考えれば分かることだ。それでも、世界の人々が神という存在に溺れ、縋っているのは、――――――――――――――――すべてを神に押し付けているのだ。


自然災害、自身達がやってきた愚行、貧困に加えて降りかかる不幸。

そのすべてを神という幻の存在を作り出し、神のせいにすることで、自分たちの責任から逃れてきたのだ。


死ぬ間際になって何故か働く脳を使いそんな結論に至る。結局、自分が受けてきた仕打ちも、今から受ける処分も、全部こいつらの、世界の責任転嫁の成れの果てだと考えると反吐が出る。だがそんな[抵抗]も意味を成すことはなく、足元の薪に火が移される。


熱い。

足はすでに燃え盛る炎によって感覚は無く、立ち込める煙によって呼吸もできない。

下から上に段々と登ってくる赤い悪魔を見ながら、

「死にたくない」と叫ぶ。だが声になることはなく、赤い眼から一筋の水が落ちる。

もう熱いのか痛いのかさえも分からない。段々と意識は遠ざかり、瞼を閉じる。


突如、暗い瞼の中で、一筋の光が見える。やがてその光は鮮明になっていき、一つの人影が見える。倒れる間際に見たあの赤髪の少女だ。名前も知らず、誰かもわからないその少女に全てを縋る思いで手を伸ばし、助けを叫ぶ。

その勢いとともに、つぶっていた瞼が開く。

するとそこには知らない景色が広がっていた。


視界には木製の天井に、自身を見つめる赤髪の少女が映っていた。

その少女は呟く。

「良かった!!もう助からないんじゃないかって思っちゃったよ!!」

心配する声とともに、思いっきりの笑顔を見せる。


その笑顔には、既視感があった。視界が更に鮮明になると、死ぬ間際に見た少女だとはっきり分かった。


だがすぐに先ほどの光景を思い出し矛盾に気付く。

(俺は.....燃やされて......死んだんじゃなかったのか......?)

起き上がり自分の体を見るが、多くの傷だけで火傷の跡は一つもない。

そんな少年の体を少女は慌ててベッドに倒す。


「傷だらけだし、まだ安静にしてないとダメだよ!!今ごはん持ってきてあげるからねっ!」


人生で初めて聞くような優しい言葉をかけられ、不安と安堵感が入り混じり、混乱する。寝た状態のまま調理場で作業する彼女の背中を見て、少年は考える。

(彼女はいったい何者なんだ?なんであんな暗い森の中に?どうして見ず知らずの俺を助けた?もしかして俺を捕まえに来たのか.....?)

数多の疑問が頭の中で飛び交うが、何も情報がなく、答えは得られなかった。


だがしかし、いくら助けてくれたとは言え、あの少女が少年を捕まえに来たわけではないという確証もない。今までの生活とこの状況の差による不信感は高まり、

いざという時のために逃げる準備をしようとしたところに、少女が近づく。


「はい!お待たせ~~!一応けが人だし、何が好きかもわからないから、無難にシチューを作ってみたんだ!――――あ!これでも料理は得意だから、味は保証するよ♪」


嬉しそうな声とともに、木製の入れ物に入った湯気の立つ液体が運ばれてくる。

彼女曰く、それはシチューという食べ物らしい。

(もしかしたら毒が入っているかも......)

という考えは、口にすることで解消された。


美味い。今まで食ってきたものの中で一番。

もはや今まで食べてきたものが食べ物かすら怪しくなるほど、それは魅力的な味をしていた。

とてつもない勢いで食事を口に運ぶ少年を見つめながら、少女は問いかける。


「ねえ、君はどこから来たの?どうしてあんな場所で倒れてたの?」


その質問によって村の奴等から逃げたあと、大木にもたれかかった状態で見えたあの人影は幻ではなかったと気づく。それと同時に、質問に返す言葉を探していた。


「あ........その..........えっと.......」


檻中で投げかけられる言葉をつなぎ合わせ必死に覚えた拙い言葉で説明しようとするも、まだ残る不信感と、少ない語彙力によって打ち消される。すると彼女は


「ううん!言いたくないなら言わなくたっていいよ!誰にでも秘密はあるし!」


そんな優しい言葉に不信感は少し減らされ、安心する。


「じゃあ、私から自己紹介するね!

私の名前はアリシア!アリシア・エルメーレ!長いからアリスって呼んで!」


「............アリス......」


少年は小さな声で呟く。それを彼女は嬉しそうに見つめた。


続けて彼女は質問する


「ねえねえ!君の名前は?なんて呼んだらいい?」


唐突な名の質問に、少年は困惑する。

(.................名前.............か..........)

生まれてから一度も、名前など聞いたこともなかった。今まで村では

「お前」「忌み子」「忌み者」「災厄」そんな肩書でしか呼ばれたことが無かった。

もちろん両親にさえも、だ。


そこで少年は考えを巡らせる。

自分は呪われている。まごうことなき忌み者だ。だがしかしそれによって受けてきた仕打ちを考えれば、この呼ばれ方には最悪な記憶しかない。

ならばいっそのこと、あいつらが呼んだこの名で復讐をしてやろう。

正々堂々と、忌み者としての復讐を必ず果たす。


(月明かりが激しく、冷えた真冬の夜に生まれた忌み者...........)


そして少年は口を開く









「イミヅキ.........レイ.......忌月冷だ...........それが俺の名前..........」




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