【ノエル編】第1章 第1節 第2話
他のチームが全員行動を開始し家を出てから、ノエルはカイと一緒にテーブルについていた。傍らには、実体化したエンブリオがいる。ノエルとカイは顔を見合わせ、頭を抱えていた。
「どうしようか」
「どうしようねー」
バカラがダリアを呼びに行き、到着を待っている間に気がついたことがある。三世界合一の調査と自壊する世界の調査をするのはいいが、その方法がわからない。
「その二つの世界に行くとかはー?」
「ゲートに人間のカイちゃんが耐えられるかどうか……」
「じゃーなんでわたしを選んだの!?」
「……口を出すべきか迷っていたんだけどね」
エンブリオがノエルの肩を叩いた。
「何? エンブリオ」
「異世界へのゲートなら種族問わず通れるんだよ、開けた者と一緒ならね」
「え?」
「え?」
ノエルが普段移動に使っているゲートは、悪魔の力が由来となっている。思い浮かべた場所へと瞬間的に移動できる便利な能力だが、悪魔と魔族、そして悪魔と契約した魔法使いしか通れないものだった。
魔女の家唯一の人間であるカイはゲートを通れないため、留守番を頼むことが多かったのだ。異世界へのゲートも、完全にそのイメージでノエルは考えてしまっていたが、どうやら違うらしい。
「じゃあ今の頭抱えてた時間は!?」
「面白いと思って見てたよ」
「実は結構いい性格してるタイプー?」
「そうなんだよ、あと意外とダジャレ好き」
「誰じゃそれ」
「なんだこいつ」
煮詰まった会議のような雰囲気から一変、顔を見合わせて笑い合う二人とニヤニヤ笑う一人。
そこに、ゲートが開いた。
「やっほー! ダリアが来たばい!」
和やかな空気を賑やかにする魔女が、ゲートから現れた。
「久しぶりだね、ダリア」
「おー相変わらず元気だねー」
「ノエルっち久しぶりばい! カイっちは昨日ぶり!」
三人で「イエーイ」とハイタッチ。
少し重々しくなりかけたノエルの心に、光が灯る。このメンバーなら何でもできると、強く思えた。
「じゃあ早速異世界行っちゃう?」
「おー行こう行こうー」
「え、並行世界行くと?」
ハイタッチしたまま口をあんぐりと開けるダリアに、今起きていることを全て説明した。ダリアはやれやれと言わんばかりに、首をゆっくり横に振りながら、肩を竦める。
「色々起きすぎやなかと?」
「本当にそう思う」
「アランとの戦いから一ヶ月よ!? そんでこれ? こん世界おかしかね」
「本当にそう思う」
アランとの戦いも、ほとんど総力戦のようなものだった。ノエル率いる魔女の家と、バカラ率いるブルーム一家、倭大陸中の騎士団からの有志で集まった連合軍。倭大陸最高峰の戦力を全て投入し、それでもうつろは肉体を失い、辛くも勝利した。
それなのに、また世界の危機が多方面から迫っているというのだから、ダリアが嘆くのも無理はない。ノエルも、本当は嘆きたかった。どうして休ませてくれないの、と。
「ま、そうも言ってられないから、行かなきゃね」
「まずどっちから行くのー?」
「P000127からかな」
「それがいい、行ってから説明するけど、今P000000はややこしい状態だからね」
エンブリオの言うややこしい状態というのが引っかかったが、ノエルは一度飲み込むことにした。エンブリオが後で説明すると言っているときは、絶対に今は説明してくれないということだと、ノエルは経験則で理解していた。
「じゃあ、早速行くよ」
「じゃ、僕はエラートの代わりに剣に入るとするよ」
「お願いね」
エンブリオが剣に宿ったのを見届けてから、ノエルはゲートを開く。悪魔の使うゲートと見た目に差異はないが、それは境界に行くときも同じだった。間違いなく、これは異世界へのゲートなのだと肌で実感する。
覚悟を決めたようなカイの顔と、いつも通り笑顔をたたえているダリアの顔を見比べ、今自分はどんな顔をしているのだろうと思いながら、ノエルはゲートに入った。
ゲートから出ると、草原が広がっていた。見渡す限りの草原。小屋ひとつもなく、人類種の生息域ではないようだった。
「何もないねー」
「何もなかね」
「ごめん、座標指定忘れてた」
『何があるかわからない異世界だ、草原に出たのはむしろ僥倖かもしれないよ』
