書きあがらない報告書

遠部右喬

第1話

「まったく、酷い現場でしたね」


 ディスペンサーのコーヒーを入れながら、新人刑事のゴートが呟いた。先程まで検分していた事件現場を思い出したのか、眉間に深い皺が寄っている。出来上がったコーヒーを一口啜り、ゴートが更に顔を顰めた。


「不味……せめて、もう少し人間の飲み物らしいものを飲みたい。あ、先輩も要りますか?」


 先輩刑事のDC‐1は、ゴートの言葉に、銀色に鈍く光る頭を掻きながら苦笑する。


「俺が飲むわけないだろ? そもそも、そんな不味そうに飲んでる物を人に勧めるなよ」

「先輩は人じゃないじゃないですか。それに、最近は飲食出来る様に改造してるロボットも多いみたいだし」


 ゴートは、しれっとした顔でそう言いながら、またコーヒーを啜る。その遠慮のないもの言いは上司から睨まれる原因であったが、DC‐1は、ゴートのそういう処が気に入っている。相手が人間であろうがロボットであろうが態度を変えないこの後輩は、生意気ではあるが、仕事に対しては真面目だし、何より、こちらも変に気を使う必要がないのが、付き合うのに気楽だった。


「刑事の薄給で、そんな改造出来ると思うか?」

「いいえ」

「お前は、きっと出世しないな」


 軽く肩を竦めたゴートに再び苦笑する。一息ついた二人は、報告書を作成する為に、空中操作型タッチパネルを呼び出した。


 DC‐1は脳内の一時保存から事件現場の情報を呼び出し、少し考え、素早くタッチパネルを操作しながら写真資料や文章を纏めていく。ロボットならば電脳同士を接続すれば一瞬で済む筈の作業だが、それは世界中の殆どの都市の条例で違反行為とされている。人権を有するロボットが直接電脳同士を繋ぐ行為は、現在推奨されていない。

 勿論、ロボットに対する人権侵害ではないかと大騒ぎをする輩も居るが、ウィルス感染や情報漏洩等を防ぐ為に必要な措置であると、殆どのロボットは納得している。大体、剥き出しの自己を何かに繋ぐなんて気持ち悪いじゃないか……DC‐1も他のロボットと同様に、そう思っている。

 そもそも彼は、人間と同じ様に作業することが好きだった。自分の意思でボディを動かし、自己と外の世界を同調させる作業には、何とも言えない安堵がある。


「ああ、また現場を思い出しちゃいました。先輩はよく平気ですね。臭気センサーは切れないんでしょ?」

「慣れだよ、慣れ。お前だって多分その内、バラバラのご遺体に向かい合った後に平気で焼肉を食える様になるぜ」

「いっそ、早くそうなりたいですよ」


 うんざりとしたゴートの声に、今度はDC‐1が肩を竦める。



 個人経営の居酒屋で、店主と従業員の男が共に倒れていると配送中の酒屋から通報があったは、今朝早くのことだった。


 小ぢんまりとした店構えの居酒屋は、焼き鳥が美味いと評判で、中々繁盛していたらしい。その厨房で、五十年以上店を取り仕切っているロボット店主が、従業員である人間の青年と倒れているのが発見された。

 現場は、割れたビール瓶や調味料、沢山の鉄や竹の串、仕込み中の肉や野菜が、足の踏み場もない程床にぶちまけられ、火の落とされた焼き台の上で真黒に炭化した焼き鳥の臭いと共に、臭気のカオスと化していた。


「酒屋さん、ビールケースはもっと丁寧に扱ってくれればよかったのに」

「そう言うなよ。あんな現場を見たら、誰だって動揺するさ」

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