第6話 天敵の天敵・・・というか、無敵

「はぁ・・・、最っ悪。またアンタと同じ学校だなんて」


 深い溜息のあと、吐き捨てるように言った山岸やまぎし。その態度と言葉から察するに、彼女の怒りはまだ収まっていないようだ。どうやら俺は、まだ許されていないようだ。このままだと、やはり平穏な高校生活は望めそうにない。とはいえ・・・。


「そうか? 俺は、まぁ・・・、オマエと一緒で良かったと思うぞ」


 そう。もう二度と会うことはないと思っていたから、これはイイ機会だ。そう思うことにしよう。気持ちを切り替えよう。俺は山岸に会えて、良かったのだ。


「は、はぁっ!? な、なんでよっ!?」


 大きく驚きつつ、怪訝な顔をした山岸。そんな彼女に対し、俺は軽く頭を下げる。


「いや、えっと・・・。ゴメンな」


 本当ならば、頭は深々と下げるべきだった。しかしそれは、歩きながらでは難しい。変わらず廊下には多くの生徒たちがいて、渋滞は続いている。よって立ち止まるワケにはいかない。そんなことをすれば、後ろにいる生徒たちの迷惑となるだろう。だから軽くに留めておいたワケだ。


 罰を受けたとはいえ、俺はまだ山岸に謝罪をしていなかった。だからまた彼女に会えて、こうして謝罪が出来て、本当に良かった。


「なにがっ!?」


 またも驚いた山岸。その驚きようは、つい先程よりも大きい。


「ほら、その・・・。あのとき、オマエを泣かしちゃって」


「な、泣いてないわよ!!」


 いやいや、泣いてただろうに。泣き崩れていただろうに。


 顔を赤らめて必死に否定した山岸。どうやら恥ずかしいらしい。しかしまぁ、【あのとき】という言葉に疑問を持たなかったということは、俺がなんの話をしているかは通じているみたいだ。


「え? 大泣きしてただろ?」


「し、しし、してないわよ!!」


 必死に否定している山岸の顔は、やはり真っ赤だ。


「しかも、俺・・・、見捨てちゃったし・・・」


「す、捨てられてないわよ!! アタシが捨てたのよ!!」


「・・・え? そうなのか?」


 そう尋ねてはみたものの、俺の記憶では友達関係の解消を切り出したのは間違いなく俺の方からである。決して山岸から捨てられてなどいない。


「そ、そうよ!! それに、泣いてないから!!」


 まぁ、山岸がそう言うのなら、そういうことにしておこう。あまり詰めても仕方がないことだ。


「そうか・・・。あ~、あと・・・」


「まだ、なにかあるの!?」


「声がデカい。周りに迷惑だぞ」


 山岸の大きな声により、さっきから周りにいる生徒たちがチラチラと俺たちの方を見ている。だから、もっと声を落とした方がイイだろう。


「うるっさいわね!! そんなの知らないわよ!!」


「・・・いや、うるさいのはオマエだぞ?」


 山岸は、昔から元気一杯の活発な女子だった。そして声が大きかった。出逢ったときから、そうだった。どうやら、それらは今でも変わらないようだ。


やかましい!!」


「だから、それはオマエ───」


「黙れ!!」


「いや、だから、それも───」


「なんなの!? アンタ、ケンカ売ってんの!?」


「それはない。本当にゴメン」


 再び頭を下げた俺。


「急に謝るな!!」


「いや、既に謝ってただろ?」


「そのあと散々バカにしてたじゃん!!」


「いやいや、バカにはしてないぞ。ただ注意をしただけだ。あと・・・、まだうるさいぞ」


「だから、やめろ!!」


 キーキーと喚き散らす山岸のせいで、周りの生徒たちからの注目は高まる一方だ。すると群衆の中から、思わぬ言葉が聞こえてくる。


「もしかして、あの二人・・・。付き合ってるのかな?」


「付き合ってないわよ!!」


「おい、山岸。一般の人に絡むな」


「アタシも一般人よ!!」


 そんなやり取りをしていると、いつの間にか五組の教室───つまりは俺のクラスがある二階へと辿り着いていた。


「あ。俺、ここだから」


「アタシもよ!」


 え? 山岸も二階なのか? っていうか、それは喚くようなことじゃないだろ・・・。


 山岸に対して呆れていると、印象的な声が耳に届く。


「あ! 小野寺おのでらさん!」


 そう、あの甘い声。自称クソビッチの、あの超絶美少女の声だ。すると五組の教室がある方から、超絶美少女がやってくる。その途端、廊下を埋めていた群集は両端に分かれ、廊下の中央には快適な空間が生まれる。そんな空間をトテトテと可愛らしく駆けてくる超絶美少女。まるでモーセの海割りの如き奇跡。こんな奇跡を起こせるとは、美少女の───いや、超絶美少女の魅力はなんとも恐ろしい。


「ぬわっ!? な、なに、このコ・・・。メチャクチャ美人じゃないの!?」


 目の前に現れた超絶美少女に、大きく驚いた山岸。その気持ちは分かるが、相変わらず声がデカい。


「あ! ワタシは、完全なクソビッチです。アナタは小野寺さんのお友達ですか?」


「・・・へ? ク、ク・・・。なに?」


 例のごとくの挨拶に、山岸は戸惑っている。


「完全なクソビッチです。クソビッチと呼んで下さい」


「え? あの・・・。え?」


 なにがなにやら分からずに、俺の顔を見た山岸。どうやら俺を頼っているようだ。しかし・・・。


 俺を頼るな! 俺も対処できないんだから!


「・・・・・・・」


 つい先程まではギャーギャーと喚いていた山岸が、今は無言である。この超絶美少女は、山岸の天敵になりうる存在だ。俺の天敵の天敵になれる存在だ。いや、彼女は誰にとっても、天敵なのかもしれない。つまりこの超絶美少女は、無敵といえるだろう。



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