剣から聞こえるエンブリオの声に、ノエルは静かに頷く。
エンブリオの言うことには、一理あった。ノエルたちのいた世界からそう離れていないとはいえ、通し番号に三桁の差がある。恐らくはこの世界もP000001と同じように、大改変の影響は受けているだろうが、差異については一切わからない。
「とりあえず探索してみよう」
「なんかこうー異世界来た感じしないなあー」
「バーッと! いきなり見たことないものが見えたりして欲しかったい」
見渡す限りの草原をあてもなく歩きはじめる。踏みしめる大地の感触も、澄んだ空気の冷たさも、燦々と照りつける太陽も何もかもが自分たちの世界と同じ過ぎて、正直なところノエルにも異世界に来たという実感はなかった。
試しに並行世界管理システムを開いてみると、現在位置はP000127と表示されているから、目当ての世界に来たことは確実だったが。
「見て、誰かおる!」
ダリアの声に振り返り、彼女が指す方を見てみると確かに人影があった。
しかし、何かおかしい。
「人……なのかな、あれ」
遠すぎてよく見えないが、確かに影は人の形を取っているように見える。
だが、どこか不定形なようにも感じた。翼のような影があれば悪魔かと思えるし、角のようなものが見えれば魔族だと判断できる。
しかし、どこかプルプルと揺れ動く人影はノエルのいた世界にはないものだった。
「確かめてみよう」
ゆっくり、ゆっくりと近づく。その度に影が像を結んでいく。やはり、どこか不定形のようだというのがノエルの感想だった。
やがて姿をハッキリと表した人影は、確かに人の形を取ってはいたが、奇妙な姿だった。人の形をしてはいるが、その体はゲル状で、半固体のようだ。身体の内部が透けており、胸の膨らみの中、人間であれば心臓がある位置に赤い球体が見える。魔族のコアとも違うようだ。
胸の膨らみ、下腹部の形状から女性だということは判断ができるが、それ以外は何も判断がつかない。
「なんだろう……」
「あ、人間さんだー!」
ノエルたちに気づいたのか、彼女が駆け寄ってくる。近くで見れば見るほど、頭に疑問符が浮かぶ。
「えと、あなたは?」
「スイだよー!」
人懐っこそうな笑みを浮かべる彼女は、スイというらしいが、ノエルが得たい答えとは違った。
どうしたものか。ノエルは顎に人差し指の第一関節を当てて、考え込む。
異世界から来たといきなり言って問題はないのか、そもそも信じるかどうか。この世界にも漂流者は来るのだろうか。面倒なことにならないだろうか。ノエルの頭の中をぐるぐると様々な思考が駆け巡った。
「あの、私達違う世界から来たんだけど」
結局、面倒なことは後で考えればいいと、打ち明けることにした。
スイは笑顔を崩さず、「なるほどー!」と手を打っている。どうやら、問題はなかったらしい。
「この世界にはあなたみたいな子は結構いるの?」
「いるよー! スライム娘っていうの!」
「スライム……?」
「あーラウダが遊んでるゲームに出てた気がするわー……あっちの世界だと空想上の有名な魔物なんだってー」
「なるほど?」
スライム娘。そもそもスライムが何なのかがわかっていないノエルには、何のヒントにもならなかった。それでも、魔物の一種であるということがわかれば、なんとなく推察はできる。恐らく、アルラウネのように人の形を取った魔物がこの世界にはいるのだろう、と。
「モンスター娘っていうの!」
「モンスターは魔物のことだねー」
「なるほど、普通の魔物はこの世界にもいるの?」
「いるよー! だけどぜんぶの魔物にモンスター娘もいるの!」
なるほど、とノエルはまた頷いた。彼女にも、話が少しずつ読めてきた。この世界にはノエルの世界と同じように魔物という種族がいるが、魔物の種類はノエルのいた世界とは異なっているらしい。それは、目の前のスライム娘を見ればわかる。
ノエルのいた世界に、スライムという魔物の存在は確認されていない。魔物が生息しているのは倭大陸のみ、倭大陸は全ての地域を探索済み。
そして、各魔物の人型版であるモンスター娘が存在する。恐らくは、魔物の変異種か魔物に人為的に人類種の遺伝子を混ぜた種だろうとノエルは推察した。
