第2話

 第一発見者の酒屋は毎日決まった時間に店を訪れていた。裏口から「毎度」と声を掛けると、「あいよ」と店主が顔を覗かせ、一言二言、言葉を交わす。厨房に注文の品を置き、伝票を切る。翌日分の注文を聞く。ずっと続いているやりとりだ。

 事件の発覚した日、店主は顔を覗かせることは無かった。溜息を吐いた酒屋が、慣れた調子で非接触式ドアに足を近づけるとあっさりと開く。鍵は最初からかかっていなかった。

 この時点では、酒屋は疑問を抱かなかった。

 半年ほど前から居酒屋に雇われた人間の従業員は仕事熱心で、早目に出勤しては店主に鳥の焼き方を教わっているのを知っていたからだ。どちらも真面目でのめり込むタイプなせいか、これまでも、何度か声を掛けても気付かれないということがあったので、その内、店主は従業員が早出する時は裏口の鍵を開けておくようにしていたのだ。

 酒屋が改めて声を掛けながら中を覗くと、荒れた厨房と倒れた人影が目に入り、慌てて救急と警察に連絡した。その際に、持参していたビールケースを取り落としてしまい、床に多量のビールが流れる羽目になった、という訳だ。


 残念なことに、大切な商品を台無しにしてまでの酒屋の救急連絡は、徒労に終わってしまった。救急が駆け付けた時には、既に店主も従業員も死亡していた。


 包丁を手に持ったままの店主は、鉄串で頭を貫かれたことに因る電子頭脳と身体制御システムの破壊で死亡。両手に鉄串を握りしめた従業員の身体には、多少の打撲痕と切り傷はあったが、直接の死因は感電による心臓停止。


 第一発見者は、第一被疑者に早変わりしたが、幸い、配送員の嫌疑は直ぐに晴れた。アリバイもはっきりしていたし、動機もない。居酒屋の店主とも長い付き合いではあるが、殺意を抱くほど個人的な関わりは持っていない。従業員とも、本人の供述通り、挨拶を交わす程度の関係でしかないということも、間もなく裏付けが取れた。


 現場周辺の商店街の幾つかの防犯カメラには、不審人物は見当たらず、また、彼等を殺したい程憎んでいる者もいないようだった。厨房は荒れていたが、第三者の痕跡や盗まれた物は無く、最終的に、不運な事故か諍い等に因る衝動的な犯行、という結論に達した。どちらかが転倒しかけ、もう一人が支えようとした際、従業員が手にしていた鉄串が運悪く店主の頭に刺さり、従業員も店主の身体を流れる電流で感電してしまった。或いは、感情的な行き違いで、どちらか、もしくは同時に凶器を手に取り、格闘の末、従業員が店主の頭部を刺し従業員は感電死した、等。


 憶測はいくらでも出来たが、現場の状況や検死結果は、二人の身体に傷が付いたのはほぼ同時であり、先に致命傷を受けたのは店主であることを示していた。問題は、そこに殺意があったのか無かったのかだ。


 従業員の家族は、息子が故意に店主を刺したとは思えないと主張した。優しい子で、店主を尊敬していたと何度も警察に繰り返し訴えた。関係者や店の客への聞き込みでも、互いに不満を抱えている様子は無かったそうだが、実際どうだったかまでは分からない。強いて言えば、従業員が早く焼き場に立ってみたいと常連客にぼやいていたらしいが、それも単なる軽口という印象だった、とのことだ。

 店主の電子頭脳を調べれば詳しいことが分かるのだろうが、損傷が酷く、それもままならない。彼の個人ナンバー登録に、電子頭脳が停止した際の修理は希望しないと記載があった為、本人の希望通りそのまま死亡扱いになった。


 もっとも、不自然な点は確かに残っている。店内に設置された防犯カメラは、事件の起きる直前から何も映していなかった。骨董品と呼べるほど古いタイプのカメラは、すっかり壊れていたのだ。カメラを修理しデータを調べたが、それも徒労に終わった。カメラが得た情報は警備会社の情報バンクにも送られる仕組みだったので、当然そちらも確認したが無駄だった。

 誰かの手で意図的に壊された形跡はなかったが、タイミングが悪過ぎた。

 とは言え、この出来事は多少不自然さは残るものの、事件ではなく事故として処理されることになりそうだった。

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