第3話
折角修理したんだから、防犯カメラを事情聴取出来ればいいのに、とゴートは呟いていたが、勿論本気では無かっただろう。防犯カメラや自動走行車のような機械類と、DC‐1のように感情のあるロボットは違う物だ。少なくとも法律上では、器物と基本的人権のある人間と同等の存在として、別物として定められている。ただの機械に事情聴取をしたところで、物証以上の成果を得るのは難しい。そもそも、古ぼけた防犯カメラ程度の機械に、事情聴取に応じられる性能がある筈が無い。
だが、DC‐1は時折考える。
感情の有無が機械とロボットを分けるなら、感情という概念を決めるのは、人や法では無く、ロボットにあるべきではないだろうか。人間の定めた法に不満があるのではない。単純に、当の人間ですらあやふやだと感じている「感情」という存在が、明確に線を引く基準たり得るのかが疑問なのだ。もっとも、自分にだって心なんてものの在りかが分かっているわけではないのだが。
ともあれ、報告書の作成を切り上げ、引継ぎを済ませると、DC‐1は帰り支度を始めた。
「先輩、今日は帰るんですか?」
仮眠室に泊まるつもりのゴートの言葉に、
「ああ、二日も帰ってないからな。報告書の続きは明日だ。流石に家のベッドが恋しい」
お疲れ様でーす、と言いながら仮眠室に消えていくゴートに背を向け、DC‐1が署の出口に向かう。その足が次第にゆっくりになり、やがて完全に止まった。
(念の為だ。今更、新事実が出て来る訳がない)
DC‐1は踵を返し、証拠品の保管室に向かう。一体何が気になっているのか、自分でも分からない。強いて言うなら、これが刑事の勘というものなのだろう。
保管室には誰もおらず、それがロボット刑事を、どことなく後ろめたい気持ちにさせる。
目当ての物を手に取り、部屋の奥にある簡易机にそっと置く。修理を終えた、あの古い防犯カメラだ。電子手帳と防犯カメラを繋ぐ。音声を切り、カメラが最後に映した映像から高速の早送りで遡り見ていくが、不審な点はない。閉店後、丁寧に掃除する店主と従業員や、客で賑わう店内が映る。半年も遡ると従業員の姿は登場しなくなったが、それ以外は代わり映えのしない映像が続く。従業員が帰った後、或いは従業員が雇われる前から、決まって一人で調理場を点検している店主の姿は、如何にも職人気質といった風だ。
丁度一年前まで遡ると、映像の再生は終わった。DC‐1は手帳と防犯カメラの接続を切った。
DC‐1は一度室外に出て、廊下に据えられた固いソファに腰かけ伸びをすると、手帳を操り警備会社の情報バンクにアクセスした。あの防犯カメラ自体は、一年分の音声と映像しか保存出来ないタイプだが、警備会社の情報バンクに随時送られた情報は、半永久的に保存されている。取り敢えず、数年分のデータを手帳にダウンロードし、再び保管室に戻る。
警察は常に忙しい。署の誰も、事件直前の映像以外は興味が無い。それはDC‐1も同じ――筈だ、が。
(俺は、一体何が引っかかっているんだろう?)
圧縮された画像を二年程遡り、今度はそこから事件当日までを早送りでチェックする。画面の中で一年分の時間が経った頃、DC‐1は、やっと違和感の正体に気付いた。
(このカメラ、どこに焦点があるんだ……)
たった一台の防犯カメラで事足りる広さの店だ。防犯上重要な所が画面の割合を多く占めるよう、カメラは設置されていた。画像の比率で言えば、客席が半分、今時には珍しく現金も扱っているキャッシャーが十分の四、残りの十分の一が調理場といった所で、それは問題ではない。だがカメラの焦点は、客席でもキャッシャーでもないように感じられるのだ。
(調理場? 何故?)
画像を止め、再び手帳を防犯カメラに繋ぐ。
情報バンクよりややましな映像を、従業員を雇い出した頃の閉店後から、今度は音声も出力しながら、早送りの速度を少し落とし順再生する。早送りの音声とは言え、聞き取れない程ではない。
画面の中の過去が現在に近付く。
悪くない焼き加減だ。とんでもない、まだまだっす。おう、慢心するなよ、とは言え、もう一息でお客さんに出せるかもな。ありがとうございます、おやっさんが、焼くところ見せてくれるお陰っす。はは、こりゃ、うかうかしてらんねぇ。あの、おやっさん、本当に味覚ないんすか。ん、なんでだ。だって、こんなに美味いの作れる人が味を知らないなんて、信じられないっす、手術しないんすか。俺ぁ古いタイプだからな、合う味覚センサーがねぇんだよ、なに、お客さんの顔見てりゃ、食うまでもなく料理の出来なんて判るってもんだ。俺も早くおやっさんレベルになりたいっす、ああ、やっぱ美味いなぁ。おい、つまみ食いも大概にしろよ。これ、ザラメのコクっすか。おお、気付いたか……
何てことない会話だ。努力を重ね評判を手にした店主と、飲み込みが早い従業員の仲は、周囲に聞いた以上に良好に思えた。映像は続く。従業員が帰った後、何時も通りに店主が調理場の点検を始める。その時、店主が何か呟いている事に気付いた。出DC-1はボリュームを上げ、聴覚に集中する。
「俺の五十年は軽くねぇ」
「味覚なんて無くたって、仕事は出来んだよ」
「簡単に……」
「何でだ? 人間だからか?」
「俺は……」
営業中の映像を確認する。そこには、時に軽口を交えながら従業員に仕事を教える、今まで通りの店主が映っている。
だが映像が日を追う毎に、閉店後の店主の独り言は増えていく。
ある日を境に、それがぷつりと止んだ。閉店後、厨房で一人になった店主は何も言わず立ち尽くし、時折天を仰ぐ。己の手を見詰め、静かに包丁を研ぐ。野菜を、肉を、丁寧に、執拗に切り分ける。鶏の骨をへし折り、じっくりと肉を削ぐ。ただ只管に、毎日、毎日。
DC‐1は耐えられなくなり、カメラの映像を止めた。店主の感情は、自分にも覚えのあるものだった。
店主は、従業員に、否、人間に激しく嫉妬していた。
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