『どうやら、三桁の違いは結構大きいようだね』
「だね」
「スイっち、私ら街に行きたいっちゃけど、近くの街まで案内してくれんね?」
ダリアの急なお願いに、スイは「いいよー!」と笑顔のまま答えた。ノエルたちを見つけたときの反応といい、結構友好的らしい。この種族全体が友好的なのか、それともスイがそういう性格なのかはこれから判断する必要があるが、ノエルたちにとってはありがたいことだった。
「とりあえず、街で色々整理するばい」
「そうだね、草原にずっといてもしょうがないか」
「異世界人はと~ってもめずらしいから、みんな驚くよー!」
街に到着して、その言葉の意味をノエルは肌で理解した。街に入った瞬間、スイと同じような見た目をしたスライム娘たちに囲まれ、質問攻めにあってしまったのだ。街の門番に、スイが異世界人を連れてきたと説明したのをきっかけに、家々からスライム娘が押し寄せてきたのだ。
「ちょ、ちょっとみんなー! 凪様のところに案内するの! どいてよぉ!」
スイが声を張り上げると、スライム娘たちは申し訳無さそうに離れる。
「凪様?」
「スライム娘のと~ってもえらいひと!」
「ここはスライム娘の集落なんだね」
「そだよー!」
街というにはあまりにも簡素で、質素な雰囲気がある。集落のいたるところに水路が通っている以外は、ノエルの生まれ育った故郷に近い。特に飾らない木造の民家があり、いくつか看板を掲げている店のようなものがあるだけ。
それでも、押し寄せてきたスライム娘たちからは活気を感じた。
「ここだよー!」
スイに連れられてきたのは、集落の入口から一番遠いところにある池。その上に建てられた、集落で最も大きい家だった。
「ずっと気になってたけど、なんでこの集落は水がこんなに多いの?」
「それは私の口から説明するわ、客人達」
疑問を口にした瞬間、目の前の家の扉が開き、中から甘い声が聞こえてきた。その声には、どこか魅了の魔法の気配がする。人間の男性ならば、すぐ魅了され操られてしまいそうな甘い囁き声だった。
中から出てきたのは、一際大きなスライム娘。娘と呼ぶにはあまりにも大人びており、胸も一際大きく、カイが目を血走らせている。
「カイちゃん? キレないでね?」
「私をなんだと思ってるのー? もうー」
わざとらしく頬を膨らませて抗議しているが、カイが以前、バカラの胸の大きさにキレていたのをノエルは見たことがある。自分の胸に視線が注がれていることも、一度やニ度ではなかった。
「お初にお目にかかります、私は――」
「異世界のノエル、よね?」
「えっ?」
自己紹介をしようとした矢先、凪がノエルの名を呼んだ。驚きに目を見開くノエルに、凪は微笑みかけている。
「そのあたりの話も含めて、中へ」
「ああはい、お邪魔します」
ぺこりとお辞儀をして中に入ると、中にも水路が引かれている。靴箱と思しき棚の上には、水以外に何も入っていない巨大な水槽が置かれていた。
「私達スライム族は、水を好むのよ」
「なるほど、それで」
「その水槽も水を飾るためだけのもの、虚飾に過ぎないわ」
それを虚飾というのだろうか、と一瞬だけ考え込みそうになったが、今はこれからの話に集中することにした。
水路を中央に挟み込むようにして伸びる通路の先、ノエルたちが通されたのは何の変哲もないリビングスペース。変わっているところがあるとすれば、そこかしこに水だけ入った水槽があることと、ぷるぷるとした水の塊のようなものが隅のほうに鎮座していることだけだった。
「あれは私のベッドなのよ」
「へえ、ベッド……なるほど」
「とりあえず、かけなさい」
言われて、促されるまま椅子に座る。テーブルを中央に、凪が座ったのと反対方向に置かれている椅子に腰をかけた。ここまでずっとついてきていたスイは、凪の隣にちょこんと腰を落とす。
凪は目を細め、ノエルを見て一息つくと、口を開いた。
「まず、色々と疑問があることだと思うけれど、何が聞きたいかしら」
「なぜ私の名前を知っていたか聞きたいですね」
ノエルが言うと、凪はふふっと笑う。
「簡単なことよ、私には近い並行世界の感知能力があるの」
「そうなんですか?」
「というより、モンスター娘の各種族のリーダー達には全員備わっているのよ」
「なるほど」
並行世界の感知能力があるから、異世界のノエルのことを知っていた。それは確かに、ノエルからしても筋が通る話だった。ノエルにも、並行世界管理システムを通してある程度、世界を窺い知る力がある。
エンブリオの助けによってより強力になってはいるが、ノエルは単身でも並行世界の感知能力を有しており、ある程度の改変や管理は可能なのだ。
「各種族はそれぞれ祖と言える源流が存在するわ」
「それがリーダーになると?」
「そう、全ては私達、祖から生まれた種族なのよ」
「生みの親ってことなのかー」
「そうね、けれど問題は私達、祖を生み出したのは誰かということよ」
凪は依然として目を細めながら、淡々として話している。
しかし、ノエルにはその口調から確かな熱が感じられた気がした。凪の静かなる熱弁の奥に何があるのだろう、何を思うのだろうとノエルもまた目を細めてしまう。
凪はほう、と一息ついて、また口を開いた。
「結論から言うと、私達を生み出したのはプレイヤー」
「でしょうね」
「あら、驚かないのね?」
「種族を生み出すことができる存在に、他に心当たりがなかったので」
プレイヤーは、人類神と呼ばれている。それは人類に寄り添う神という意味では、決してなかった。そうであったなら、全ての現生人類を蔑ろにするような強引な合一計画を強行するはずもない。
人類神というのは、人類を生み出し管理する神という意味だろうとノエルは密かに推測していた。
しかし、わからないことがあった。
「どうしてこの世界にはいて、私達の世界にはいないんでしょうか」
「もう一つ、貴方がたの世界にはいない種族が、最近現れたわ」
相変わらず凪は目を細め、眉間ひとつ動かさない。
だが、先ほどまでよりも明らかに語気が強かった。
「私達は人造天使と呼んでいるのだけれど、人間の姿に近い上位存在のような種族が、一年ほど前に急に現れたの」
「人造天使……それは神々が送り込む天使とは違うんですか?」
ノエルは、過去に一度、天使と戦ったことがあった。こちらからの攻撃が一切通らず、何本もの腕で防御と攻撃を同時にこなす恐ろしい存在。無敵である代わりに頭はそうよくないらしく、ノエルたちの攻撃に対し本来防御行動を取る必要がないにもかかわらず、防御行動を取っていた。
そのおかげで、天使の活動限界時間まで耐えられたのだが、ノエルにとっては苦々しい思い出だ。
「違う存在ね、人造天使は倒せるけれど頭がいいのよ」
「なるほど」
「人造天使はあっという間に、この世界の覇権を握ったわ……今や多くの街が人造天使に支配されている有り様よ」
ノエルたちの世界に存在しない二つの種族。その存在が、この世界が改変を受け付けない特異点のようになっていることと関係があるのかもしれないと、ノエルは直感した。
「この世界は、神々の実験場……?」
「ええ、私達もそう考えているわ」
「実験場? どういうことね?」
「それは僕が説明しよう」
首を傾げるダリアに、剣から出てきたエンブリオが説明を始めた。
この世界は、ノエルとエンブリオによる改変などの操作を全く受け付けない特異点になっている。それが判明したとき、当然この世界の様子を覗き見ようとしたが、それすらも受け付けなかった。
他のすべての並行世界を確認したが、モンスター娘ならびに人造天使なる存在は確認できていない。このP000127特異点世界のみに、この二つの種族が存在し、なおかつノエルとエンブリオよりも上位の権限を持つ何者かによりプロテクトがかけられている。
「そんなことができるのは、三柱神を置いて他にはいないのさ」
「多分だけど、この世界、平和だったんじゃないかな」
「その通りよ……昔は悪魔と魔族と人間の争いがあって、それが収まってから私達が生み出された」
「その後はモンスター娘と人間との争いがあったんじゃないですか?」
ノエルの問いに、凪は頷く。
「ただ、ここ百年は穏やかなものね……共存共栄、全種族が一緒に暮らす街が多いわ」
平和になった世界に産み落とされたモンスター娘という、新たな人類種。その後に発生したモンスター娘と他の人類種との争いが解決し平和が続いた世の中に、突如として現れた人造天使という新たな人類種。
三柱神の趣味趣向や思惑を知るノエルとエンブリオにとっては、誰が何のために彼女らを生み出しているのかは明白だった。
「争いや混沌を望むプランのご機嫌取りに、プレイヤーが実験的に生み出したんでしょうね」
「そんでうまくいったら、他ん平和な世界にも実装するとやね」
「そうだと思う」
思っていたよりも早く、この世界が特異点になっていた原因にたどり着いたものの、ノエルの心中は穏やかではなかった。争いの末にようやく得た平和を、外から無責任に壊す存在に対する確かな怒りが、彼女の胸中にふつふつと湧き上がっていた。
「けれど変な話でもあるのよ」
「変な話?」
「並行世界感知能力のほかに、もう一つ、貴方がノエルだとわかった理由があるの」
「それは……?」
凪は細めていた目をハッキリと見開き、ノエルを見据えた。その鋭い眼光に射すくめられ、少しだけ鳥肌が立つ。
「この世界の貴方は、私達祖と協力してモンスター娘と人間の戦争を止めた救世の女神として崇められているわ」
ぴくり、とノエルの眉が動いた。救世の女神……どこかで聞いたような響きだった。ノエルの母親グリムが、手放したくても手放せず苦労していた肩書。ノエル自身も望むことがない立場に、この世界の自分自身がなってしまったと思うと、どこかやりきれない。
「そして世界の改変能力を手に入れた貴方は、文字通り神として君臨したの」
「それを私が選んだんですか?」
「ちょーっと考えづらいよねー」
「ノエルっちなら嫌がりそうったい」
ノエルは、仲間たちの言葉にうんうんと頷く。
「けれど確かにこの世界の貴方はそれを選んだ」
「なるほど、変というのはそこですか」
「ええ、私が知る貴方なら今の状況を見過ごすはずがないわ……境界のシステム上手出しが出来ないのだとしたら、現世に降りて各地の紛争を解決に動くはず」
確かに、とノエルはまた頷いた。自分の心と照らし合わせてみても、そうするだろうという確信がある。恐らくこの世界のノエルにも、この世界の改変は不可能なのだろうが、だとしたら境界に引きこもってなどいないはずだ。
実際、ノエルも境界にいてもどうしようもないと考え、完全に解決していない状態で戻ってきたのだから。
「それを踏まえて、異世界から来た貴方にお願いがあるのよ」
「人造天使について、ですね?」
「ええ、全て解決してくれとは言わないわ……ただ、調査をお願いしたいの」
凪が、スイの頭を撫でた。スイは目を細めて、気持ちよさそうに頭を委ねている。ノエルは、彼女たちの様子から確かな愛と信頼関係を感じた。
「全ての同胞を救うため、どうか協力してくれないかしら」
ノエルはごくり、とつばを飲む。凪は態度こそ大きく、頭こそ下げてはいないが、彼女の言葉からは切実さが感じ取れた。まっすぐにノエルを見据える鋭い眼光の奥にあるのは、同胞への愛。
ならば、ノエルに断る理由はなかった。
「もちろんです」
「そうこなくっちゃねー!」
「どのみち、私達にとっても人造天使やモンスター娘は調べなきゃいけないですから」
この世界が特異点となっている理由がその二つの種族にあるのなら、三世界が合一しつつある状況とも何らかの関係があるかもしれない。ノエルにとっては、お願いされようとされなかろうと、やることに変わりはないのだ。
「あと、ついでにこの世界の私に喝を入れます」
「ふふっ、そうね、それもお願いしようかしら」
「精一杯がんばります!」
ノエルは腕まくりをして、握りこぶしを作ってみせた。戦いにより少なからず鍛えられた上腕二頭筋が、ぽっこりとコブを作っている。
微笑む凪に力強い笑みを返し、ノエルはこの世界でやるべきことを噛み締めた。
「ただお願いするだけでは心苦しいから、スイを貴方に預けるわ」
「がんばるよー!」
「こう見えて聡いところもある子だし、強いから安心してちょうだい」
ふんす、と鼻息を荒くするスイにノエルは「よろしくね」と手を差し伸べる。その手に握られたスイの手は、どこかひんやりとして気持ちがよかった。
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